NHK BSプレミアム「推しボン!」、NHK「ヤマザキマリラジオ」につづき、3度目の対談がついに実現した。
2022年9月13日(火)、ISIS FESTA SP「『情報の歴史21』を読む」を開催。同年2月からスタートしたこのシリーズの最終回は、漫画家・随筆家・画家のヤマザキマリさんをゲストにお迎えした。ヤマザキマリさんたっての要望で、イシス編集学校校長 松岡正剛とのスペシャル対談が現実のものとなった。
会場となった本楼(東京・豪徳寺)の舞台に飾られた『情報の歴史21』(編集工学研究所)。推薦者の一人としてヤマザキマリさんのお名前が帯に記されている。
対談の冒頭で、松岡校長はヤマザキマリさんの飛び抜けている点として「リベラル・アーツ」「アルチザン」「情報編集力」「怒り」の4点を挙げた。ここでは、それぞれの切り口に沿って、対談のごくごく一端を紹介したい。
松岡:
古代ローマでは、皇帝ネロの時代を経て「ミトラス教」が流行しましたよね。ミトラス教は、色々な異教を取り込むことで広がっていった。
ヤマザキ:
おなじように、ローマ帝国があれだけ広がったのは、ローマへの納税とローマ式の教育以外は強要しなかったから。つまり他の宗教や文化を否定しないから拡大できたわけです。
松岡:
一神教でありながら、他仏他神を受け入れて他のものを組み合わせていった。
ヤマザキ:
拘束や制限をしてしまうと文化大革命やポル・ポト政権状態になってしまう。リベラル・アーツも自由なところからうまれると思う。一方で、力を持ちすぎた芸術家は、古代ギリシアの彫刻家フェイディアスのように危険視され、国家弾圧の対象にもなった。
松岡:
高村光雲が西郷隆盛の像をつくることでパワーがあらわれるように、芸術家がもたらす危険性を当時の国家もわかっていた。
ヤマザキ:
こうしたことはアルタミラの洞窟から始まっていたのではないか。当時の絵師はシャーマンだった。絵画や芸術は、普通の人ができない技術をもつ特別な神がかりな人間が描いていた。
「アルチザン」〜ヤマザキマリのヤン・ファン・エイク、横尾忠則のカラヴァッジョ
ヤマザキ:
山下達郎さんから11年ぶりのアルバム「SOFTLY」のジャケットの自画像を描いてほしいと頼まれて。そのときに達郎さんが「漫画家の前に絵描きだったんでしょ」と、絵描きとしての私を引っ張り出してくれた。
思い返せば、絵描きになろうとイタリアヘいった最初の頃に、ヤン・ファン・エイクの『ターバンの男の肖像』の模写をものすごくやらされました。それが私の絵はずっとそのスタイルの方向になっています。
松岡:
横尾忠則さんが、ある時に僕のところへきて「デザイナーをやめてカラヴァッジョを描きたい」という話をしていた。今の時代は、何でも平均化してハードルを低くしてばかりになっている。そうではなく、横尾さんであればカラヴァッジョに限定して、そこにハードルが高いものも全部入れる。ヤマザキさんにもそういう「限定力」がある。
ヤマザキ:
『地獄の黙示録』や『ラスト・エンペラー』の助監督であるヴィットリオ・ストラーロを取材した時、彼も「カラヴァッジョが自分の師匠です」と言っていた。映画の光の加減もすべてカラヴァッジョに学んだのだと。ストラーロという人は、絵画が及ぼす影響を何の衒いもなく吸収し、映画にしているんです。
松岡:
われわれは、それぞれの「カラヴァッジョ」や「ヤン・ファン・エイク」や「水木しげる」をもつべきですね。
「情報編集力」〜アルタミラの壁画からマイケル・ジャクソンまで
ヤマザキ:
漫画『プリニウス』で皇帝ネロを描いた時、キリスト教の人たちを迫害したひどい皇帝として描かれる「ありきたりのネロ」に疑問を感じたんです。
