編集工学は、新時代のリベラルアーツだ。情報を自在に動かし、見方を自由にする編集術は、高専生からベンチャーキャピタルの社長業まで、その仕事に活かされている。イシスの推しメン8人目、今回の記事では投資のプロフェッショナルに、イシス編集学校での学びの活かし方を聞いてみた。
要約記事を読む方はこちら
イシスの推しメン プロフィール
鈴木亮太
株式会社アルバクロス代表取締役。2015年からみずほ証券プリンシパルインベストメント代表取締役を務め、投資業務に携わる。2021年、自身の新会社を設立し、今年2022年約10年ぶりに師範としてイシスへ復帰。すぐさま感門之盟の司会や伝習座でのフライヤー発表進行役に引っ張り凧。その落ち着きある話しぶりに定評があり、その魅力は「抱擁するダンディ編集力」と称された。
聞き手:エディスト編集部
■チームに師範代が1人は欲しい!
社長が実感する「師範代という方法」とは
――亮太さんは、いまはAIDAをご受講されているんですよね。
そうなんです。かねがね編集学校は、社会に対してもっと出来ることがあると思っていたんです。そんなことを佐々木千佳学林局局長とお話しているときに、ハイパーエディティングプラットフォーム[AIDA]という社会に開かれた講座があることを聞き、これは受けるしかないと思いまして。
――どんなときにイシスでの学びが実社会で生かされたらいいなと感じるんですか?
仕事をしていて、「チームに師範代がいたらなあ」とよく思っていました。前期49[守]で師範を務めて、そこには2つの理由があることがわかったんです。
――おぉ、気になります。
ひとつめは、コミュニケーションの潤滑油として。師範代って、師範と学衆のあいだをつなぎますよね。組織でもいくつかの階層のあいだや、内部と外部をつなぐことができる人って重要なんです。こちらは効率的に組織をまわす役割ですが、師範代ってそれだけではないのがすごいんですよね。創発を促すというもうひとつの役割が師範代にはあるんです。
――たしかに。エディティングモデルが交換することや、場を活性化させて新たなものを生み出すのは師範代という方法ですね。
大事なのは、このふたつを両立していることなんです。どちらだけだと、「ただの便利な人」か「ただの自由な人」になってしまう。
――優れた師範代なら、たとえば《地》が混乱しているような議論であっても《受容・評価・問い》という3つの方法を使って、指南、つまり進むべき「南」を指してくれますものね。
まさに「南」を見失わないことが重要ですね。ぼくは投資の仕事に長らく携わってきました。若いメンバーが「これに投資したいです」と提案をもってくるんですね。そのときにぼくがかならず尋ねたのは「そのビジネス、好きなの?」ということ。するとたいてい、「……儲かると思いますよ」という返事があるんですが、ぼくが聞いたのは儲かるどうかではなくて、好きかどうか、なんです。
――投資は儲けを出すことが目的ですよね? なぜ好みを尋ねるんでしょうか。
投資って、過去の情報を整理して、未来で成果を得るビジネスなんです。未来には何が起こるかわかりませんよね。そしてたいてい、ろくでもないことが起こります(笑)。そういうときに、儲かることだけしか考えていないとギブアップしちゃうんです。でも、「自分はこういう理由でこれが好きだ」とか「これは社会に残すべき仕事だ」と思えたら逆境でも踏ん張れるわけです。
――なるほど、組織が同じ方向を向いて走り、しかもビジネスのうえで利益を出すときにも師範代という方法が有効なのですね。社長業のなかで、編集稽古が活きたと感じられることはありましたか。
大きく2つありました。ひとつは、さきほど師範代としての方法でもお話したとおり、《エディティング・モデルの交換》が意識的にできたことですね。ぼくが社長を務めていたときは、社員は全員外部採用だったんです。すると、全員が新人時代、異なる社会人教育を受けていることになります。まったくバックグラウンドが違う人たちをひとつの組織に束ねるときには、師範代としてのやり方がなかったら無理だったと思います。
――多様な価値観のメンバーとコミュニケーションには、イシスの花伝所で学ぶ「花伝式目」が有効ですよね。
ええ。もうひとつ、応用コース[破]の4ヶ月目に学んだ《プランニング編集術》の経験も役に立ちました。社長として、新しい分野にも挑戦したんです。それを親会社に説明するときなど、《よもがせわほり》というプランニングの型を意識することで、説得力ある説明ができましたね。
――会社という大組織の経営にも、師範代という方法が効力を発揮するとは!
