「生成AIの時代、作家はどこに存在しているのか?」--現“在”美術家でライブストリーミングチャンネル・DOMMUNE主宰の宇川直宏さんはこう問いかける。
テキストを入力するだけでたちまち精緻なイラストが描き上がり、部屋から一歩も出ることなく映画さながらの動画も作れる。生成AIの登場とその飛躍的な進化によって、私たちがこれまでに取り組んできた仕事の意味や、創作に対して信じてきた価値は大きく揺さぶられている。では、編集工学は?「生成AIによって人間が総クリエイティブディレクター化してしまった今こそ、“編集工学2.0”が求められている」と言う宇川さんによるイシス編集学校54[守]の特別講義をレポートする。
◆脳内のビジョンをいかにアウトプットするか
ロイヤリティフリー画像で「編集」と検索すると、今も紙と鉛筆を持って書籍を編集する姿が表示されることがある。「現在ではオフィスで鉛筆を使うことはほとんどありませんが、パピルス(紙)も鉛筆も、イメージをアウトプットするために開発されたテクノロジーですよね」
宇川さんは「自分と同じ誕生日(4月12日)」というヘンリー・ダーガーを例に話しはじめた。他人との交流をほとんど断ち、掃除夫として働きながら生涯に亘って15,000ページを超える物語と300枚の挿絵を描き続けたアーティストだ。グロテスクなシーンとファンタジックな世界観が同居する彼の作品は、死後50年以上を経た今なお高く評価され続けている。
『ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で』(作品社)より。ダーガーは60年の間、ハイパー・リアルなヴィジョンを自室でひたすらアウトプットし続けていた。
「妄想の解像度が異常なまでに高かったのでしょう。彼が脳内に浮かび上がったヴィジョンを絵と文字にして描き起こし、アウトプットしてくれたからこそ、時代を超えて僕たちも彼の感じていたリアリティを共有することができる」
宇川氏は2024年に動画生成AI「Sora」で作られたことで話題を呼んだWashed Out『The Hardest Part』のミュージックビデオも同じことだと言う。
「子供奴隷制を持つ軍事国家でハードな戦火をくぐり抜けて少女達が桃源郷を作る、という『妄想』のビジョンをダーガーは水彩とコラージュで巻物として描きましたが、このMVは架空のカップルの数十年に渡る人生を無限のズームの動きのみで、生成AIを使って描いたわけです。このように今やカメラもアニメーションも使わず、スーパーリアリスティックなシネクオリティでサイケデリックな世界観を誰もがアウトプットできる時代が来ています」
◆偶発的な事故を味方につける
「これまでのあらゆるクリエイティブには『知のリソースの網羅』と『テクノロジーに対する精通、あるいは習熟』が必要だった」と宇川さんは続ける。松岡正剛の仕事ぶりがまさしくそれだった。千夜千冊や本楼の蔵書といった膨大で良質な知のリソースをもち、古今東西のあらゆる情報の中にひそむ『方法』に注目し『工学(テクノロジー)』として活用することで、革新的なプロジェクトを次々に成功に導いてきた。
「クリエイティブの質を決める『センス』はそれを取り巻く文脈(コンテクスト)によって培われ、文脈を明確に把握した表現は時代を超えて受け継がれます。
同時に『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』と言われるように、センスが良いとされるものもすぐに消費され、陳腐化してしまう。クリエイターは文脈を意識しながらも、時には敢えて外すことで表現を更新してきました。20世紀のクリエイターは消費され続けるトレンドから常に距離をとること、いわば『現在』を編集することでクリエイティビティを保ってきたのです」
1960年代のサイケデリック・ムーブメントは一方ではその反発からパンクを生み、一方ではファンクからディスコそして、ヒップホップへと移り変わった。「グラムロックとの呼応もあるキラキラでファンクネスなアフロフューチャリズムの世界から、フワフワカーリーなアフロヘアーにスーツのディスコ・ファッション、そしてオーバーサイズのストリートファッションをまとうヒップホップへ。ラッパーは今またビッグメゾンのスキニーなスーツを着ていますね」
