さしかかりの鍛錬 ~41花:千夜多読仕立/道場五箇条ワーク~ 

2024/06/05(水)08:08
img POSTedit

手がふるえる、顔がこわばる、言葉につまる。

 

41花入伝式の第三部「物学条々」で行われる共同ワークでの一コマだ。その成果を松岡正剛校長を始め、居並ぶ花伝所の指導陣、入伝生たちを前に発表する。

 

このワーク、その前段として「千夜多読仕立」という事前課題から始まっている。この課題は、指導陣が今期のために千夜千冊から厳選した十夜を丹念に読み込み、花伝所での心構えを綴った創文を書きあげるものだ。

 

千夜多読仕立て

1 0062夜『ニューロマンサー』ウィリアム・ギブスン *[情報生命]  

2 1079夜『アフォーダンス』佐々木正人 *[編集力] 

3 1304夜『セレンディピティ』澤泉重一・片井修 

4 0535夜 『人はなぜ話すのか』 ロジャー・C・シャンク *[ことば漬] 

5 1469夜『ミラーニューロン』ジャコモ・リゾラッティ&コラド・シニガリア

6 0995夜 『過程と実在』 アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド 

7 1508夜『世阿弥の稽古哲学』西平直 *[芸と道] 

8 1746夜『状況に埋め込まれた学習』ジーン・レイヴ&エティエンヌ・ウェンガー 

9 0991夜『おくのほそ道』松尾芭蕉 *[日本的文芸術] 

10 1845夜『翻訳できない世界のことば』エラ・フランシス・サンダース

 

共同ワークは各五道場に分かれて「道場五箇条」を書き上げる。わずか30分間でロール分担を決め、創文を共読し、その後、条文を構想し、全体のバランスを整え、言葉を研ぎ澄ませる。それを、道場のほとんどが初顔合わせである中で、連携して五箇条の制定まで完結させるという、かなりの編集力が求められる仕立である。このワークは入伝生の「カマエ」をつくるため、山本ユキ錬成師範を中心にした指導陣が入念に準備したものである。

 

 

「ダンドリ」が告げられると、会場の緊張感が高まった。開始と同時に一気に編集が進められる。必死である。刻々と時間が過ぎていく。「ラスト10分」、出口が見えずに焦りがつのる。「残り5分」、ヒートアップするに従い、声が大きくなる、早口になる。「あとわずか」、最後の仕上げへと猛スピードで突っ込んでいく。

 

   

 

抜け殻のようによたよたする人がいれば、興奮冷めやらずでほてった顔の入伝生もいる。どの道場も力いっぱい時間をフルに使って書き上げた。そして息つく暇もなく、呼ばれた道場は、すぐに登壇し発表に移るように師範から告げられた。

 

 

 

 

 

 

今回は、錬成師範の寸評とともに松岡校長直々のディレクションがあり、ブラッシュアップの起点となる直裁的な指導が次々に入った。言葉の使い方、五箇条の連関、図解の効果など、五箇条から滲み出るものに対しての「感」をさしかかりにして、「応」じて、松岡校長は「答」を「問」と重ねて入伝生に向き合った。

 

 

 

「入伝式は入伝生をおだてるためにやってるわけではない」、師範の寛容な評価に松岡校長が鋭く切り込んだ。表象された編集に対しての評価、またそれに至る過程を浮き彫りにし、松岡校長がディレクションしていく。そのさしかかりは、時に好奇心をもって編集方針を尋ね、また編集意図の奥に分け入って称賛する一方で、そもそもの「千夜多読仕立」からのプロセスの欠落、五箇条の並びやまとまりに関する不足などを厳しく指摘するなど、自在に見方を変えたものだった。

 

 

冒頭で書いたように、登壇した二人の発表者の緊張は言うまでもなく、それ以外の道場生も同じ気持ちであった。食いつくようにディレクションを聞き、思いがけぬ高評価に嬉しさを噛みしめたり、時に青ざめながらメモを走らせた。入伝生は今後、編集を続ける上で大切なことを、創(きず)として記憶に刻みこむ機会になったはずだ。そこに一つの問いが思い浮かんだ。松岡校長のようなディレクションをターゲットにおいた時に、どのようなプロフィールを描けばよいのか。

