「ピキッ」という微かな音とともに蛹に一筋の亀裂が入り、虫の命の完結編が開幕する。
美味しい葉っぱをもりもり食べていた自分を置き去りにして天空に舞い上がり、自由自在に飛び回る蝶の“初心”って、いったい…。

◆感門タイトルは「遊撃ブックウェア」
読書はなかなか流行らない。本から人が離れてゆく。読書はもはや、ごく一部の好事家による非効率でマニアックな趣味にすぎないのだろうか?
読書文化の退行は今に始まったことではなく、数十年前から警鐘を鳴らされ続けているが、コスパとタイパが最優先の世界にあって、その状況は加速度的に悪化していると言わざるを得ない。おまけに近年は生成AIの登場によって、読み書きの手間を省くことがきわめて容易になり、人間は、読書どころかコトバの放棄にまで向かっているかのようである。かつて海の向こうから流入してきた漢字をもとに仮名文字を生み出したような方法日本の編集力も、このままでは発揮されるべくもないだろう。
放っておけば自動化と平準化と漂白化が進行していく社会状況、すなわち“編集を終えようとしている世界”に、生涯をかけて真っ向から抵抗し、つぎつぎと再編集を仕掛けていったのが松岡正剛であった。今月刊行された松岡の自伝的著作は『世界のほうがおもしろすぎた』(晶文社)と題されているが、松岡にとって「おもしろすぎた世界」の礎(いしずえ)を成したのが「本」であることは論を俟たない。読書はいまや反時代的な営みであるが、読書の欠落した世界はあまりにもつまらないだろう。
イシス編集学校では半期に一度、古今東西2万冊の蔵書がおさめられた豪徳寺本楼で一堂に会し、講座修了の祝典「感門之盟」を開催している。この夏は校長松岡正剛の一周忌であったが、松岡にとって編集の起爆点であった本の可能性をいま一度ひらきなおす機会とするために、来たる9月に行なわれる感門のタイトルは「遊撃ブックウェア」に決まった。校長の流儀に肖って、いつでも本とともにありながら、“遊気”をもって編集工学の社会的出撃を果たさんとする意志がこのタイトルには込められている。かつて松岡は千夜千冊の中で「本を読むことは(…)つねに社会変革の風を孕んでいる」と述べたが、それは決して誇張ではなかったはずだ。
◆ブックウェアとは何か?
感門タイトルにある「ブックウェア」という言葉は、もしかするとあまり聞きなれないかもしれない。このたびアルテスパブリッシング社から松岡正剛『百書繚乱』が発刊されたが、もとになった産経EXでの連載タイトルが、そのものズバリ「ブックウェア」だった。しかし、ブックウェアとはいったい何だろうか?
この言葉は、本というメディアが元来備えてきた破格さに由来している。松岡がさまざまなところで書いてきたように、歴史も政治も音楽も、食べ物もファッションもスポーツも、さらには思索や娯楽や危険に至るまで、ありとあらゆるコンテンツが本の中に入ってきた。そうして蓄積された書物群の中から、いくつもの文明や文化が発してきた。
しかしながら本は、必ずしも教養や知能を高めるための知的コンテンツで埋めつくされてきたわけではない。読書行為の大半は、気分転換や退屈しのぎ、空想を許容するリラクゼーションとして機能してきた。だから松岡は読書をあまり重くとらえすぎずに、むしろ「着脱可能なファッション」にしていくべきだと考えていた。
ブックウェア(Bookware)とは、そうした読書の自在さを踏まえた松岡の造語である。ここには、カジュアルに着たり脱いだりできるものとして本を捉えなおそうというニュアンスが込められているが、含意はそれだけにとどまらない。
このような新たな考え方の基本となるべき言葉として、本にかかわるハードウェアとソフトウェアとヒューマンウェアとを重ねた方法的な状態をまるごとふくんで「ブックウェア」と呼ぶことにした。[松丸本舗の構想時に]「本」「人」「場」のマップと睨めっこしていて思いついた新しい造語だった。(…)何冊もの連鎖や、歴史や人生の中のつながりとして、本を見る。それがブックウェアなのである。
情報がひとりではいられないように、本もひとりではいられない。本が一冊単体では存立しえず複数連冊でつながり合っているのはもちろん、「本は本だけで動いているのではなく、時代や社会とともに、学問や職業とともに、服飾や娯楽とともに、また人生の喜怒哀楽やビジネスの集中や弛緩とともに動いている」。すなわちブックウェアとは、「場のハードウェア」と「知のソフトウェア」と「人のヒューマンウェア」をまるごと含めて読書を捉え直してみる試みなのである。ブックウェアという言葉でもって、松岡は書物を核に置いた「新しい意味の市場」を提起した。
昨年始まった多読アレゴリアの百家争鳴も相俟って、いまのイシスの読書ぶりは、これまでに例をみない状態になっている。これだけ多くの人がみんなで一斉に本を読み、本について書き、本をめぐって語り合う読書コモンズは、イシス編集学校をおいて他にない。何がしかのかたちで本と紐付けられたお題(ソフトウェア)で稽古し、本楼という場(ハードウェア)につどう[守][破][花伝]の学衆や放伝生や師範代や師範もまた、すでに「書物の生態圏」を織り成すヒューマンウェアだといえるだろう。
