【三冊筋プレス】もなか・グリア・坂は「いぶくろ」(大沼友紀)

2023/04/17(月)08:00
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SUMMARY


 丸でも四角でもない。動物・建物・食べ物や縁起物など、色んな形のもなかが全国にある。世界のどんなものももなかになると思わせる『全国もなかぼん』の著者、オガワカオリさんは福岡県のパン屋さん。なんでもなかを集めたのか、本人もよくわからないけど、可愛い!面白い!から、とまるで脳がもなかになったような衝動で250 もなかも集まってしまったのだ。
 そんな脳は、ニューロンの働きの仕業だ、というのは半分だけ正解かもしれない。R・ダグラス・フィールズさんの著書『もうひとつの脳』では、脳の大部分を占めるグリア細胞が、単なるニューロンを支える梱包材ではなく、ニューロンを監督調整する「もうひとつの脳」であると書き記している。さらに、最近の研究では、グリア細胞がニューロンのシナプスを食べることで記憶を定着させる仮説も提唱されている。
 コレクターは、モノを集める人、とは限らない。菓子製造会社の元社長で私設博物館の館長、坂一敬さんにインタビューしてまとめたのが、元新聞記者の北野麦酒さんの著書『蒐める!レトロスペース・坂会館』だ。一見脈絡のない展示品は、坂館長の頭の中の記憶であり、人生の時間「昭和」を象徴している。坂館長はコトを集めるコレクターなのだ。
 もなかもグリアも坂館長も、情報を飲み食いして貯める「いぶくろ」のようなものだ。


 

 

■世界をなぞらえるもなか■

 もなかの皮は餅でできている。最初は丸く薄く焼いた干菓子で、月に似ていることから和歌から取って「もなか」と名付けた。江戸時代になって、餡を挟み、明治になって、今の形に近づいていった。
 もなかは、丸くて菊の花とか怖い模様をしているし、お菓子の家の施工に関わらない。2019年、M-1 グランプリで優勝したミルクボーイの漫才『もなか』のネタだ。
 ところが1年前に、動物・建物・食べ物や縁起物など、さまざまな形のもなか250 も集めた本『全国もなかぼん』が出版した。
 著者のオガワカオリさんはパン屋さんだ。なぜパン屋さんがもなかを集めたのか?本人は未だに答えが出ないといいつつ、可愛い!面白い!の気持ちだけで、頭がいっぱいとのこと。オレンジの求肥がはみ出た「バカ最中」、人形のもなか皮に笠のもなか皮をかぶせた「飛騨街道旅がらす」、お菓子の家のインフラに使えるかもしれない「彦根バルブもなか」と、おっしゃる通り可愛い面白い。
 一通り読むと、世界にはもなかにならないものはない、もなかの皮は世界のすべてをなぞらえしまう、と思えるほどだ。しかも、本書で動物の次に多いのは神仏のもなかだ。世界はもなかでできている、どころか、神も仏も草木国土悉皆最中だ。


■ニューロンをあつらえるグリア■

 私の外の世界はもなかが記録するなら、私の中の世界は脳が記憶している。ニューロン細胞が記憶を司るというが、実は脳の8割は違う細胞「グリア」で占めている。 『もうひとつの脳』の著者、R・ダグラス・フィールズさんは脳科学者で、グリアが実はニューロンを監督調節する、もうひとつの脳であることを語っている。
 昔の科学では、グリアはニューロンを物理的に支える梱包材しか思われていなかった。その後、グリアには古くなったニューロンを除去するミクログリアや、ニューロンの伝達を助けたり栄養を運ぶアストロサイトなどがあることがわかってきた。
 グリアはニューロンのように電気を発するような現象はみられない。ところが、電気ではなく、カルシウムイオンやATP などさまざまな化学物質を受容して、ニューロンやほかのグリアと伝達通信し合うことが発見された。ニューロンとグリアの二脳体制かも知れないのだ。
 さらにグリアが記憶にも関係してくる研究発表がある。脳は使用されていない神経結合を刈り込んで、性能と効率を巧みに向上させている。そのメカニズムは不明だが、2022年に東北大学がシナプスを食べる現象を観測した。
 オガワさんのモナカの衝動も、グリアの食の嗜好が記憶の思考や思考へとつながっている、かも知れない。