 

 

「物学条々」では、何度も松岡校長の「注意のカーソル」の繊細さを見ることができた。当日は第四部「別紙口伝」において、松岡校長へのインタビューもあったのだが、そこで感じたことがあった。それは日常に起こる微細な感覚の変化に気づき、そこをさしかかりに、リバースエンジニアリングする鍛錬である。それを習慣にして身体化させ、生活の中で当たり前のように何度もそれを出入りさせること。日常に溶け込む編集修業を感じさせた。

 

 

40花入伝式の松岡正剛校長によるメッセージ「師範代になるための5つの条件」、その第一に上げられているポイントは「知覚センサーを100%あけて、見る・聞く・感じる」である。花伝所は学衆ではなく、師範代へと立場を反転させる場である。今までにない「感」に何度となく出会うことになるだろう。この場所で入伝生はどれくらい多くのものを掴むことができるのか。花伝所はその大きなさしかかりの8週間である。

 

「道場五箇条」はその後、各道場で問答を続け、ブラッシュアップが終わった順に、道場のウエルカムボードに輝かしく掲げられている。41花は現在、3つ目のステージであるM3に突入し、錬成を見据える時期に入った。

 

写真 宮坂由香(錬成師範)

アイキャッチデザイン 宮川大輔(錬成師範)

 

【第41期[ISIS花伝所]関連記事】

41[花]夜稽古で書き伝える刀を研ぐ

53[守]伝習座「まなび」のゆくえ

41[花]ガイダンス が目つきをかえる

41[花]EZOに起こる渦、もしPUNKがなかったら?

41[花]入伝式のPhotoスコア

  • 宮川大輔

    編集的先達:道元。曰く、「指南の極意は3ぽん。すっぽんぽん、ウェポン、ぽんかん也」。裸の心と体を開き、言換えの武器を繰り出し、ポーンと投げカーンと回答してもらう。敢えて隙だらけの構えで、学衆を稽古に巻き込む場の達人。守破教室全員修了も達成した。

  • 多読ほんほん2018 冊師◎宮川大輔

    2018年5月に千夜千冊エディションが刊行開始されました。『本から本へ』の燃えるような表紙を見た時の胸が高鳴る気持ち、そこから前口上、目次へとドキドキしながらページをめくった時の手触りをよく覚えています。  その頃のわ […]

  • 柑ぽんソーダと女教師 ~甘く切ないクオリアな思い出~

    わたしは八百屋に走った。 押し止められない衝動に駆られて… 45[守]石井梨香師範が「リカちゃんクッキング」と題して「師範のチーム名語りをよすが」にしたレシピを公開した。わたしの担当する「水面くれセント」には「柑ぽんソー […]

コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025

大沼友紀

2025-06-17

●記事の最後にコメントをすることは、尾学かもしれない。
●尻尾を持ったボードゲームコンポーネント(用具)といえば「表か裏か(ヘッズ・アンド・テイルズ:Heads And Tails)」を賭けるコイン投げ。
●自然に落ちている木の葉や実など放って、表裏2面の出方を決める。コイン投げのルーツてあり、サイコロのルーツでもある。
●古代ローマ時代、表がポンペイウス大王の横顔、裏が船のコインを用いていたことから「船か頭か(navia aut caput)」と呼ばれていた。……これ、Heads And Sailsでもいい?
●サイコロと船の関係は日本にもある。江戸時代に海運のお守りとして、造成した船の帆柱の下に船玉――サイコロを納めていた。
●すこしでも顕冥になるよう、尾学まがいのコメント初公開(航海)とまいります。お見知りおきを。
写真引用:
https://en.wikipedia.org/wiki/Coin_flipping#/media/File:Pompey_by_Nasidius.jpg