「子どもにこそ編集を!」
イシス編集学校の宿願をともにする編集かあさん(たまにとうさん)たちが、「編集×子ども」「編集×子育て」を我が子を間近にした視点から語る。
子ども編集ワークの蔵出しから、子育てお悩みQ&Aまで。
子供たちの遊びを、海よりも広い心で受け止める方法の奮闘記。
西へ
6月の初め、高2の長男と、小倉・博多へ小旅行をした。新幹線で、もうすぐ新山口というところで、長男が「このあたりにも友だちが住んでいるんだ」と言った。通信制高校ならではである。
元々、一人で行く予定だったが、小倉でランチする約束をしていた友人の子どもたちから、長男も来るなら会いたいと連絡をもらい、「じゃあ、一緒に行く」となったのだった。
リモートワークつながりで、子どもどうしも数年前からオンラインでやりとりのある間柄だが、リアルで会うのは初めて。大人2人、高校生2人、小学生1人の、賑やかなお昼ご飯になった。近況、街のこと、学校のこと。実際に会うと、会話は自在に伸び縮みし、話題はあちこち飛びまくるということを実感する。
メーテルと鉄郎がいる小倉駅のベンチ
北九州市は『銀河鉄道999』の作者・松本零士の出身地で、マンガが街おこしの種になっている。駅のベンチにはメーテルが座っていた。銅像を囲むように並んで写真を撮る。
博多の「らしさ」
別れて、再び新幹線に乗り、博多へ向かう。改札口で、イシス編集学校の九州支所・九天玄氣組の石井梨香さんと三苫麻里さんが笑顔で手を振っている。「子ども編集学校」を一緒に進めている仲であり、旅の目的の半分はこれからの構想を話すことだった。
MUJI BOOKSに立ち寄ったあと、櫛田神社を案内してもらう。見上げる高さの祇園山笠や「威稜」の額の楼門で知られる博多の鎮守社である。奈良の神社とは異なる色の鮮やかさがある。
左から、九州支所の石井梨香さん、松井、三苫麻里さん。
櫛田神社前駅にて
櫛田神社の「威稜」の額
奉納山笠の写真を撮る編集かあさん家の長男
商店街の雰囲気、流れる川の太さも違う。少しずつこの土地の「らしさ」が掴めてくる。石井さん、三苫さんは、ズームで会っている時よりずっと笑顔で、お国のイントネーションになっている。
福岡アジア美術館に着く。併設のカフェ、イエナコーヒーに落ち着く。カフェを営む品川未貴さんも九天玄氣組の組員である。長男はケーキ、私はオリジナルブレンド「アジアの翼」を注文した。
イエナコーヒーの看板メニュー「アジアの翼」
組長登場
賑わう店内で、これからの子ども編集学校の姿と形について話していると、青いTシャツの人物があらわれた。九天玄氣組の中野由紀昌組長で、驚く。
少し大人どうしで話した後、中野組長が「こんにちは、いつもエディストで読んでいます」と長男に話しかける。
長男が「あ、はい」と、少しほおをゆるませながら応じる。
「N高校って、どんな仕組み? 何人ぐらいいるの? すごく興味があって」
「N高校とS高校はほとんど一体的に運営されていて、合わせると生徒数は2万8千人ぐらいです」
長男が生徒数や学習の仕組みについて話す。会話が進行していく様子を見て、昼に続き、静かな驚きを覚える。以前は、初めて会う人とはなかなか会話ができなかった。
博多川。海が近い
重なりと終わり
「編集かあさん」を書きはじめた11歳ごろは、乗るもの、食べもの、着るもの、話すことにおいて、さまざまな制約があった。14歳ごろから変わり始めた。今回は「初めて会う人」といってもまったく未知の人ではなく、連載の中の「長男」を知ってくれている人たちである。それでも、ホームエデュケーションをしていたために見えにくかった「もう、家の外でやっていける」ということがはっきりと見えた。
九州行きは、思いがけず、読者である中野組長と「ほんと」の長男が会うことで、リアルとバーチャルが重なる機会になった。
未知に踏み出していく、というのはバーチャルとリアルを重ねにいく勇気である。もしかしたら、連載を続けてきたのは、「子ども時代の終わり」に見える、このシーンのためだったのかもしれない。最初の驚きがすぎると、なんとも言えないくすぐったさが湧き上がってきた。
夕方、花伝所受講中のKさんが6歳の子と一緒に来てくれた。大人と子ども、入り混じって話しながら、与件を集め、構想を図解化していく。