◆ブックウェアな第88-89回感門之盟
もとより感門之盟のプログラムそのものが遊撃ブックウェアを体現してきた。校長として松岡が生前から大事にしていた「先達文庫」の授与式では、それぞれの教室らしさを踏まえて、師範代ひとりひとりに別々の本が贈られる。花伝師範に贈呈される「花伝選書」は、編集学校内での流行本になることもしばしばで、Amazon在庫が一時売り切れになることも少なくない。こうした「本を贈り合う文化」も、ブックウェアに欠かせない基盤である。全員参加型のインターブッキングも開催予定だ。
さらに今期のトピックとして、いま現在55[守]師範代に登板中の田中優子学長が、ご自身の受講体験をもとに〈イシス編集学校本〉を準備していることも見逃せない。イシスがまもなく本になる。これについては学長校話でたっぷりと語られるだろう。
イシスはいつだって書物から跳び出した「声の文字」と「文字の声」で賑わってきた。感門にご参加のみなさまには、ぜひとも積極的な編集の当事者として「共読する学校」の喧騒に加わっていただきたい。
アイキャッチ/穂積晴明
●イシス編集学校 第88・89回感門之盟「遊撃ブックウェア」
★54[破]、43[花]の方はこちら
■日時:2025年9月6日(土)12:30-19:30(予定)
■会場:豪徳寺イシス館 本楼(https://es.isis.ne.jp/access/)
■費用:4,400円(税込)
■申込締切:2025年8月29日(金)
■申込先:https://shop.eel.co.jp/products/es_kanmom88
★55[守]の方はこちら
■日時:2025年9月20日(土)13:00-19:00(予定)
■会場:豪徳寺イシス館 本楼(https://es.isis.ne.jp/access/)
■費用:4,400円(税込)
■申込締切:2025年9月12日(金)
■申込先:https://shop.eel.co.jp/products/es_kanmom89
バニー新井
編集的先達:橋本治。通称エディットバニー.ウサギ科.体長180cm程度. 大学生時に入門後、師範代を経てキュートな編集ウサギに成長。少し首を曲げる仕草に人気がある。その後、高校教員をする傍ら、[破]に携わりバニー師範と呼ばれる。いま現在は、イシスの川向う「シン・お笑い大惨寺」、講座師範連携ラウンジ「ISIScore」、Newアレゴリア「ほんのれんクラブ」などなどを行き来する日々。
準備も本気で本格的に。それがイシス流である。 感門本番まで残すところあと2日、これまで個々に用意を重ねてきた[破][花]の指導陣が、いよいよ本楼に集って全体リハーサルを行った。音響、立ち位置、登降壇順、マイク渡しに席 […]
感門準備の醍醐味は、手を動かし口も動かすことにあり。 8月最後の土日、[守][破][花]指導陣の有志(感門団)で豪徳寺学林堂に集まって、一週間後に控えた感門之盟の下準備に入った。ペットボトル300本に感 […]
「守をちゃんと復習し終えるまで、破へ進むのはやめておこう……」 卒門後、そのように考える慎重な守学衆が毎期何人かいます。けれども、コップに始まりカラオケへ至った学びのプロセスによくよく照らしてみれば、「立 […]
モノに見立てて肖って●54[破]評匠 セイゴオ知文術レクチャー
本を読んで、文を書く。そのとき人は、いったい何について書いているのだろうか。そこでは何が出入りしているだろうか。 日々の暮らしの中で何気なくおこなうこともできてしまう読書行為というものをひとつの巨大な“ […]
[破]は、松岡正剛の仕事術を“お題”として取り出したとっておきの講座である。だから回答と指南の応酬も一筋縄にはいかない。しかしそのぶん、[破]の師範代を経験すれば、どんなことにも編集的に立ち向かえるように […]
コメント
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2025-10-07
「ピキッ」という微かな音とともに蛹に一筋の亀裂が入り、虫の命の完結編が開幕する。
美味しい葉っぱをもりもり食べていた自分を置き去りにして天空に舞い上がり、自由自在に飛び回る蝶の“初心”って、いったい…。
2025-10-02
何の前触れもなく突如、虚空に出現する「月人」たち。その姿は涅槃来迎図を思わせるが、その振る舞いは破壊神そのもの。不定期に現れる、この”使徒襲来”に立ち向かうのは28体の宝石たち…。
『虫と歌』『25時のバカンス』などで目利きのマンガ読みたちをうならせた市川春子が王道バトルもの(?)を描いてみたら、とんでもないことになってしまった!
作者自らが手掛けたホログラム装丁があまりにも美しい。写真ではちょっとわかりにくいか。ぜひ現物を手に取ってほしい。
(市川春子『宝石の国』講談社)
2025-09-30
♀を巡って壮絶バトルを繰り広げるオンブバッタの♂たち。♀のほうは淡々と、リングのマットに成りきっている。
日を追うごとに活気づく昆虫たちの秋季興行は、今この瞬間にも、あらゆる片隅で無数に決行されている。