■坂館長をあやかる坂会館■
 北海道札幌市西区二十四軒3条7丁目3-22。
 北海道で「しおA字フライ」といえば「坂のビスケット」で知られる坂栄養食品の住所である。そして、二階のガラス窓には、水着や下着を身に着けたマネキンがずらりと並んで見えるアヤシイ建物ーーレトロスペース・坂会館の住所でもある。その私設博物館の館長が、当時坂栄養食品の社長である、坂一敬さんだ。
 『蒐める!レトロスペース・坂会館』の著者、元新聞記者の北野麦酒さんは、当初坂会館をアヤシイ場所といぶかしがった。しかし、坂館長の人柄をみて誤解だと気づき、坂会館に何度も訪問して、魅力を探しつづけた。
 本書の表紙には、お色気ポスター、カストリ雑誌、緊縛されたリカちゃん人形、きれいに剥がした日本酒のラベル、VHS のアダルトビデオ、台所洗剤、パンダのぬいぐるみ、牛乳瓶の蓋開け、ジンギスカン鍋、湯湯婆、黒電話など、脈絡のない展示物。あえて括れば「昭和」が会館を埋め尽くしている。坂館長の脳の中を覗くようだ。
 開館してから、目ぼしい展示品はちょくちょく盗まれた。が、困りはしつつもものには執着しない。来場した人と出会う人間関係に興味がある。坂館長は「モノ」のコレクターではない。
 坂館長が40歳の頃に、ゴミステーション(ゴミ集積所)で拾ったマネキン人形が坂会館の収集物のはじまりだが、さらに遡る原点がある。坂館長が二度会ったことがある……と思っている、若くに自殺した無名のヌードモデル太田八重子さんだ。彼女の存在と人生になにかを感じ、自分の基準に従い、事実として写真集を全て集めている。
 坂館長は、「コト」のコレクターなのだ。

 

■のみくいのいぶくろ よみかきのいぶくろ■

 我々が食べ物を集めるのは基本的には生きるため、命をつなぐ先の「胃袋」におさめるためだ。
 坂館長がモノやコトの情報を集めるのは、自身の人生の証として残してつなげ出し入れするためではないか。
 もなかもグリアも、情報のおさめる「いぶくろ」――あえて漢字を当てるならば「謂袋」である。

 

 

Info


⊕アイキャッチ画像⊕

 ∈『全国もなかぼん』オガワカオリ/書肆侃侃房
 ∈『もうひとつの脳』R・ダグラス・フィールズ/講談社ブルーバックス
 ∈『蒐める!レトロスペース・坂会館』北野麦酒/彩流社

 

⊕多読ジム Season13・冬⊕

∈選本テーマ:食べる3冊

∈スタジオNOTES(中原洋子冊師)

∈3冊の関係性(編集思考素):一種合成型

 

『全国もなかぼん』┐
         ├─『蒐める!レトロスペース・坂会館』
『もうひとつの脳』┘

 

◆著者プロフィール◆

 ∈オガワカオリ 

1971年福岡県北九州生まれ。ある日パン作りに目覚め、毎日パンを焼く日々。空き家になっていた祖父母の自宅を間借りして、パン工房に改装。福岡市東区箱崎にて2009年、「手づくり ぱん工房 粉の実」を開業。ぼちぼちパンを焼きながら、空いた時間に大好きな巨大なモノを見つけに放浪。著書に『九州の巨人!巨木!!と巨大仏!!!』(書肆侃侃房)がある。

 

 ∈R・ダグラス・フィールズ

Ph.D。神経科学者。脳の発達、ニューロン-グリア相互作用、記憶の細胞メカニズムに関する世界的権威。メリーランド州ベセスダの国立衛生研究所(NIH )主任研究員。1994年に国立小児保健・人間発達研究所(NICHD )の神経細胞学・生理学ユニット長、2001年にNICHD の神経系発達・可塑性セクション長に就任。学術誌『Neuron Glia Biology 』編集長、および神経科学分野の学術誌数誌の編集委員を務めている。

 

 ∈北野麦酒(きたの ばくしゅ)

1958年、大分県生まれ。札幌育ち。業界紙、経済誌の記者を経て、フリーランスライターとして活動。その筆名の通り、ビールをこよなく愛する。

  • 大沼友紀

    編集的先達:マーティン・ガードナー。ミメコン(ミメロギアコンテスト)荒らしの常連から師範代へ。8年のブランクを経て多読ジムで復活。精神3級の発達障害者にしてMENSA会員。はまっていることはボードゲーム記事のライティング。北海道在住。

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