蛹の胸部にせっかくしつらえられた翅の「抜き型」を邪険にして、リボンのような小さな翅で生まれてくるクロスジフユエダシャクのメス。飛べない翅の内側には、きっと、思いもよらない「無用の用」が伏せられている。
イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。
小松原一樹さんは今、「オペラの森」に分け入り、遊んでいる。編集の型は、オペラの見方を変えてしまったという。ではその「森」を訪ねてみよう。
■■妻に連れられてオペラに
コロナ禍を機に実質的にリタイアし、銀行で仕事に追われる生活から一転、自由な時間が取れるようになった。イシス編集学校の門を叩いたのも、その頃。同僚がイシスに関わっていたこともあり、2020年10月、46[守]に入門した。入門してお題に向き合う日々は、刺激的だった。仕事では業務目標はこだわるもので、これを達成するための正しい行動が求められたが、編集稽古はそうではなかった。まずお題001番「コップは何に使える?」で、教室の仲間の回答の多様さに驚いた。え、消音器? 水を入れてレンズの代わり? 底上げブーツの製作? 想像もしない回答に唖然とする。正解のない世界でターゲットすら揺らぐ曖昧さに最初は戸惑ったが、徐々にその面白さにのめり込んでいった。
同じ時期に、妻が好きだったオペラに付き合うようになった。それまで予備知識もなく、心地よい椅子での高価な居眠りタイムと割り切ることも多かった。が、一度真面目にプログラムに目を通すと、オペラには様々な要素が盛り込まれていることを知った。すなわち、オペラが指揮者、歌手、合唱、オーケストラ、演出などが総合的に融合した芸術だと認識してから、鑑賞前にあらすじや、聴きどころ、時代背景などを調べるようになった。コンパイルした情報から、その演目のイメージを広げる。どのような切り口で聴くと面白いだろうかと様々な解釈を見つけ出す。このようなコンパイルとエディットの往来を通じて、オペラ鑑賞の準備が楽しいものになった。
実際にオペラを鑑賞すると、歌手の歌い方の印象や、指揮者のタクトさばき、演出の好みなど、当初想定したイメージ(ベース)が異なることがよくある。歌手の調子、会場の音響や演出の奇抜さなど、予期せぬ、または異質なプロフィールが飛び込んでくることで、その演目の印象は大きく変わる。ベースのイメージが、自分が勝手に抱いていたステレオタイプなものであればあるほど、ターゲットの振れ幅は大きくなる。プロフィールとターゲットが相互に動き、演目における別様の可能性を楽しめる。これこそBPTの妙味である。
オペラを聴いた後は、批評家やオペラ仲間の感想や意見をSNSなどで読む。書き手がどのような視点に立つかで感想は、千差万別。また、歌手、オーケストラなど何に着目するかによって、意見も揺れ動く。どのような視点(「地」)で見るかによって、演目の解釈(「図」)が全く変わり、「地と図」の概念を使えば、自分と違う意見も「はて?」と首を傾げるのでなく、「なるほど!」と思えるようになる。逆に、自分の「地」を動かせば、その演目の解釈の幅もいかようにも多様にできるということだ。
▲小松原さんがお気に入りの“森”、『蝶々夫人』と『トスカ』。
編集の型を知って、オペラの世界――広く深いオペラの森に踏み込むと、僕のこれまでの固定的なオペラ観はさまよいはじめた。限られた人々の趣味というスタティックなイメージが、誰もが独自の視点で楽しむことができるというダイナミックなものに変わっていった。日本ではオペラは難しそうという印象だが、本場イタリアでは大衆文化として400年以上愛されている。杓子定規な見方をする必要はない。別様の可能性を求めて自由に遊び、その包容力に身を委ねるのだ。
文・写真/小松原一樹(46[守]角道ジャイアン教室、46[破]あたりめ乱射教室)
編集協力/阿曽祐子
編集/大濱朋子、角山祥道
エディストチーム渦edist-uzu
編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。
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コメント
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岡田敦『ユルリ島の馬』(青幻舎)