当時のローマ帝国にとって、キリスト教は根幹を揺るがす危ない宗教だった。現在のアメリカが、中東の原理主義者にやっていることと同じような感じです。しかし調べてみると、ネロ像は後付けされたものが多いことがわかってきた。
松岡:歴史の情報も編集されてきたと。
ヤマザキ:
ネロのことを調べながら独自の解釈で描いているうちに、面白い人だなと思うようになった。
マイケル・ジャクソンがエンタメのヒーローとしてアイドル化されたように、ネロもペルソナに乗っ取られた人だったのだと。
実のところ、ネロはギリシア文明に傾倒しており、芸術に関心があった。才能はなかったけれど円形劇場での歌をうたい、陶酔させたいと考えていたほど。ネロは、言語というプログラムではない芸術こそが最も効果的なものと考えていたのだと思う。
「怒り」〜“わからないことを拒絶したら文化は終わり”
ヤマザキ:
今の時代は、志の高いものをもつにも「勇気」が必要なんですよ。以前はテレビやCMの世界でも高い知識レベルのものがあった。ある広告代理店の話によると、最近は偏差値をさげないとテレビ番組もコマーシャルもついてこないのだとか。
松岡:
しかも35くらいに偏差値を落とさないとダメだと。
ヤマザキ:
テレビ番組で下にキャプションを入れるなんて、自分が解釈したいように聞き取ることも許されないのかと驚いた。
松岡:
先ほど、ヤマザキさんが『砂の女』に衝撃を受け、言語化できない混沌、苦悩、屈辱をあらわした安部公房が一番の師匠だ、という話がありましたね。
ヤマザキ:
わからないことを拒絶したら文化は終わりだと思っている。「私のもつ鉛筆は4色なのでもえぎ色はわかりません」などといっていたらどうしようもないが、今はそういう状況になっている。
松岡:
今日の対談で、ヤマザキさんは人生は不確実で不確定であり、創(きず)がつかないと本当のことがわからない、という姿勢で一貫していた。でもその創を負うのは自分だけではなくて、レオナルド・ダ・ヴィンチや文明や歴史も実は創を負っていて、それを学ぶ力が大事。ヤマザキさんの話が面白いのは、そこが全部あるから。
壇上にはヤマザキマリさんの著作が並ぶ
古代から現代まで、洋の東西を駆け巡った対談は、次の問答で幕をおろした。
松岡:
最後にひとつ。「情報」ってなんだと思っていますか?
ヤマザキ:
「知性と想像力を焚きつけるための燃料」みたいなものですね。
松岡:
情報には「乗り換え」「持ち替え」「着替え」がある。歴史が面白いのは、「幸せ」や「勝ちたい」といった情報が、国や言語、季節や技術などで着替えられたり、持ち替えたり、乗り換えられたりしていること。そこが面白い。
ヤマザキ:
あとはやっぱり「不確実なものを伝えてくれるツール」ですよ。
19:30からはじまった対談は、常に超高速でハイコンテキスト。ライターがリアルタイムでタイプしてもとても追いつけなかったが、文字数はそれでも2万字を軽くこえた。
2020年に再増補出版した『情報の歴史21』の発売当初から多くの要望が寄せられた「電子PDF化」がついに実現した。現在予約受付中である。
予約特典として、『情報の歴史』のダイアグラム手書き校正原稿のスキャンデータの一部をプレゼントする。松岡正剛作のダイアグラム案を戸田ツトムさんがデザインするプロセスが刻まれた、ここだけのお宝原稿となっている。
事前予約の申込や詳細はこちらから↓
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上杉公志
編集的先達:パウル・ヒンデミット。前衛音楽の作編曲家で、感門のBGMも手がける。誠実が服をきたような人柄でMr.Honestyと呼ばれる。イシスを代表する細マッチョでトライアスロン出場を目指す。エディスト編集部メンバー。
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