梅花霜雪を経て開く。昨秋、52〔守〕に入門した近畿大学生たちは定期試験にアルバイト、サークル活動に卒業論文、就職活動や大学院入試と何足もの草鞋を履きかえながら、果敢に38の編集稽古に臨んだ。花も嵐も踏み越えて、この春見事卒門を果たした3名の近大生、水上亮輔さん(カミ・カゲ・イノリ教室)、中村さん(千離万象教室)、佐々木さん(パズル蒸着教室)に15週間の稽古体験を聞くとともに、近大生の奮闘ぶりをそっと見守っていた担当師範からのコメントを添えてお届けする。
◆クラスメイトはビジネスマンから小学2年生まで!?
水上:編集学校で驚いたのは、住んでいる所も年齢も職業もさまざまな人と同じ教室で一緒に学ぶこと。社会人の方ばかりだと思っていたので、最初に「若輩者ですがよろしくお願いします」とあいさつしたら、次に「私は小学2年生です」と自己紹介された方がいて、びっくりしました。(笑)
中村:私の教室には「海外から回答しています」という方もいらっしゃいました。教室の方がお仕事の話をされるのを見て、すごくかっこいいなって憧れました。
佐々木:私はお題に回答するたびに、自分の価値観がぐるぐる反転するのを感じました。今まで見ていた景色が違って見えてくるような…。
大学で経営を学んでいることもあって、お店で見つけた気になる商品を、自分ならどんな商品名にするかと考えるのが好きなのですが、編集を学んだらネーミングセンスもぐんと上がった気がします!
中村:毎日新しい発見がありますよね。いつもお題のことを考えていて、すぐに回答できないときは思いついたことをメモしていました。冬休みにドラマ『孤独のグルメ』を見てこれだ!と思いついたミメロギア「北へ駆け落ち、粉雪・南へ逢い引き、かき氷」が全校コンテストの「番選ボードレール」で入選した時はうれしかったです。
水上:〔守〕の38のお題の中で一番好きなのは010番「たくさんのわたし」。「私は、○○な●●である」という形で自分に関する文章を30個以上考えるというものです。Twitter(X)とかでよく見る「ガンジーが助走をつけて殴るレベル」みたいな比喩の表現ってあるじゃないですか。(笑)あんな感じで、自分を表す面白いメタファーを考えるのが楽しかった。
中村:私も「たくさんのわたし」好きです!教室の皆さんの回答を見て「この人はこんな感じの人かな」と想像してました。
佐々木:私が好きなのは004番「地と図」。例えば同じ「コップ」でも、洗面所を「地」にすれば「うがいの道具」だけど、「地」を「工場」にすれば「製品」、「日本語」にすれば「外来語」みたいに全然違った「図」が見えてくる、という。このお題で、世の中に対する解像度がぐんと上がった気がします。
SNSでいろいろな議論を見るけれど、よく読むと「図」は同じでも人によって「地」が違うんだ、という発見があって。この「地」の混在に気づかないことが、人と人との間に分断を引き起こしているのでは、と。
◆ひとりじゃないから頑張れる!
佐々木:お稽古は楽しかったけど、私は回答をためてしまって、最後の方に急いで送ったり…。今思えば、最初からきちんと稽古の時間を取ってコンスタントに回答していれば、それほど慌てなくてよかったのにと思います。
水上:前半のお題は期限を守って出せたのですが、だんだんお題のボリュームも内容も重たくなってきて大変でしたよね。
中村:私は「1000万冊の本があるエンターテイメント施設」に名前をつけるとか、「哲学的な表現で書く」とか、今までに考えたこともないお題に苦労しました。ネットで調べたり、自分の経験したことと近づけて何とか回答したのですが。
自信がないまま出しても、師範代が「中村さんらしい回答ですね」とほめてくれたり、「遅れても、後から追いつけばいいですよ」と励ましていただけたのが、楽しく稽古できた一番の理由かな。千離万象教室の田原師範代はあたたかくて博識で…お会いしたことはないけれど、俳優の平田満さんみたいな感じの方かな?と思っています。
佐々木:回答と一緒に人生相談っぽいことを書いて送ったことがあるんです。パズル蒸着教室の山口師範代はご自身の経験も交えながら「いろんな「地」から物事を捉えられるように、いろんな経験をしてほしい」とアドバイスしてくださり、感激しました。
教室の外でも、近大生にはお稽古の相談ができる「近大番」という役割の方が付いていただけるのですが、近大番の阿曽さんの応援もとても心強かったです。
近大番の面々。左上から阿曽番匠、景山番匠、稲森師範代、学林局の衣笠さん
水上:カミ・カゲ・イノリ教室の内村師範代は医師。多忙を極める中でなぜいつもこんなに早く返信できるのかと謎でした。(笑)
僕は番選ボードレールと卒業論文のピークの時期が重なって焦ったのですが、回答して30分後には指南を返してくれて、無事エントリーできました。「人を救う仕事」という意味では医師も師範代も同じですね。(笑)
◆編集こそ新時代の「実学教育」!
水上:これから受講する近大生に伝えたいのは、回答をためこまないこと。分からないなりにも書けたところまでで出すのが大事。師範代はめちゃめちゃ優しくて、どんな回答にも絶対にきっちり向き合って指南してくれるから。
中村:教室の仲間との交流も楽しんでほしい。教室でおすすめの本を紹介してもらったりと、大学生活だけでは出会えない人との関係づくりもできますよ。
もちろんお稽古自体も最後までやりきったら絶対に伸びるから、頑張ってほしい!
佐々木:私は、イシス編集学校は自分のものの見方とじっくり対峙する場だと思います。
今、外国から日本に働きに来てくれる方をたくさん受け入れていますよね。でも、私たちはまだ異なる文化を持つ人たちを理解する力に欠けているのではないでしょうか。私はお稽古をきっかけに、自分の社会に対する視野の狭さに気づきました。
“編集”って、最初はすぐには役立たない知識だと思うかもしれないけど…、世の中のあらゆる事情がめまぐるしく変動する時代に、「地」の異なる他者の価値観を知る能力は、新しい知を生み出す力になると私は思います。これからますますイシス編集学校の重要性は高まっていくと思うし、近大の後輩たちにもぜひ受講してほしいです。
近大生がアクティブだと、教室全体も盛り上がる。近大生たちは稽古を通して「自分が変わった」のはもちろん、教室の仲間の魅力を引き出し輝かせる力も発揮してくれた。卒門を果たした3名は次期以降には〔破〕に進みたい意向も示してくれている。編集学校の中でも外でも編集力を発揮して、自分とも世界とも相互編集を続けてほしい。
石黒好美
編集的先達:電気グルーヴ。教室名「くちびるディスコ」を体現するラディカルなフリーライター。もうひとつの顔は夢見る社会福祉士。物語講座ではサラエボ事件を起こしたセルビア青年を主人公に仕立て、編伝賞を受賞。
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