【愛知9/28(土)】エディットツアーJapans お寺で学ぶ編集のいろは

2024/09/10(火)13:00
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愛知のエディットツアーの会場は、名古屋市西区にある放光山長善寺。
江戸時代から400年にわたって続く歴史あるお寺です。
「なぜ、お寺で編集?」と不思議に思われる方も、「お寺なんてちょっと敷居が高いな」と感じる方もいらっしゃるかもしれませんね。
イシス編集学校の編集コーチでもある、長善寺の蒲池卓巳住職は「どんな馴染みのない場所でも、編集術の型を知ると私らしく遊べるようになります」と語ります。
イシス編集学校は意外なモノやコトを繋いだり組み合わせたりして新しい発想を生み出す方法を学ぶ場です。
今回は皆さんにお気に入りの本を一冊お持ちいただき、本とお寺の間に楽しい関係を発見するワークショップを行います。
この秋、お寺で「編集のいろは」を体感してみませんか?

 


■日時:2024年9月28日(土)10:00-12:00
■会場:長善寺会館 https://chouzenji.org
    (愛知県名古屋市西区上小田井1丁目259)
【電車でお越しの方】
名鉄名古屋本線・名鉄犬山線「中小田井駅」から、徒歩5分
名古屋市営地下鉄鶴舞線「庄内緑地公園駅」から、徒歩12分
名古屋市営バス「中小田井五丁目」バス停、「南川町」バス停、「上小田井二丁目」バス停から、徒歩6分
【車でお越しの方】
駐車場|境内に20台程度、近隣にコインパーキング有

■対象:どなたでもご参加いただけます(中学生以上)
■定員:先着15名 
■費用:*当日現金にてお支払いください
    1500円(税込)
■持物:当日お好きな本を1~2冊お持ちください
■ナビゲーター
   :イシス編集学校
    師範代 久野美奈子・上原悦子・蒲池卓巳・石黒好美

 

★参加お申し込みはこちらから★
https://shop.eel.co.jp/products/detail/758

 


 

文:石黒好美

  • イシス編集学校 エディットツアーJapans

    2025年、イシス編集学校は開校から25年の節目を迎える。日本ISIS化を目指し、ISISエディットツアーJapansが、全国津々浦々で群島的編集力を引き出していくべく編集フェスを開催、乞うご期待。

コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-07-01

発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。