■SWOT分析の違和感をぬぐった
《編集思考素》の威力
――そもそも亮太さんはなぜ編集学校に入門されたんですか。
前例のない仕事を任されたことがきっかけでした。当時は興銀証券(現みずほ証券)で働いていて、2000年、コンサルティングファームなどと合弁で投資会社を作ることになったんです。そのような未知の仕事を現場サイドとして担当するときに、どうやったら仕事の成果が上げられるのか考えざるを得なくなったんですよ。そしてその手の本を読み漁っていたら、『知の編集工学』に行き着きました。
――入門は2009年ですから、しばらく松岡正剛校長のことが頭にあったんですね。
そう、青山ブックセンターで「三冊屋」を知ったとき、「あの本を書いたのはこの人か!」と思ったんです。そして、この本を書く人はどんな人なんだろうってずっと気になっていました。
――実際に基本コース[守]に入門してみていかがでしたか。
入門して2ヶ月目に学ぶ《編集思考素》にハマりましたね。たとえば《三間連結》など3つの情報を扱う型を学ぶのですが、これを知ったら、これまで仕事で抱えてていた「気持ち悪さ」の原因が初めてわかったんです。
――情報を3つで扱うというフレームワークは、一般的にもありますものね。
仕事では「この会社の長所を3つ挙げよう」などというとき、メンバーの挙げてくる項目のレイヤーが揃わなくて気になっていたんです。それを指摘しても「それって趣味の問題ですよね」って片付けられてしまったのですが、編集工学として体系立てて学ぶとレイヤーが揃っていないというのは、たとえば「地がズレている」とか「フィルターが異なっている」などと説明がつくことがわかりました。
――なるほど、編集工学では集めた情報の良し悪しだけでなく、「どのように情報を集めるか」というプロセスまで扱えるからですね。
巷の本だと、「このフレームワークに当てはめればいいですよ」とだけ書かれているんですね。そうやって情報をバラバラにマス目に埋めていくと、全体像が見えてこないんです。でも編集工学の型だと、情報がうまくハンドリングできるんです。この感覚を知って「これこれ!これが欲しかったものだ!」とうれしくなりました。
――私松原もかねがね「SWOT分析」では、思いついたバラバラな情報を集めるやり方に違和感がありました。
情報を整理するのって、その後のアクションにつなげるためなんですよね。情報を集めて「で、どうする?」というその先まで、編集工学では考えられる感覚がありました。
■息子とともに学びたい
リベラルアーツとしての編集稽古
――今期の50[守]では息子さんが受講しておられるとお聞きしました。
赤坂に編集工学研究所の事務所があったころ、幼い息子を連れて行ったこともあるんですが、その彼が社会人4年目になって、いまイシスでお世話になっています。
――息子さんはどんなきっかけでご受講を?
ちょうど営業企画の部門に移るというタイミングだったんですね。それならば、経営戦略のスキルなどを学ぶというよりも、編集工学のようなもっと根本的な力があったほうがいいよと、すこし背中を押しただけです。彼ももともと興味があったようなので。
――ベンチャー企業の経営に携わっておられるのも、息子さんたちとのご関係もあるとか。
ほら、仕事を引退したときに「父さん、いい仕事してたよね」って言われたいじゃないですか。投資って基本的には、短期間でリターンが得られるものが評価が高いんです。でも、子どもたちのことを考えても2040年、2050年に関心を向けたかったんです。投資先と長く付き合う覚悟で、いまの仕事に取り組んでいます。
――いまは学生起業家に対してベンチャーキャピタリストとして投資したり、コンサルしたりする仕事へ進んでおられるんですね。
ええ、東大の研究室のアドバイザーとしても仕事をしています。いまの学生は社会課題に対して敏感で、彼らを後押ししていくことは社会変革につながると考えています。
――亮太さんにとって、そのような取り組みにイシス編集学校での学びはどう関わってくるのでしょうか。
ぼくは工学部の学生を相手にすることが多いのですが、日本の工学部には、高専から編入してくる学生もいるんですね。彼らは中学校を卒業した15歳から20歳まで、5年間みっちり実地で鍛えられている。だからかなりポテンシャルが高いんです。ただ、彼らは大学での一般教養を学んでいないことに悩んでいたりします。情報を自在に動かすためのリベラルアーツを学ぶ場として、イシス編集学校が関わっていく未来もおもしろいと思います。
アイキャッチ:富田七海
シリーズ イシスの推しメン
【イシスの推しメン/1人目】六本木で働くITマネージャ稲垣景子は、なぜ編集学校で輝くのか?
