柑ぽんソーダと女教師 ~甘く切ないクオリアな思い出~

2020/07/09(木)09:57
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わたしは八百屋に走った。
押し止められない衝動に駆られて…

45[守]石井梨香師範が「リカちゃんクッキング」と題して「師範のチーム名語りをよすが」にしたレシピを公開した。わたしの担当する「水面くれセント」には「柑ぽんソーダ」を贈ってくれた。教室名、師範代の特徴と共に、「宮川師範の得意技、ぽんかん指南を反転させて」という丹精込めたレシピにわたしは心を打たれた。

「ぽんかん指南」とは、学衆さんにリズムよく溌剌と回答してほしいと40[守]師範代の時に考えた方法だ。「ぽ~ん」とやさしく球を投げることで「カーン」と気持ちよく打つ風景が浮かんだ。右へ左へと打ち分け、真芯に当ててホームラン、時には力んで空振り三振。フレッシュな果物をイメージして、喜怒哀楽と躍動感を生み出そうとマネージした。



八百屋にいくと宮崎県産の「日向夏」は既に時期が終わっていた。同じ品種でも地域により「ニューサマーオレンジ」といった違う名称で呼ばれるという話を聞き、そちらを購入した。ついでにミントを、酒屋でソーダ水を買い、家には八ヶ岳の秘蔵のはちみつがある。これで準備万端だ。家に帰り材料を前に台所に立ち、腕まくりをすると気合がみなぎった。「さあつくるぞー!」



1分で出来た。

 

拍子抜けしたが、簡単であれば、これから何度でも飲むことができるということだ。写真撮影に20分かかると強炭酸は微炭酸に変わっていた。柑橘のスゥッと鼻に抜ける清涼感、はちみつのトロンと舌をなでる甘み、ソーダのシュワシュワな喉越しの刺激、この三位一体のコンビネーションは格別である。予想を裏切らない風味といえばいいだろうか、別の言い方をすると思った通りの味だった。しかし、このドリンクは巷に溢れたものとは本質的に異なるものである。石井師範が愛情をこめて創作し、ネーミングしてくれた唯一無二のものなのだ。その時に伝習座1・5の出来事が蘇った。

師範が千夜千冊エディションを片手に編集を語るプログラムだ。石井梨香師範は「リカ先生」に変身して、『理科の教室』の講義をしたのだった。ファッションスタイルにまで女教師のモードをいかし、フリップボードを片手に生命を語る。





ズキューン♪

憧れていた。だが永遠に手の届かない聖なる領域にいる女教師。それはとうの昔に失くした「あの時」を思い出させてくれた。「リカ先生」は「柑ぽんソーダ」の引き金を引いたのだ。鈴の音のような声の先生を思い出した。夏の日の汗ばんだシャツの向こうに、黒板の前に立つさわやかな先生の姿が見える。甘酸っぱさと切なさが入り混じり、胸が締め付けられた。

「先生、待って~」
「あははは。宮川くん、こっち、こっち~」
野原で追いかけっこをする先生とぼく。しばらくの間、自分がどこを彷徨っているのか分からなくなった。

わたしは今後「柑ぽんソーダ」を飲む度に女教師の面影を思い出すだろう。そして何事にも機をいかして楽しく編集に向かう「リカ先生」の凛々しい姿をそこに重ねるだろう。どこにでもありそうだが、どこにもないドリンク。そこにはトキメキのクオリアがあった。

  • 宮川大輔

    編集的先達:道元。曰く、「指南の極意は3ぽん。すっぽんぽん、ウェポン、ぽんかん也」。裸の心と体を開き、言換えの武器を繰り出し、ポーンと投げカーンと回答してもらう。敢えて隙だらけの構えで、学衆を稽古に巻き込む場の達人。守破教室全員修了も達成した。

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コメント

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山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025