異種交流で浮き世離れせよ■武邑光裕を知る・読む・考える

2023/12/22(金)18:18
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 2024年1月21日、メディア美学者・武邑光裕氏による52[守]特別講義が開催される。この事件を前にして、52[守]が「武邑光裕本」と格闘した。題して「武邑光裕を知る・読む・考える」。共に武邑ワールドを探訪したい。
 第1弾は、『デジタル・ジャパネスク』をお届けする。


 

 支払はペイペイ、調べ物や創作物は生成AI、会議はオンラインが当たり前で、それどころかメタバースも増えてきた。「0or1」の二者択一のバイナリーコードが地球上を飛び交う世界――気づくと私たちは、超デジタル社会に生きている。

 1980年代よりメディア論を講じ、インターネットやVRの黎明期から関わってきたのが、メディア美学者の武邑光裕さんだ。武邑さんはデジタルを積極的に利用しつつも、人がバイナリーコードに支配されつつある状況に警鐘を鳴らす。

 ではどうしたらいいのか。

 

 インターネット接続機能が標準搭載されたWindows95の提供が開始されたのが1995年。インターネット元年とでもいうべきこの年に上梓されたのが、武邑さんの『デジタル・ジャパネスク』(NTT出版)だ。デジタル情報を軸にした生態系の中で、私たちはどうやって生き残っていくのか。ネットによって均質化された情報の中で、どう差異化をはかればいいのか。ここに焦点をあわせた本書は、2023年の今読み返すと、「現代社会の預言書」であった。

 武邑さんはデジタル社会をサバイブするために、「創造的な個」になるべきだと説くのだが、その方法として明示するのが、「見立て」と「異種交流」(イシス編集学校流にいえばインタースコア)だ。

 

 例えば、電子ゲームやアニメというコンテンツが今後の日本の新しい文化価値になっていくと予見した上で、これらを「現代の浮世絵」と見立てる。浮世絵は、幕府によって規制を受けてきた。レギュレーションをかいくぐって発展してきた歴史といえる。浮き世=憂き世=現代社会に縛られるところから始まり、そこから表現として「浮き世離れ」していく。レギュレーション=既成・規制の枠からの飛躍だ。ゲームやアニメも、硬直化した現代社会からはみ出している。「浮き世離れ」だ。ゲームやアニメ=現代の浮世絵、という見立てにより、日本文化の底流に「浮き世離れ」があることを看破した。

 

 あるいは「インターチェンジ」(価値交換)という概念を持ち込む。貨幣のような一元的な交換ではなく、複数の次元、複数の価値によって立体化された多次元の交換こそ、サバイブの骨法だとする。価値Aと価値Bの「異種交流」によって、まったく新しい価値や産業基盤、アートが生まれていくと武邑さんは言う。第1回番選ボードレールで一種合成を体験した学衆ならば、A×Bが新しい価値Cを生む感覚を理解できるのではないか。

 

 デジタル×もてなし(日本の感性)、デジタル×日本の伝統文化……。武邑さんは、こうした「異種交流」を日本に見出していく。デジタル社会に甘んじることなく、異物と再編集することで、新しい意味を創出する。これが、武邑さんのデジタル社会を生き抜く編集術であった。

 デジタル的憂き世から逃れられぬと、例えばamazonのアルゴリズムに唯々諾々と従うか。それとも「0or1」以外の別のスコアを持ち込んで、浮き世離れするか。95年の「問い」は、今も有効である。

 

■アイキャッチ/阿久津健(52[守]師範)

 


イシス編集学校第52期[守]特別講義●武邑光裕の編集宣言

 

●日時:2024年1月21日(日)14:00~17:00
●ご参加方法:zoom
●ご参加費:3,500円(税別)*52[守]受講生は無料

●申込先:https://shop.eel.co.jp/products/detail/622
●お問合せ先:es_event@eel.co.jp

  • 角山祥道

    編集的先達:藤井聡太。「松岡正剛と同じ土俵に立つ」と宣言。花伝所では常に先頭を走り感門では代表挨拶。師範代登板と同時にエディストで連載を始めた前代未聞のプロライター。ISISをさらに複雑系(うずうず)にする異端児。角山が指南する「俺の編集力チェック(無料)」受付中。https://qe.isis.ne.jp/index/kakuyama

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コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025

大沼友紀

2025-06-17

●記事の最後にコメントをすることは、尾学かもしれない。
●尻尾を持ったボードゲームコンポーネント(用具)といえば「表か裏か(ヘッズ・アンド・テイルズ:Heads And Tails)」を賭けるコイン投げ。
●自然に落ちている木の葉や実など放って、表裏2面の出方を決める。コイン投げのルーツてあり、サイコロのルーツでもある。
●古代ローマ時代、表がポンペイウス大王の横顔、裏が船のコインを用いていたことから「船か頭か(navia aut caput)」と呼ばれていた。……これ、Heads And Sailsでもいい?
●サイコロと船の関係は日本にもある。江戸時代に海運のお守りとして、造成した船の帆柱の下に船玉――サイコロを納めていた。
●すこしでも顕冥になるよう、尾学まがいのコメント初公開(航海)とまいります。お見知りおきを。
写真引用:
https://en.wikipedia.org/wiki/Coin_flipping#/media/File:Pompey_by_Nasidius.jpg