お題と仲間と、時々校長――李康男のISIS wave #20

2023/12/23(土)08:08
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イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。

 

「妻が受講を検討していると知り、共に説明会に行ってみた」ことがきっかけで、イシス編集学校に入門したという李康男さん。稽古を終えたことで見えて来た不足と変化とは。

 

イシス受講生が編集的日常を語る、エッセイシリーズ。第20回目は李康男さんが編集稽古体験を振り返ります。2023年最後の ISIS wave をどうぞ。

 

■■トランポリンの、あのときの感覚

 

私は医療データを扱う企業で「特命担当役員」を務めている。いわゆる無理難題の解決請負人だ。以前の私は難題解決能力の高い、デキル男なのだと勘違いをしていた。無論、この以前とは編集学校に出会う前を指す。
出張が多くデスクワークが嫌いな私は、[守]はもとより[破]のほとんどのお題を仕事の移動中にスマホで回答していた(このエッセイもスマホで書いている)。結果、問題の「入口」であるお題、「出口」となる仲間と自分の回答、そしてそれらに対する全ての指南が「可能性」となって、このスマホに残っている。いつしかそれは、特命係のサバイバルマニュアルとなっていた。


随分と昔だが、[守]の010番のお題《たくさんのわたし》を体験したとき、私という人間を分類し、組み立て直し、言い換える事で、これまで気付かなかった「私」を発見することができた。こうであると思い込んでいた以上に、私という「情報」に結び付く事柄は世の中にはたくさんあり、それらを接続させることで違う次元に飛んでいく感覚を覚えた。
あたかも幼いころに遊園地で遊んだトランポリンで、遊園地の敷地を通り越して高い柵の向こう側まで見えた、あのときの感覚に似ていた。


「私」の可能性を感じることができた貴重な体験は、「たくさんの貴方」や「たくさん貴女」の可能性も信じさせてくれた。全てのお題に対する仲間の回答と、その指南を貪り読んだ。時々は参考文献として紹介される「千夜千冊」で校長の声を聴いた。すると、これまで仕事で解決してきた難題に関わった人たち、トラブルの渦中にいた人々の「たくさんのわたし」にも注意のカーソルが向き、私がいかにステレオタイプな視点のみで問題を処理してきたかということに気付かされた。


そもそも特命案件などというものは、厄介極まりない込み入った状況であることが殆どだ。問題が大きければ大きいほど私の出番は増え、関わる人の数だけ事情と感情が絡み合う。それらに向き合うのは正直しんどいし、骨が折れる。当事者はみな、感情的になっていることが多いからだ。
しかし難題に隠れている「たくさんのわたし」を想像すると、トラブルの向こうにいる「人」が見えてくる。ひとつの問題にいくつかの顔があり、結びつく人たちがいる。猪突猛進に「解決」という一点にのみ向かっていた以前の私には、自分以外の誰かの可能性を信じるという姿勢や視点が欠けていた。私にとっての大いなる不足点だったのだ。
常に心のカーソルを動かすことで、起きてしまった出来事と「たくさんのだれか」を有意義に結びつけ、「わける/あつめる」「つなぐ/かさねる」「しくむ/みたてる」「きめる/つたえる」をこつこつと繰り返すことで、困難の意味や価値を見出すことができ、ともに難題に向き合った人間同士として絆を育むことができると信じられるようになった。


[守]と[破]を受講した程度で編集学校の何がわかるはずもない。しかしここでの体験は私に、難題に向き合う勇気と受容する力をくれた。そして言葉に対する思いやりを育んだ。今は難題と向き合えることに喜びさえ感じている。
私を難題解決請負人として一歩進めてくれたのは、今もスマホの中にいる教室の仲間と師範代、そして時々校長なのだ。

今日も私は特命係のサバイバルマニュアルを読んで職務へと向かう。

▲李さんのスマホの中の「サバイバルマニュアル」

 

編集とは〇〇である。〇〇には様々な言葉が入りますが、ここでは「関係づけること」を入れたい。李さんが《たくさんのわたし》というお題で経験したように、情報を多様な見方で捉えるようになると、その情報には糊代が生まれます。糊代がある情報は、くっつきやすくなるのです。相容れないはずの他人、事情、背景がくっつき、関係性が芽生える。すると何が起こるか。関係づけられた人や物が相互に重なり合い、共鳴を起こし、より動的になるのです。李さんは難題に隠れている「たくさんのわたし」と一体となることで、物事を広く深く、高く見つめる方法を手にしました。世にはびこる分断を許さない、必殺仕事人の誕生です。


文・写真/李康男(43[守]合成ホロドラム教室、46[破]調音ウラカタ教室)
編集/吉居奈々、羽根田月香、角山祥道

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-07-01

発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。