「子どもにこそ編集を!」
イシス編集学校の宿願をともにする編集かあさん(たまにとうさん)たちが、「編集×子ども」「編集×子育て」を我が子を間近にした視点から語る。
子ども編集ワークの蔵出しから、子育てお悩みQ&Aまで。
子供たちの遊びを、海よりも広い心で受け止める方法の奮闘記。
聖劇と桃太郎
子どもたちはたまたま二人とも教会に付属した幼稚園に通った。
毎年12月になると、「聖劇(クリスマス・ページェント)」として、年長の子どもたちによってキリスト誕生の物語が演じられる。
2000年前のベツレヘムの出来事が、現代の日本で再現され続けている。ここに、キリスト教の編集力の源を見たように感じた。
3月、感門之盟に向けて、よみかき探Qクラブを紹介するプレゼンテーションのシナリオを考えている時に、もうひとつヒントになったのが、小学校時代のキャンプファイヤーの思い出だ。出し物係の子たちが「桃太郎」の劇をしたことだった。今さら、桃太郎? と思っていたら、予想に反して、とても盛り上がった。団子屋さんの子が桃太郎役で、きび団子を差しだしたのには喝采が上がった。
みなが知っている物語には、場を一つにする力がある。
内田莉莎子訳で、福音館書店より「おおきなかぶ」が出版されたのは1966年。以来、200刷を重ねていて、小学校1年生の教科書にも採用されている。時間的にもちょうどいい。これでいこうと考えた。
『おおきなかぶ』福音館書店
「バナナと魯山人」する準備
物語の「おおきなかぶ」と論説文である 千夜千冊1540夜「想像力を触発する教育」を混ぜ合わせるのは、モードの異なる作品を一つにする守コースのお題「バナナと魯山人」のお題そのものだった。
異なるモードの文章を掛け合わせる
どんな配分にするのかの方針を立てるために、舞台のB(ベース)とT(ターゲット)を考え、当日、どのようなP(プロフィール)が現れるとよいかを、ミーティングで話し合った。
その過程で、どのような言葉をどんな順番で置くのか、何を入れ、何を残すかの方針が立っていった。
福音館書店版を底本とすることにしたのは、佐藤忠良さんの絵が大好きだというのが第一の理由だ。舞台なので、テキストだけではなく、帽子や髭などの小道具、声のトーンやテンポも考慮に入れていく。
これは、守コースの「ルール・ロール・ツール」のお題と重なる。
コンパイルからエディットへ
「おおきなかぶ」には作者はいない。「A・トルストイ採話」となっているのが以前から気になっていた。いつ頃から、どんな目的で、ロシアで語り継がれてきたのだろう。
舞台化というエディットにはコンパイルが必要だと思い、調べてみた。
特に「うんとこしょ、どっこいしょ」だ。おおきなかぶといえば真っ先に連想される印象的な掛け声で、この響きのおもしろさが日本語版では際立っている。
検索してみると、驚くことに、アレクセイ・トルストイのロシア語原文では、掛け声は無いらしいとわかった。「ひっぱって、ひっぱって、ひっぱって」と重ねていく畳語のリズミカルさが物語の魅力となっているという。
ひっぱるシーンのおもしろさを、訳者の内田莉莎子が「うんとこしょ どっこいしょ」と表現し、それが日本で定着した。
より古い 形で採話されているのが、1863年、ロシアの民俗学者アレクサンドル・アファナーシェフが口承民話を初めて文字にして刊
行したバージョンである。「おおきなかぶ」の元になった「蕪」が岩波文庫の『ロシア民話集』(上・下)の上巻で読める。
近くの図書館で借りてみて驚いた。おじいさん、おばあさん、まご、子犬の次に出てくるのが猫ではなく、「一本の足」になっている。一本の足の次は「二本目の足」で、「五本目の足」まで加わったところで、ようやく大きな蕪が抜ける。
一本の足とは何なのか不明なようで、訳文にも「?」が付いていた。
『ロシア民話集(上)』岩波文庫
ロシアの口承文化
岩波文庫の解説によると、アファナーシェフ以前、17世紀にイギリス人医師によって採話された昔話に、靴屋が庭にできた大きな蕪をイワン雷帝に献上し、靴を高く買い取ってもらったことがきっかけで貴族になるという話がある。ロシアにおいて、古くから蕪が幸運をもたらすものというイメージが伴う存在であったことがうかがえる。
もうひとつ興味をひかれたのは、ロシアでは、 文字にするものは、教会関係の文書のみという伝統が根強く、平民から貴族まで、昔話は耳から聞くものというのが常識だったということだ。
『戦争と平和』の作者であるレフ・トルストイは、子どもの頃、元農奴の老いた召使の話を聞きながら眠りにつく慣わしだった。皇帝も物語を語る盲目の老人を三人雇っていた。物語は心安らかに眠り、起きて、楽しく働くために必要なものだったのだ。
語り手は、聞き手を楽しませるためにその場で即興的にアレンジするのが当たり前で、文字にするのは「文士様」に無駄骨を折らせることだと思われていた。
もしかしたら「蕪」にはもっと多様なキャラクターがいたのかもしれない。
文字化され、一字一句違わずに読むための教科書に採用されるというのは、本来からすると逆のことだったのだということに気づいた。
長男が小1の時に使っていた教科書『あたらしいこくご』東京書籍
セリフに傍線を引いている
物語の伝播力
はからずも感門之盟では、同じバージョンを共有していることを生かす形になった。
よみかき探Qクラブのメンバーでは日本各地に散らばっているため、本番の前日まで会って稽古することができなかった。
ズームでシナリオの推敲を行い、それぞれが練習を録画や録音をして、言葉と動きを合わせて行った。
小学校1年生のゴウ君は、国語の時間に学習していたおかげで、「まご」役の出演を依頼した時点で「ばっちり!」状態だった。
ねずみ役の高橋仁美さんとは当日初対面だったけれども、運営している英語教室で演じたばかりということで、誰よりも物語が体に入っていた。
感門之盟が始まる1時間前に初めて顔を合わせてリハーサルできたのだが、この無謀な挑戦を支えてくれたのが、福音館書店版「おおきなかぶ」のテキストと絵の力だった。
「まご」役のゴウ君と「いぬ」役の上原悦子師範代
小1から親世代までが一緒に演じた本番の様子は、こちらの記事をお読みいただきたい。
私が36年経ってもキャンプファイヤーの桃太郎劇を覚えているように、ナレーターのカズマ君やゴウ君の心や体に「おおきなかぶ」が残るだろうか。大人になった時、かすかにでも残っていて、また次なる編集につながることを夢みている。
「まだまだかぶはぬけません」
アイキャッチ写真、人物写真:木藤良沢
書影:松井路代
図版:得原藍
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夏シーズンは6月〜9月、4/18より募集開始予定です。
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*子ども編集学校プロジェクトサイト
https://es.isis.ne.jp/news/project/2757
松井 路代
編集的先達:中島敦。2007年生の長男と独自のホームエデュケーション。オペラ好きの夫、小学生の娘と奈良在住の主婦。離では典離、物語講座では冠綴賞というイシスの二冠王。野望は子ども編集学校と小説家デビュー。
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