「子どもにこそ編集を!」
イシス編集学校の宿願をともにする編集かあさん(たまにとうさん)たちが、
「編集×子ども」「編集×子育て」を我が子を間近にした視点から語る。
子ども編集ワークの蔵出しから、子育てお悩みQ&Aまで。
子供たちの遊びを、海よりも広い心で受け止める方法の奮闘記。
芥川賞
小4の長女が、宇佐見りんの『推し、燃ゆ』の帯にある「芥川賞」を指しながら「これ、なんて読むの?」と聞いてきた。
「あくたがわしょう、だよ」と教えると、「やっぱり」。
「<文スト>にでてきた芥川さんとは関係あるの?」
芥川賞というのは、実在した作家の芥川龍之介にあやかった文学賞だと教える。
第164回芥川賞受賞作『推し、燃ゆ』の帯
「文スト」とは、アニメ化もされたマンガ『文豪ストレイドッグス』のことで、登場人物には明治から昭和初期にかけての作家の名前が付けられている。
長女は『文豪ストレイドッグス』を読み始めてから、だしぬけに「人間失格っていう言葉を知った」と言い出したり、「『罪と罰』っていう本、ホントにあるの?」と聞いてきたりするようになった。
「『罪と罰』ある、持ってる」というと「へぇ、有名なんだ」。
「ロシアの、ものすごく有名な作家だよ」。
高1の長男も会話に入ってくる。
読む気配はないけれど、子どもと「文豪」たちの距離がこういう形で近づくのかという発見に、内心ニヤリとしてしまった。
武蔵野の水
『文豪ストレイドッグス』を読むようになったきっかけは、子どもイシスの遠足エディッツの翌日に、角川武蔵野ミュージアムに行ったことである。
奈良からは、近鉄特急、新幹線、JRを乗り継いで5時間ほどかかる。遠足のついでなら行けそうだと思って足をのばしたのだった。
長女には「YOASOBIさんが紅白で歌ったところ」と言ったら、ついてきてくれた。
小雨ぱらつくの中、東所沢駅から歩くことおよそ10分。やっと来られたと石づくりの建物を見あげていると、子どもの視点は下に向いている。
「あれ、なんだろう?」
くるぶしぐらいの高さに水がはってある「水盤」があった。ウェブサイトで調べた時には気がつかなかった。
「水盤開放中」と看板にある。他の子にならって、長女もすぐにくつしたをぬいで、ざぶざぶ入っていった。
「冷たい! めっちゃおもしろい!」
どんどん向こうに歩いていく。少し高台になっているので、水平線にむかって歩いていくような感覚を味わえる。
向かって右手に水盤が広がる角川武蔵野ミュージアム
<水平線>に向かってどんどん歩いていく
間近で見るためには水に入らねばならない
真似して入ってみる。大人にとっては、お腹が痛くなるぐらい冷たい。
「あれと一緒に撮って。スマホ絶対落とさないように注意してね!」
キャーキャー言いながら、女の子の顔の形をした大きなオブジェに近づいていき、ピースサインをする。近づいて説明書きを読むと奈良美智の作品だった。
現代アートの「なぜ」
水盤で半日過ごしてもいい!というぐらいだったが、ここまで来たので中にも入ってみる。
エレベーターを上がると、いきなり本がいっぱいの路地空間「エディットタウン」になっている。全体に「デコボコ」な印象だ。本だけじゃなく、椅子もいっぱいあるというのが、実際に来てみて気づいたことだった。
荒俣ワンダー秘宝館ののぞき穴を覗いたり、知ってる本を見つけたりしながら進む。
椅子がいっぱいのエディットタウン・ブックストリート。
時々知っている本がある。うれしい気持ちになる
暗い一角では、電車の中で撮った映像が映されていた。
ヘッドホンがいくつも設置されている。それぞれ、耳に当ててみる。電車のなかで聞こえる音が大音量で流れている。
「これ……何なん?」
現代アートに対する「なぜ」には、どう答えるのだろう。いろんな人と一緒に来たらいいんだろうな、と思う。
本と人の間を歩いたり、立ち止まったりしながら進む
見る読書、聴く読書
天井から何枚も下がっているのれんのような布を指して、「これ楽しい」という。
いろいろなものが、行く手をはばむようにぶら下がっているゾーンを過ぎると、「本棚劇場」に出た。
