多読ジム出版社コラボ企画第五弾は青林工藝舎! お題本は、メディア芸術祭優秀賞受賞の傑作漫画『夕暮れへ』。アワードの評者は『夕暮れへ』の著者・齋藤なずなさんだ。エントリー作品すべてに講評がつき、多読ジムSeason14・春の受講期間中に講座内で発表された。
遊刊エディストでは、そのうち、大賞の「夕暮れ賞」、副賞の「片々賞」「ぼっち賞」の三冊筋エッセイ全文と、齋藤なずな先生の講評文を掲載する。大賞受賞者には、齋藤なずな先生サイン色紙&青林工藝舎オリジナル湯飲みが贈呈される。
2冊の選定がよかったです。
ガールズトーク、年寄りたちの勝手気ままなおしゃべり、おひとりさまの老後
の幸せのカギになる近所の友人。その3つを繋げて「死ぬことすら、こわくはな
いかもしれない」と、注釈付きではあるけれど、そんな結論にもっていってくれ
たことは、「夕暮れへ」著者としては大変喜ばしい。
クルマを徐行させながらちらりと見た情景のエピソードも効いている。
––––––––––講評◎齋藤なずな
夕暮れの街の解像度
齋藤なずなの漫画『夕暮れへ』を読んだ後、子どもたちと車でショッピングモールに行った。
見知らぬおばさまたちが小学校の角で立ち話をしている。徐行しながら通り過ぎる時、ちらりと見た三人の顔が、これまでにない解像度で目に飛び込んできた。
ぼうし。肩までの白髪。しわ。似ているけど、顔立ちも、背の高さも、腰の曲げ方も微妙に違う。
みんな小さなころは少女だった。若い母親だった時代もあったかもしれない。今日、ここで立ち話をするまでの間に、「いろいろ いろいろ あった」はずだ。
街かどですれ違う人の見方が変わったのは、きっと齋藤なずなの描写力の影響だ。
特に、人物造形に打たれたのは「ぼっち死の館」である。主人公は70を過ぎていると思しき一人暮らしの漫画家で、最近、郊外のニュータウンに引っ越してきた。自転車置き場に住む猫のゴンちゃんをきっかけに、同世代の住人と知り合いになっていく。
作中では登場人物の本名は明かされない。満州鉄道の偉い人の娘だったという人は「満鉄お嬢」、いつも紫の服を着ている男性は「パープル星人」、筋張ってケンのある老婦人は「マダム・シャモー」というぐあいに、人となりを小気味いいほど一言で表したあだ名で呼ばれる。
3人の気ままなおしゃべり
主人公と特に親しい2人とのおしゃべりは勝手気ままだ。
「マダム・シャモーは、きっとお嫁さんに敗れたんだね」
「あそこの息子さん、あの様子じゃ中年ニートだったと思うのよ」
「結婚ってしなくても大変だけど、しても大変ね」
ゴミ出しのついでに、時には部屋でお茶を飲みながら、噂話、ファッション批評、結婚のこと、なんでも話す。
主人公が、部屋の中で孤独死していたパープル星人の遺体の確認をした時も「パープル星人が、バイオレット星人になってた! あれはミイラ化の方向にいったのネ」というおしゃべりで、昇華される。
この雰囲気、覚えがある。1980年代の終わりに描かれた岡崎京子の漫画『くちびるから散弾銃』だ。
主人公はファッションバカのサカエ、23歳、独身。雑貨屋の売り子をしている。高校の同級生だった、デパート勤務のなっちゃん、雑誌編集者のミヤちゃんと、休みが合えば、お茶を飲んだり、ナベを囲んだりする。ヒドいことも、世の中に思うことも、なんでもネタだ。
女のコは、将来のこと、特に結婚に対して、フワフワした、スィートな夢を持っている。けれど大人の世界は甘くない。現実にクラッしながらも、15で死ねなかった女のコたちは死ぬまで生きるしかない。「ケーキとお茶でぺちゃくちゃ」する時間こそが、サバイブするために必須だった。
ぼっちのアドバンテージ
前作の「トラワレノヒト」は病で倒れてからの長い老後がテーマで、ここでは死に向かう老母の心のうちに平安はない。
「在宅ひとり死」を提唱する社会学者の上野千鶴子の『おひとりさまの老後』を開いてみる。
自宅でひとりで暮らし、死ぬことで、幸福度が上がるということを、あらゆる方向からロジカルに説いている。カギになるのは近所の友人である。そのためには知恵と工夫と努力が必要と上野は容赦ない。
結婚していると、友人関係を維持するための時間と手間をつい惜しんでしまう。本来は家族にもメンテナンスが必要なのだが、法律の元にあるという安心感からか、こちらもケアを怠ることが多々ある。
配偶者や子どもの死といった有事に際したとき、はじめて、実は「ひとり」であるということが露呈する。
漫画の中でも結婚せずにきたたちのほうが、気負いなく新しい人と友人関係を結べている。用心も覚悟もある。「生きる術」という点ではアドバンテージを持っている。
40代半ばのいま、齋藤なずな作品のキャラクターたちの会話を横で聞いたことで、老いることが楽しみになった。まだ見ぬ新しい友人は、どんな人生を送ってきた人なのだろう。いつ、どんなきっかけで知り合うかわからない。おしゃれもユーモアも忘れないことにしよう。
死ぬことすら、怖くはないかもしれない。私を喪失することは、家族にとっては自立や解放でもあるとわかったからだ。といっても、きっとこんなにきれいにはわりきれないだろう。いつか、街を見下ろして、この漫画を思い出す時が来るだろう。
Info
⊕アイキャッチ画像⊕
∈『夕暮れへ』齋藤なずな/青林工藝舎
∈『くちびるから散弾銃』岡崎京子/講談社
∈『おひとりさまの老後』上野千鶴子/文春文庫
⊕多読ジムSeason14・春⊕
∈選本テーマ:版元コラボエディストチャレンジ
∈スタジオりっそう(福澤美穂子冊師)
松井 路代
編集的先達:中島敦。2007年生の長男と独自のホームエデュケーション。オペラ好きの夫、小学生の娘と奈良在住の主婦。離では典離、物語講座では冠綴賞というイシスの二冠王。野望は子ども編集学校と小説家デビュー。
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