新幹線の時間ギリギリまで話し、駅へ急ぐ。駅弁を買って、九天玄氣組のみなさんと別れ、帰りの新幹線に乗り込んだ。
商店街で博多方言を教わる
できるようになる
長男が変わり始めてから、あまりしなくなったことの一つが親との会話だったが、この日は久しぶりにゆっくり話せた。
緊張せずに会話を楽しめるようになったことを指しながら、「子どもが、できなかったことをできるようになるって、どういうことなんだろうね」と聞いてみる。
前は自分の「好き」にしか関心がなく、自分が周りにどう見えるかをあまり考えていなかった。数年をへて、ある時、そこに関心を持たざるをえない事態に遭遇した。一言でいうと「ネット上での言葉のやりとりで、失敗して、困った」。
その経験が「人には、言葉遣いや振る舞いがくっついている」「自分の見え方を変えるには、言葉遣いを変えたらいい」という発見につながった。
特に語尾を意識して変えるようになったという。見せたい自分を見せる心地よさもあるし、味方を増やし、状況が有利になるように運ぶという損得勘定もある。
親がしたこと
<人と関係を結ぶのがものすごく苦手>から<コミュニケーションはおもしろい>に転換したのは、「親や、周りの大人に話し方を教わったからじゃない。失敗して、自分で変わろうと思ったのがきっかけ」と長男は断言した。大人の話し方だと同世代と距離ができると気づいたから、むしろ離れるよう心がけるようになった。関西弁も減らすようにしているという。
親にしてもらったことをあえて言えば、「自由な環境にいられたことがよかった。失敗できる場所を持たせてくれた」ということになる。
<ものすごく苦手>を「直すべきこと」として無理に直されなかったのもよかった。否定も肯定もされなかったのは、ありがたかった。だから、<よい状況につながらない>ということに自分で気づけた。自分で気づかないと人は変われない。
「ほんと」のところはわからないけれど、親が関われるのは「地」(環境)の部分だけであるということは確からしい。
否定と肯定から離れられたのは、イシス編集学校でエッセイを書き続けてきたことが少なからず寄与しているということは話す。
長男に、博多で印象に残っていることを聞いたら、一番目が、6歳の子が来てくれて、小さかった頃のことをいろいろ思い出したこと、二番が「あの青いTシャツの人、組長って呼ばれてたけど、どういうこと?」だった。
青いTシャツの中野由紀昌組長と
「ほんと」と「つもり」
6月20日に、親子で楽しみに読んでいた日経新聞夕刊の連載小説「イン・ザ・メガチャーチ」が終わった。推し活を題材にした小説で、SNSとハンドルネームが物語のカギとなっていた。4日後の紙面に、作者の朝井リョウによる後書きエッセイが掲載されていた。連載が進むうちに、どんどん小説の外の世界が消えていったという。長男が、朝井リョウの顔写真を見て「こんな顔だったんだ」と言う。
「今、私たちを動かすものとは」/2024年6月24日付日経新聞夕刊
顔がわからないところからコミュニケーションがスタートする。気が合えば、その世界はどんどん大きくなり、外の世界は消えていく。その先に「ほんと」の世界での、オフ会や「本名交換」がある。
現代においてバーチャル空間はまったく余分ではない。失敗や成功ができる空間として切実なのだ。大人たちが「ほんと」の世界の余分を切り捨てすぎてしまった結果の一つとも言える。今の若者たちは、大人よりもずっと「ほんと」と「つもり」の重なりの中で生きていて、そこから生まれる新しい哲学や物語に注目している。
*アイキャッチ画像:福岡アジア美術館開館25周年記念コレクション展「アジアン・ポップ」エントランス
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松井 路代
編集的先達:中島敦。2007年生の長男と独自のホームエデュケーション。オペラ好きの夫、小学生の娘と奈良在住の主婦。離では典離、物語講座では冠綴賞というイシスの二冠王。野望は子ども編集学校と小説家デビュー。
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