イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。
北村彰規さんは、今、大阪の八尾市で子どもと本に囲まれる日々を送っている。曲折浮沈を経て、北村さんがそこにいたった経緯とは。
イシス受講生がその先の編集的日常を語るエッセイシリーズ、第13回をお届けします。
■■芽吹く地域編集
「顔が明るくなって別人みたい」と最近続けて何人かからいわれたときは、「そろそろ天下でも獲るか?」と勘違いしてしまいそうになった。努めて明るく振る舞っていたつもりの相手からばかりそういわれると、思わず苦笑いが出た。
僕の左手には、「ますかけ線」がある。豊臣秀吉や徳川家康と同じ天下人の手相だ。僕は天下を獲っていないどころか……。うふふ。
いくつもの身体症状が突然同時にやってきたのは2021年7月。手足の痺れに指先の震え、頭が真っ白になって呂律が回らない。個別の症状はその年の頭くらいからポツポツあって、気にはなっていたけど何となくやり過ごしていたが、今回はさすがにほっとけない。ギラギラの西日の中、仕事を早退して病院にいったら、“マスクをしません”宣言をしたちょっとロックな先生が一言、「うつ病の典型的な初期症状ですね」。ほっとした。我慢していた自分を認めてもらえたような気がした。投薬治療が始まった。
薬を飲み始めて1年半経った昨年末に仕事を辞め、現在はアルバイトの学童保育指導員。子どもと触れ合えるのがいい。出勤は平日午後。午前中好きなことができるのもいい。この拙文も木曜日の朝に書いている。今までなら満員電車の中にいる時間帯だ。今日はこれから出勤前に地域の青少年会館に行くアポ。小中学生向けの読書感想文講座を受け持つことになり、事前打ち合わせだ。朝から目に力が入っているのが自分でもわかる。
生活のために仕事に行かなきゃ。ローンを払うために働かなきゃ。家族のために。将来のために・・・。派遣会社での数年間、僕は絵に描いたような「世間」だった。僕は「地」に埋没していた。辛うじて「地」から顔を出すのは、編集学校に関わっている時くらい。萌芽ならぬ「萌図」とでも言おうか。仕事を辞めることは、僕にとって「地」と「図」の関係を動かすことだった。妻も働いているし、僅かながら蓄えもある。すぐに食いっぱぐれることもない。将来も老後も一旦脇に置いてみた。
3年前に移ってきた八尾市には、廃校になった小学校がある。月に一度そこで開かれるマルシェに、3月から「廃校図書室」として移動図書館を出展し、僕の蔵書の貸し出しを始めた。青空の下、中庭の芝生の上でページを捲るのが心地好い。小学生から年配の方まで来室され、それぞれ気になった本を手にされるのを見るのもいい。親子連れが絵本の読み聞かせをしている様子なんて、顔も心もくしゅくしゅする。掛け値なしでお気に入りだった『才能をひらく編集工学』(安藤昭子著)は、半年経ってもまだ返ってこない。
京都や奈良で実施されている「まちじゅう図書館プロジェクト」を八尾でもやってみたい。数年前から関わっている京都東山の「みんなの学校ごっこ」も八尾でやってみたい。もじもじしていた「萌図」が色づき始めた。
▲北村さんの蔵書を貸し出す「廃校図書室」。本が人と人をを繋げていく。
文・写真提供/北村彰規(43[守]墨攻センダード教室、43[破]ホーム・ミーム教室)
編集/角山祥道、羽根田月香
エディストチーム渦edist-uzu
編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。
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