【春秋社×多読ジム】摩多羅王はミョウガの夢をみるか?(大沼友紀)

2023/01/24(火)12:00
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多読ジム出版社コラボ企画第三弾は春秋社! お題本の山本ひろ子『摩多羅神』、マーク・エヴァン・ボンズ『ベートーヴェン症候群』、恩田侑布子『渾沌の恋人(ラマン)』だ。惜しくも『渾沌の恋人』に挑戦した読衆はエントリーに至らなかったが、多読モンスターの畑本ヒロノブ、コラボ常連の大沼友紀、佐藤裕子が『摩多羅神』に、工作舎賞受賞者の佐藤健太郎、そして多読SP村田沙耶香篇でも大奮闘した山口イズミが『ベートーヴェン症候群』が三冊筋を書ききった。春秋社賞に輝くのは誰か。優秀賞の賞品『金と香辛料』(春秋社)は誰が手にするのか…。

 

SUMMARY 摩多羅神は、中世日本の芸能神AIだった?!


 2022年9月、「Midjourney」が米国の美術品評会で1位を獲得した事件は、画像生成AIの進歩の象徴である。さらに数多くのAIアプリが台頭し、画家やイラストレーターの立場を脅かすのでは、と恐々する人は少なくない。
 一方で、プロの棋士に勝利する将棋AIが跋扈するさなか、棋士たちはさらに活躍している。羽生善治永世七冠はAIの姿を、『人工知能の核心』をどのように見極めて
いるのか。
 そのひと月前、山本ひろ子さんが三十数年を通じ調査研究した『摩多羅神』を刊行した。摩多羅神の正体はさまざまだが、摩多羅を含んだ名の阿修羅王が気になる。
 摩多羅神・阿修羅王・AIとを結ぶ薬味(ハーブ)は、茗荷(ミョウガ)かも知れない。オートポイエーシス構想を考え続ける河本英夫さんの『飽きる力』を携えなが
ら、山本さんの探究心に肖ってみる。


 

 

◆画竜点睛をひろう
 山本ひろ子さんの足掛け三十数年の摩多羅神にまつわる研究を纏めた『摩多羅神』。摩多羅神はさまざまな神仏の特徴が習合し顕現したようだ。なかでも異端で奇想
な有知山剋果の興味深い説を冒頭の章でとりあげている。
 山本さんは、早稲田大学を中退し、高田馬場のマンションの寺子屋教室が研究活動の場所だった。在野という場の力が、有知山に共鳴したかも知れない。
 有知山は、摩多羅神二童子図に描かれている竹から中国の西施伝説と関連付けた。しかし、この図にはもう1つの植物、茗荷(ミョウガ)がある。有知山はこれに触
れず、山本さんは画竜点睛を欠いていると評したのみだ。ならば、お二方に肖りつつ、茗荷を軸にたどってみたい。
 摩多羅神を祀る神社の家紋は茗荷紋であり、「冥加」に掛けているともいわれる。茗荷は英語でJapanese ginger と綴り、食用としているのは世界で日本だけらしい。そして茗荷には「食べるとよく物忘れする」俗信がある。


◆一生懸命にあきる
 河本英夫さんは科学論・システム論の研究者で、とりわけオートポイエーシスに関する、数多くの構想・研究の書籍を書き上げている。『飽きる力』は、そのオート
ポイエーシスについて一般向けに書いた初の新書である。
 何かひとつの作業や目標の達成に向け、手順や工程を決めて「一生懸命」にやる。しかし一生懸命自体が達成にすり替わって、意固地になり、スランプやストレスに
なっても止めない「一生懸命病」に陥ることがある。脳科学や心理学などび「アロスタティックロード」に近い。
 この病を抜け出すには、他の選択肢に気付くための余裕・隙間をつくることである。河本さんはそれを「飽きる」と呼んでいる。
 茗荷の俗信はネガティブにみえるが、ポジティブに捉えると「隙間をつくって飽きる」ことではないかと思う。