8メートルもの高さの本棚に囲まれた空間である。
本棚劇場
「ここで、YOASOBIさんが紅白生中継したんだよ」
映像では広く見えていたが、身を置いてみると意外だった。ぐるっと見回しながら本を探せる、手を伸ばしてみたくなるぐらいの距離感である。
本の間にいくつも映像モニターがある。3階で行われていた『文豪ストレイドッグス』の企画展に連動して、主要キャラクターが映し出されている。よく見ると、「マジメな本」の間に、原作マンガも全巻揃えて置かれている。
私も未読だが、主人公の名前が中島敦だということは知っていた。『山月記』で知られる昭和初期の作家であり、私にとっての編集的先達が、こんな形でメジャーになるとは驚きだった。
「昨日、遠足で会ったケイスケ君がアニメ見てたみたい」と言うと、長女は「おもしろいのかな」と手を伸ばして表紙を見た。
壁一面の本をスクリーンにしたプロジェクションマッピングが始まる。上、横、斜め、いろんな方向から、「中島敦」や「太宰治」の声が聞こえてきた。
マンガ・絵本・ラノベ
エディットタウンを出て、マンガ・ラノベ図書館に行ってみる。角川書店が出したすべてのラノベをふくめ、マンガやラノベ、絵本合わせて3万7千冊が収蔵されているとパンフレットにあった。
マンガは一階で、マンガコーナーの奥に児童書コーナーと絵本コーナーがある。フィギュアやぬいぐるみがあちこちにある。「萌え」を通り抜けて絵本にたどりつく設計、わざとなのだろうか。
入口すぐの特大パネル
本棚は小さく区切られている。ところどころにフィギュア
真ん中に大きめのモニターが置いてある。マイクに向かって言葉を発すると、その言葉が文字になって、画面の中で歩き出す。赤いTシ
ャツの5歳ぐらいの男の子が、マイクの前に陣取り、「ぷぷぷ」「ぱぱぱ」「まみむめみ」とずっとしゃべりつづけている。音声認識は完璧ではない。「かきくけこ」といったのに、「かきくここ」が歩きだしたりもする。
長女は「独占されてる…けど、ま、いっか」といい、『文豪ストレイドッグス』を読み始めた。
マイクに向かって話すと言葉が歩き出す「コトノハ」
近所にないもの
「ちょっと行ってくるね」と声をかけて、階段を上がりライトノベルのフロアに行く。
絵本コーナーとは逆に空いている。
静かな棚をめぐりながら、もし中学生の時に、近所にあったら、毎週来ていたかもしれないなあと思う。編集かあさんの読書の土台の半分はコバルト文庫などの少女小説なのだった。
一階に戻ると、長女はまだ読んでいる。
「あと少し」。
水盤で濡れたズボンはすっかり乾いていて、そろそろ帰る時間だった。
名残惜しいが、ミュージアムを出る。
駅に向かう道の途中、普通の公園の横を通る。
「ターザンロープやりたい! だって近所にないもん」
東京駅に午後5時には着きたい。「ちょっとだけなら」というと駆けだしていった。
ごく普通の公園もミュージアムと同じくらい魅力的
遠足のあと
急ぎ足で歩き、なんとか予定の新幹線に間に合った。
「一泊二日で、一番記憶に残っているのは?」と尋ねると、初めて体験した「ホテルの朝食」だったという。もう窓の外は暗い。家に着いてから宿題の日記を書いている時間はなさそうだったので、新幹線の中で文章を考え、特急の中で書きあげた。
一カ月ほど、本のこともマンガのことも忘れていたようだったが、暇が極まった日、アマゾンでアニメの『文豪ストレイドッグス』を見始めた。「芥川さん」「太宰さん」「羅生門」「マフィア」「ギルド」「孤児院」などが新しい語彙として加わっていったのだった。
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松井 路代
編集的先達:中島敦。2007年生の長男と独自のホームエデュケーション。オペラ好きの夫、小学生の娘と奈良在住の主婦。離では典離、物語講座では冠綴賞というイシスの二冠王。野望は子ども編集学校と小説家デビュー。
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