ヒロスエは愛を自らのミッションとして突進し、トロイア戦争は恋愛のもつれから起きた。ユーミンはいつまでもいつになっても恋愛を歌い続け、坂口安吾は「恋愛は、人生の花であります」とのたまった。恋愛を突き詰めればそこには、誰でもない「わたし」が顔を覗かせる。
と【11列挙】【27引用】【26注釈】で遊んでみましたが、51[守]師範によるエディティング創文、第2弾のテーマはずばり、「恋愛」です。
書き手は、愛を切なく歌う阿曽祐子師範に、恋でリズムを刻む佐藤健太郎師範。2人の切り口・語り口に注目されたし。
■阿曽祐子の「恋愛」エディット(指定技法:09原型、23境界、44保留)
黄泉の国までイザナミを迎えに行ったイザナギは、待てずにイザナミの姿を盗み見てしまう。仮死のジュリエットが息を吹き返すのを待てずに、ロミオは自殺し、ジュリエットも後を追う。いずれの物語でも「待つ」行為に耐えきれなくなった姿が描かれる。「待つ」とは、なんの予兆も予感も確証もない状態を受け容れ、そこに身を置くことである。恋愛とは、まさにこのあてどのない状態に身を置き続けることだ。イザナギもロミオも耐えきれずに決着をつけようとしたのだ。多くの人が選択する結婚という契約は、男女を「待つ」状態から解放する巧妙な制度である。
七夕の夜空を見上げる人は多い。なぜか私たちは「待つ」を貫く姿に惹かれる。すべきことを尽くし、自らを超えたものに身をゆだね、ただ只管にやってくる瞬間を待つ。待たずに待つ。そこには投げやりな放棄ではなく、自らが生まれ落ちたこの世界への信頼がある。今宵も夜空を見上げてみようか。(394文字)
阿曽師範は、神話や古典を紐解き、「恋愛」のアーキタイプを「待つ」ことに見出しました(【09原型】)。この創文が、コンパイルしつつエディットしたことがわかります。コンパイルとエディットは、同時進行なのです。
この中で、「待つ」行為を「あてどのない状態に身を置く」と言い換えましたが、どっちつかずの状態(【44保留】)は、編集の余地があるともいえます。恋愛が星の数ほどの物語を生み、人を惹きつけてやまないのは、そのせいかもしれません。また、「結婚」のプロトタイプを「契約」とし(【09原型】)、ここに「恋愛」が二分される様を描出しました(【23境界】)。
恋愛は契約によって線を引かれるべきなのか。本来は黄昏時のように不可分なのでしょう。うーん、考えさせられます。
■佐藤健太郎の「恋愛」エディット(指定技法:21比喩、33輪郭、57遊戯)
恋愛って何? あえて言うなら、クイズじゃない? もちろん、早押し。二人っきりで問題の出し合い。耳に届くのは問いの言葉のみ。みなまで聞くのは野暮の極み。フライングを恐れず、ゲーム開始。瞳、口元から意図を読んでいざ推理。レスを待つドキドキ。「正解!」という笑顔が究極のご褒美。積みあがる得点が二人の世界の彩り。ラッキーパンチも言い換えれば運命。でも、ふとした凡ミスで逆回転。焦りが生み出す世界の暗転。ゆらりと揺らぐ自信。恋敵の登場で募る疑心。繰り広げられる甘酸っぱい心理戦。恋バナはいわば感想戦。クイズでなければこれは何? 正解があると盲信し、速度を求めて猛進する恋。最後まで聴かなければ、納得は得られないと気づく愛。合ってて嬉しい恋、ズレで心暖まる愛。恋が得点制なら、愛は時間制。早とちりに考えすぎ。押し間違いだってクイズの醍醐味。味わい尽くすは人生の喜び。じゃなきゃファイナルアンサーもあんなに流行らない。
(400文字)
佐藤師範は「恋愛」を「早押しクイズ」に見立てました(【21比喩】)。これを起点に連想を広げ、恋愛=早押しクイズをカリカチュアライズしていく(【33輪郭】)。手際が見事です。恋愛のワクワク感や遊戯性が際立つだけでなく、創文全体が「遊びのモード」になりました(【57遊戯】)。体言止めの連打もリズムを作っていますね(【61周期】)。声に出して読むと、まるでラップのよう。
校長はイチローのバットコントロールを引き合いに、何を書くかによってそのテイストを変える、と語っていますが、まさに!
さて石黒師範、堀田師範の「遊びエディット」共演に続く、阿曽師範、佐藤師範の「恋愛エディット」共演。いかがだったでしょうか。同じ主題なのにモードも中身もテイストも違いますよね? そう、どこまでも編集は「自由」なのです。
いったいどうやってエディティング的な創文を書いたらいいの? という問いで始まったこの企画ですが、もうおわかりですね。
編集64技法を最初に意識してみる。期限、文字数、テーマ……と制限を課してみる。こうした「何かを限定する」という編集的アプローチが「創文」を生み出すのです。
ね? あなたも書いてみたくなったでしょ?
◎エディット創文/阿曽祐子、佐藤健太郎 ◎アイキャッチ/阿久津健 ◎編集/角山祥道
*編集64技法は、松岡正剛考案の方法で、『知の編集術』(講談社現代新書)に詳しい説明があります。
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