ファットラヴァ〜組み合わせの実験器 ―51[守]師範エッセイ (6)

2023/04/30(日)18:00
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 過激でかわいい-その小さな花瓶の向こうから、ドイツの極厚な「組み合わせ」編集が浮かび上がってきます。51期[守]師範が、型を使い数寄を語るエッセイシリーズ。第6弾は、阿久津健が「ファットラヴァ」を語ります。51[守]は、5月8日(月)開講に向け最終募集中です。ラディカルに読みチャーミングに書く編集稽古。まだ間に合います。


 

可愛らしいその花瓶は、過激な実験体でもある。「習作」のまま、「組み合わせ」のまま、「プロセス」のままで、そこにある。自室の本棚に飾られたいくつかの「ファットラヴァ(FAT LAVA、肥えた溶岩の意)」は、デザイン学生による課題作品のようにも見えた。

 

本とFat Lava。大胆な色づかいと岩肌の釉薬とモダン寄りの形態が、不思議に可愛い

▲大胆な色づかいと岩肌の釉薬とモダン寄りの形態が、不思議に可愛い

 

ファットラヴァは、戦後ドイツの窯業の復興の中、60~70年代頃に生産された日用品の陶器群だ。奔放な彩色や厚い釉薬が特徴の「花瓶」が、話題や収集の対象となることが多い。釉薬を見立てた「肥えた溶岩」というネーミングは、2000年以降に与えられたもので、再評価のメトリックはまだ定まり切っていない。ファットラヴァは、組み合わせの試行によって出来ている。同じ鋳型であっても、いくつもの色合わせのヴァージョンがある。極厚の釉薬が表層を覆いながら、隠した輪郭の存在をかえって際立たせてもいる。日常の道具としての気軽なモードを感じさせながら、手を伸ばせば無骨でプリミティブな「溶岩」の、ザラザラゴリゴリとした重厚な手触りがある。組み合わせられた形状と色彩とテクスチャは、ときに対峙しときに調和する。

 

溶岩のごとき釉薬。図版に赤・黒系の釉薬が多いのは、筆者の数寄による偏りである。実際は赤、オレンジ、黄、緑、青、紫、白黒と多彩▲溶岩のごとき釉薬。図版に赤・黒系の釉薬が多いのは、筆者の数寄による偏りである。実際は赤、オレンジ、黄、緑、青、紫、白黒と多彩

 

デザインの各要素を小さな単位に分節化し、再び関係づける明晰さは、バウハウス(1919~1933)このかたドイツに底流するデザイン・リテラシーが支えている。初期バウハウスの陶芸科を率いたゲルハルト・マルクスがドイツ窯業に影響を与えた。同校のイッテンやアルバースらの基礎教育における、素材や色彩の組み合わせの演習も、小さな陶器に重ねたくなる。バウハウスは、モダンデザインへの志向で知られるが「自らの手で試してみる」実践学習のモデルとしても現代に大きな影響を残す。

 

イッテンが提案する25マスの色の相互作用を検討するための練習(筆者による習作)

▲イッテンが提案する25マスの色の相互作用を検討するための練習(筆者による習作)

 

組み合わせの試行錯誤が、そのまま掌に収まるような小さな花瓶は、ここイシス編集学校の稽古で生まれる「回答」にも似ている。編集稽古では、バウハウスの実践やファットラヴァの実験のごとく、情報の「分節化と関係づけ」を手と頭を動かして学んでいく。間もなく開講する第51期[守]講座のお守りとして、筆者のデスクの傍らに花瓶をひとつ置き直した。青の釉薬と赤の溶岩釉薬が、色の対比、フォルムの対比、テクスチャの対比、地と図の関係を成している。「分節化と関係づけの冒険モデル」は、情報の森に迷ったときの道標にもなるだろう。

 

「組み合わせ」の自由や偶然や過剰が、編集稽古の勇気になる▲「組み合わせ」の自由や偶然や過剰が、編集稽古の勇気になる

 

バウハウスでは、教師が己が思想を説くのではなく、実践によって学生自身が気付きを得ることを是としていた。イシス編集学校の師範代もまた、教えないことで情報編集術を学衆へと手渡す。[守]講座で取り組む「38のお題」は、ファットラヴァのような「組み合わせの実験器」となって多様な習作を送り出すだろう。ときに過剰な釉薬による偶然にだって期待したい。

 

 

(文・写真・アイキャッチ/51[守]師範 阿久津健)

 

  • 阿久津健

    編集的先達:島田雅彦。
    マクラメ編み、ペンタブレット、カメラ、麻雀、沖縄料理など、多趣味かつ独自の美意識をもつデザイナー師範。ZOOMでの自らの映り具合と演出も図抜けて美しい。大学時代に制作した8ミリ自主映画のタイトルは『本をプレゼントする』。

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