【イシスの推しメン/2人目】剣道歴25年・イケメン税理士はなぜ15年間「編集稽古」を続けるのか
【イシスの推しメン/3人目】寄付ダイエットでマイナス30kg! NPO支援を続ける山田泰久が、キャッチーな文章を書ける理由
【イシスの推しメン/4人目】松岡正剛はなぜ「7人の福田容子」を求めたのか 京都のフリーライターが確信した「言葉の力」
【イシスの推しメン/5人目】立正佼成会の志士・佐藤裕子は、宗教団体をどう編集するか
【イシスの推しメン/6人目】芝居に救われた元少女・牛山惠子が、中高生全員にイシス編集学校を進める理由とは
【イシスの推しメン/7人目】元外資マーケター・江野澤由美が、MBAより「日本という方法」を選んだワケ
【イシスの推しメン/8人目】元投資会社社長・鈴木亮太が語る、仕事に活きる「師範代という方法」とは (現在の記事)
【イシスの推しメン/9人目】水処理プラント設計者・内海太陽が語る、中小企業経営者にこそ「日本という方法」が求められる理由
【イシスの推しメン/10人目】起業支援で「わたし」に出会う 久野美奈子の「対話」という方法とは
【イシスの推しメン/11人目】情報編集=人生編集?! ハレ暦案内人・藤田小百合はなぜ師範代を2年間続けたのか
【イシスの推しメン/12人目】アイドルママは3児の母!産後セルフケアインストラクター・新井和奈が美しさを保つ秘訣
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
イシス編集学校メルマガ「編集ウメ子」配信中。
【ISIS co-mission INTERVIEW02】武邑光裕さん―ポストYouTube時代、深いものを発信せよ
イシス編集学校には、松岡正剛の編集的世界観に〈共命(コミッション)〉するアドバイザリーボード[ISIS co-mission]があります。そのISIS co-missionのひとりが、メディア美学者の武邑光裕氏です。ニュ […]
[守]のお題でゲームをつくる!? 順天堂大学MEdit Labのイベントへご招待(12/21土)
イシス編集学校という母体から生まれたプロジェクトは無数にあります。たとえば、九天玄氣組や曼名伽組、未知奥連、奇内花伝組などの地方支所。たとえば、林頭&方源によるpodcast番組「おっかけ千夜千冊ファンクラブ」に、[離] […]
【ISIS co-mission INTERVIEW01】田中優子学長―イシス編集学校という「別世」で
イシス編集学校には、松岡正剛の編集的世界観に〈共命(コミッション)〉するアドバイザリーボード[ISIS co-mission]があります。そのISIS co-missionのひとりが、法政大学名誉教授で江戸文化研究者の田 […]
【親子参加OK】順天堂大学で編集稽古!MEdit Labワークショップ参加者を募集します
イシスで学んだ編集術、ちゃんと使えていますか? せっかく卒門・突破したのに、編集術を机の引き出しに仕舞ったまま。どうにも、実践する方法がわからない……。そんなみなさんに朗報です。 ■順天堂大学で実践的な編集 […]
【イシスの推しメン27人目】コンサルタント出身ファンドマネージャーは、なぜアナロジカルな編集工学を求道するのか
「ロジカル・シンキング」という思考法がある。物事を体系的に整理して、矛盾なく結論づける思考法だ。いっぽう、イシス編集学校で学ぶのは「アナロジカル・シンキング」。これは、アナロジー(類推)を活かし、意外な発想へ飛躍する手法 […]