明け方、朝顔の蕾が開く。極薄の花弁の深い青は、日の光を浴びて夕暮れの空のうつろいのように徐々に紫がかった色へと変化していく。京橋で古美術を商う高校時代の友人から初夏に届いた朝顔のたねは、白洲正子から川瀬敏郎を経て、坂村岳志へと渡ったものだという。産霊(むすび)の力が詰まった小さな固い粒を見つめているうちに、二千年の長い眠りから覚め、花を咲かせた蓮のことを思った。たねは、時の流れを超えて蘇る情報のうつわと捉えれば、書物のようでもある。
今月の21日と22日の両日に、イシス編集学校20周年を祝うオンライン感門之盟が開催された。毎期、この晴れの場で労いと感謝をこめて師範代に渡される松岡校長からの格別の贈り物、それが先達文庫である。歴代の師範代に贈られてきた先達文庫のリストは、イシス編集学校にかかわるすべての人にとって、有難い、貴重な知と情のアーカイブだ。「文庫」は、和語の「ふみぐら」に当てた漢字で、もともと大切な書物を保管する倉庫のことを指したという。中世の金沢北条氏の金沢文庫や、足利学校の足利文庫など、和漢の書を収めた蔵は、図書館のアーキタイプといえるかもしれない。
漢字学者の白川静によれば、「書」という文字は、地中から何かが出てくるときの様相をあらわしているとも、何かが埋まっていることを明かしているのだとも、校長著『花鳥風月の科学』には書かれている。師範代一人ひとりのために校長が選び抜いた先達文庫は、時空の彼方から届く編集的先達の声が刻まれた、手のひらに乗る愛らしいミニチュアのうつわ。ここへ校長の真心のこもったメッセージが書き込まれて産霊の力を得、世界にたった一つのたねへと生まれ変わる。やがてそれは師範代のなかで芽を吹き、蕾をつけ、花開き、実を結んでいく。
いにしえの人々が歌に想いを託したように本を贈り合うイシスの文化は、この先達文庫から始まった。
丸洋子
編集的先達:ゲオルク・ジンメル。鳥たちの水浴びの音で目覚める。午後にはお庭で英国紅茶と手焼きのクッキー。その品の良さから、誰もが丸さんの子どもになりたいという憧れの存在。主婦のかたわら、翻訳も手がける。
名月や池をめぐりて夜もすがら 『月の裏側』という美しい本がある。著者のクロード・レヴィ=ストロースは幼い頃、父親にもらった歌川広重の版画にすっかり心を奪われ、遠い東の国に恋をしたという。何度めかの日本訪問の […]
画家オディロン・ルドンを目に見えない世界へ導いたのは、植物学者アルマン・クラヴォーだった。ルドンによるとクラヴォーは無限に微小なものの研究をしていて、「知覚できる世界の境界線にあって、動物と植物の中間の生命、花というか存 […]
今春は、文楽の研修生への応募が一人もなかったという。50年ほど前に研修制度が始まって以来の、初めてのできごとだそうだ。 千夜千冊第974夜・近松門左衛門『近松浄瑠璃集』で、松岡正剛は「現代文学もここまで心の綾を描けている […]
ギリシア神話のヘルメスが、翼のついたスニーカーを履いて軽やかにステップを刻む。時空を超えて蘇った先は、イシス編集学校の修了式「感門之盟」を特集した『エディターシップ』だった。靴のブランドロゴマークは、再生の女神の名イシス […]
金色の雲間に、港へ到着した貿易船が見える。唐物屋の店先に並ぶのは、虎や豹の毛皮、絹織物や陶磁器。あちらこちらから、耳慣れない遠い異国の言葉の混じる賑わいが聞こえてくる。16世紀末から17世紀半ば頃の、スペインやポルトガル […]