「一方で生成AIは、コンテクストを完全に無視したかのようなエクストリームなイメージを混在させてくる。ひとつは『ハルシネーション(幻覚)』と呼ばれ、AIモデルのアーキテクチャ・学習データ・プロセスの問題から生じてくる間違った応答であるとされていますが、着目すべきはハルシネーションではなく、想像もつかなかったコントラストの強い記号を、微かに接続された文脈から偶発的に混在させてくるナンセンスなRE-EDITの方です。そこにこそ創作のヒントがあるのです」
生成AIは自身が網羅した膨大な情報(知のリソース)の中から、人間では思いつかなかったような意外な情報の繋がりを提示するのだ。
「AIは『人間の考える意味的/論理的関係から編んだ文脈からすればはるかに遠く離れているけれど、確かにそこに存在している文脈』を発見し、そこから想像もつかなかった『コントラストの強い記号』を偶発的にアウトプットする。AIが行うのはセンスの生成ではなく、いわば『ナンセンスなRE-EDIT』。ナンセンス生成は偶発的な事故によって起こるのです!!!」
AI以前にも偶発的な事故を味方に付けようと試みたアーティストはいた。ウィリアム・S・バロウズはカットアップの手法によって思いがけない文脈との出会いを求め、ジョン・ケージはコインを投げたり紙のシミを音符に見立てることで、作曲に偶然性や不確定性を取り入れようとした。
「ダーガーの作品に登場する『ヴィヴィアン・ガールズ』には男性器がある。女性の身体を見たことがなかったダーガーが自らと同じ体つきの少女を描いたとも、戦闘に向かう少女の男性的な攻撃性が潜在的に表出されているとも言われています。これもエラーやバグではあるけれど、それこそが彼の妄想の型であり、オリジナリティですよね。」
◆「別様の可能性」を生む強力なコラボレーター
「人間がプロンプトによって秩序を作り出そうとするのに対し、AIは瞬時に無秩序で不確定性の強い、不条理なナンセンスを生み出してしまう。例えるなら個性の異なる超天才漫画家たち――赤塚不二夫と谷岡ヤスジと吉田戦車と漫☆画太郎と天久聖一が5億人ぐらい中に入っているようなもの。AIの生成は人間の創造にとって脅威なのです」
名だたるアーティストが次なる革新のために試行錯誤してきた偶然性や不確定性との出会い。それを生成AIは難なくアウトプットに利用しているように見える。
「自分が思いもよらなかったハプニングや、ナンセンスを排除しないであえて取り込んでいく編集に向かえるか否かが、生成AI時代のクリエイションに求められています」
編集工学は不確定性の概念と親和性が高い。「編集とは、すべてを準備しきることではなく、その場に臨んでおこる感興をのこしておくことに、ほんとうの職人芸が隠れて出てくるものなのだ」と『知の編集術』にもある通り、偶然性、偶発性、事故をもリソースとして受け入れる方法をこそ追究してきた。そうであれば、生成AIはむしろ編集工学にとって強力なコラボレーターたり得る、と宇川さんの声に力がこもる。
「イシス編集学校の教室名が、そもそもナンセンス生成ですよね」編集稽古を行う教室にはそれぞれ『夕空くじら教室』『ラーメン代謝教室』『まれびとフラクタル教室』など、一見すると何の関係もないような「コントラストの強い対」からなる教室名が付けられている。師範代や学衆は不意に名付けられた教室名からイマジネーションを膨らませ、編集稽古をしながら普段の生活とは全く別の価値観と出会う空間をインターネット上で共に創っていく。
多くのアーティストが未知の知覚と出会うためにサイケデリアを求めてきたが、編集学校ではお題と回答、指南の三位一体によって別世や別様の可能性を見出しているのかもしれない。
◆イシス編集学校 第55期[守]基本コース募集中!◆
実はバロウズさながらの「カットアップ編集」のお題もある[守]コース。あなたも編集学校で偶然を必然にするテクノロジーを学んでみませんか?
【稽古期間】2025年5月12日(月)~2025年8月24日(日)
石黒好美
編集的先達:電気グルーヴ。教室名「くちびるディスコ」を体現するラディカルなフリーライター。もうひとつの顔は夢見る社会福祉士。物語講座ではサラエボ事件を起こしたセルビア青年を主人公に仕立て、編伝賞を受賞。
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