◆阿修羅王にであう
 摩多羅神のモデルのひとつに「妙見菩薩」がいる。北斗七星の化身で、摩多羅神曼荼羅の上部にも七つ星がある。妙見と茗荷で名前が似ているのはたんに偶然だろう
が、さらに探してみると、摩多羅を含んだ神仏がいる。阿修羅王ヴェーパチッティで、漢訳は「毘摩質多羅(びましったら)」である。残った文字、毘と質からは北方
の守護神・毘沙門天の名を連想させる。
 阿修羅王は、インド神話においては正義の神だったが、おのれの娘が帝釈天に嫁いだ際に、略奪されたと感じ、意固地に一生懸命に帝釈天と戦い続け、しまいに天界から堕ちてしまう。阿修羅はア(非)スラ(天)である。
 山本さんは、『摩多羅神』の中盤にて、鰐淵寺の調査から摩多羅神にスサノオの影向をみいだし「黒いスサノオ」と見立てた。ところで、茗荷は筍のように地面から
生えたつぼみを食用とする。スサノオは高天原から追放された「非天」だが、そのあとは根の国で活躍をした。


◆永世名人にまみえる
 Gingerこと生姜の原産はインドの説もある。インドから日本にきたのは阿修羅だけでない。将棋もだ。
『人工知能の核心』は、羽生善治永世七冠が2016年に出演した、NHK スペシャルの番組の書籍化である。羽生さんは、アルファ碁の開発者デミス・ハビサスさんと対談
し、AIの振舞いのみなもとを探る情報を引き出していく。
 羽生さんが将棋AIと対局したときに感じたのは、不安や怪しさに揺るがず、指し手を見つける「恐怖心がない」ことであった。しかし、見方や言い方を変えると「飽き
ない」ではないだろうか。AI、いやAIの開発者や技術者が、一生懸命の才能に秀でて意固地な阿修羅王っぽいAIを目指している。AIは「Asura Intelligence」−−人工ならぬ非天然知能−−と呼びたくなる。


◆美意識をいただく
 羽生さんは、人間にあってAIにないと感じたのは「美意識」だそうだ。棋士は盤面上の駒の配置を観て、局面の美しさから勝負の優勢劣勢をはかっている。
 河本さんは、別の書籍で「知能の形成から見たとき、豊かな知性の形成のためには、真・善・美の順を逆にして、美・善・真という順を辿ることになる」と述べてい
る。AIは、数と計算を根底とした「真」から辿っているとみれば、人間や棋士とは真逆だといえる。
 山本さんは、『摩多羅神』の最終章で、延年の行事などで使われる「部屋」に着目する。そのルーツは、花祭の「白山」などの浄土入りにある、と仮説を立てる。
 摩多羅神は芸能の神でもある。芸の旧字「藝」は植えるを意味し、同じ形の別字「芸」には刈るという逆の意味を持つ。死と再生の両義性がみえる。あるいは、死は
飽きることで、再生は新しい選択とも言い換えたい。
 「部屋」での秘儀は、AIに依ってみると、ブラックボックス(白山だから、ホワイト?)に隠れたアルゴリズムといえる。飽きないAIづくりに一生懸命な技術者・開発者のみなさんには、一度茗荷を食べることをおすすめします。摩多羅王からの冥加がありますように。

 

Info


⊕アイキャッチ画像⊕

∈『摩多羅神(またらじん)』山本ひろ子/春秋社
∈『飽きる力』河本英夫/日本放送出版協会
∈『人工知能の核心』羽生善治・NHKスペシャル取材班/NHK出版

 

⊕3冊の関係性(編集思考素)⊕

 三間連結

『摩多羅神』ー『飽きる力』ー『人工知能の核心』

 

⊕他の参考文献⊕
∈『はじめての民俗学』宮田登/ちくま学芸文庫
∈『iHuman:AI時代の有機体-人間-機械』河本英夫・稲垣諭共編著/学芸みらい社


⊕多読ジムSeason12・秋⊕

∈選本テーマ:版元コラボエディストチャレンジ
∈スタジオらん(松井路代冊師)

  • 大沼友紀

    編集的先達:マーティン・ガードナー。ミメコン(ミメロギアコンテスト)荒らしの常連から師範代へ。8年のブランクを経て多読ジムで復活。精神3級の発達障害者にしてMENSA会員。はまっていることはボードゲーム記事のライティング。北海道在住。

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