諍いが起こる。あなたは細長いピンを取り出す。あたかもPCR検査のように、ぐっと相手の鼻に突き立てる。次の瞬間、ふたりは肩を組んでいる。
「それにしてもこんな便利な道具がない時代だなんて 一体どうやって誤解やすれ違いを解決していたのかしら」 (九井諒子『ひきだしにテラリウム』「すれ違わない」より)
漫画家・九井諒子は描いた。テクノロジーによって人々の摩擦が消滅するツルリとした世界を。果たしてこれはユートピアなのだろうか。
■ 読書は交際
創文にはリスクを
言葉を使わずに完全なる同調をもたらす魔法など、イシスには必要ない。イシス編集学校応用コース[破]では、昨日11月7日(日)18時00分、アリスとテレス賞のエントリーが締め切られた。自分の読んだ1冊の本を、読んだことのない人へ届けるために800字の創文をする。そのセイゴオ知文術がお題だった。学衆たちは、最大600ページのSF小説『万物理論』や、33篇のマンガ版ショートショート『ひきだしにテラリウム』の魅力を、原稿用紙2枚に見事圧縮してみせた。稽古したのにも関わらず課題本を取り違えたり、仕事の都合で仕上げが叶わなかったりした無念の学衆も多々。賞レースにエントリーしたのは、学衆80名中68名。
その道程は熾烈。原稿完成までは、師範代の指南を受け続ける。それがまったく甘くない。10月末、初稿を眺めた師範代新井和奈は「本の紹介としては上出来」とつぶやきながらも、「まだ『セイゴオ知文術』には至っていません」と突き返した。「〜〜のように感じる」など腰が引けた表現があれば、「リスクを取って言い切りましょう」と警策で打つ。おなじころ師範代清水幸江も学衆に詰め寄っていた。「推敲が進んだので、そろそろ『かもしれない』を終わりにしましょ
創文の決め手になるのは、不純物のない本の要約ではなく、一人ひとりがその本と付き合った生々しい体験なのだ。校長松岡正剛は言う、「読書は交際である」。課題本という相棒と、読者のわたしのあいだに生まれたコミュニケーションこそを読みたい。10名の師範代は学衆を揺さぶりつづけた。
■ 編集は、問感応答返
「感」から生まれる編集を
エントリー作品はすでに集約され、月匠木村久美子を含む11名の選評委員の手元に渡る。選評委員たちは、作品をどう読み、講評をどう書くのか。締切数日まえ、ふだんはAT賞の講評でしか姿を見せない評匠が、[破]別院で公開座談会を開いていた。その名も「hyo-syoチャンネル」。『インタースコア』にも顔写真入りで掲載されている中村まさとし、高柳康代、関富夫の目利き3名である。評匠と学衆の距離が、かつてないほど縮まっていく。学匠原田淳子は「今期の事件になりそう」とほくほくしている。
俎上にあげられたのは、お題1-02番《いじりみよ》の回答。あるテーマを《位置づけ・状況づけ・見方づけ・理由づけ・予測づけ》に分け、論を組み立てる型である。IT技術者である関は、「《いじりみよ》は熟練の詐欺師か、腕の立つ営業マンであってほしい」という言葉を引き、ロジックの通し方を強調した。しかしそのいっぽうで、ロジカルな整合性を求め《予測づけ》がありきたりになっていると不満げだ。
高柳は「みなさん、このテーマをほんとに気になっているのかな?」と引き取る。うわべの興味は看破されている。書き手自身のヴィヴィッドな感覚こそが、生み出す表象をもカラフルに染め上げるのだ。オブザ・ベーション教室学衆Fは説得力のある論を組み立てたが、それは「社内経営陣にプレゼンをするとしたら?」とリアリティのある場面設定をしていたからだった。脱・平凡の方法として高柳は、「『自分の問題だ』と思った瞬間の感覚」を大事にすることを挙げた。
中村は、インパクトを狙ってモードで遊ぼうとする傾向に警鐘を鳴らした。「つまらない素材をいくらモードで化粧をしても限界があります」「きっちり言葉を選んで彫琢すれば、それがダンゼンになります」 平凡を打破するためには、創文の基礎から丹念に方法を積み上げるのが近道だと語った。自分の《感》のアンテナを立て、編集術でそれを鮮烈に《応》じること。編集は《問感応答返》なのである。
47[破]は次なるお題、クロニクル編集術へとコマを進める。ここから学衆たちは、5W1Hという基本の型を飽きるほど使い、「いつもと変わらぬわたし」を打破する。「歴史的現在に立つ自分」と出会う時空旅行が始まった。
■47[破]アリスとテレス賞エントリー 課題本人気順
1位『悪童日記』13名
2位『オリガ・モリソヴナの反語法』9名
『辞書になった男』9名
『雪の練習生』9名
3位『フラジャイル』7名
『ひきだしにテラリウム』7名
4位『椿の海の記』5名
『イヴの七人の娘たち』5名
5位『万物理論』3名
6位『文字逍遥』1名
以上エントリー総数68名
[寸評]今期課題本入りを果たした『フラジャイル』に7名が果敢に挑戦。『悪童日記』『オリガ〜』は例年どおりの高人気。42[破]以降、大賞作を生み続けた常連『文字逍遥』が珍しく敬遠される展開に。
※課題本一覧
●スラスラ書くな、モヤモヤ足掻け◆作文・創文・知文のヒント【46[破]課題本一覧】
⇒今期は『稲垣足穂さん』に代わり、『フラジャイル』(松岡正剛著)が課題本入り。
アイキャッチ:松岡正剛の手書きレジュメ(原田淳子セレクト)
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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