ゲームで世界読書する【おしゃべり病理医71】

2023/06/10(土)08:34
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■あの山本貴光さんが!!

 

MEdit Labの記念すべき第1回リアルワークショップ「医学をみんなでゲームする」に山本貴光さんが様々なアドバイスをくださっている。貴光さんが訳されているゲームデザインの名著、『RULES OF PLAY』についてMEditコラムで触れたところ、Twitter越しに「いいね!」してくださったことがきっかけである。


なんでも「いいね!」で評価されるSNS社会はどうなのか、と疑念を投げかけ続けているが、やっぱりコラムに「いいね!」と、しかもご本人からリアクションがあればとっても嬉しい。すかさず、吉村堅樹さん経由で直接ご連絡を取らせていただいた。山本貴光さんは、現在、東京工業大学のリベラルアーツ教育研究院の教授でもあり、ゲームデザインに関する教育プロジェクトも推進されている。

 

■ゲームなんて、子どもっぽくありません?

 

『RULES OF PLAY』に夢中になったゴールデン・ウィーク直前、ある面談の場で、エライ方から「ゲームなんて、子どもっぽくありません?」と言われた。「あなたが企画しようとしている“医学をゲームする”とはいったいどういうことなのか?」という質問の中での発言である。

 

当然、反論した。ゲームという言葉は確かに娯楽や遊びといったイメージを想起させるし、もっと言えば、生活習慣を乱し、健康を害する悪しきツールであるという認識を強く持っている方もいるだろう。実際、国際疾病分類(ICD-11)には「ゲーム障害 Gaming Disorder」という疾患が新たに加わっている。

 

でも、このワークショップでは、ゲームで遊ぶのではなくゲームを「創る」というプロセスを体験する。ゲームを創るにはその仕組みやルールを理解しなくてはいけない。ゲーム開発の経験は、あらゆる物事の在り方を立体的に理解する一助になるはずだと説明した。しかし、相手の反応はあまり芳しくないものであったし、私自身も説得力をもって話せたかどうかは全く自信がなかった。

 

そういったネガティブな体験は、様々なことを捉え直すきっかけになる。ワークショップでゲームというテーマを掲げたけれども、ゲームに対しての理解が不十分ではないだろうか。ビギナーズ・ラックで、予想以上にうまく「MEditウイルスバトル」を開発できてしまった自分自身の体験に頼りすぎていないだろうか。それって、とても独りよがりなことではないだろうか。

 

そんなふうに悶々としていたところ、エディターの金宗代くんが、山本貴光さんが訳された『RULES OF PLAY』を教えてくれたのであった。いつも痒い所に手が届くような何かをさりげなく届けてくれる金くんである。

 

■ゲームデザインと編集工学

 

『RULES OF PLAY』の読書体験は、それはそれは刺激的であった。本書は、単なるゲーム開発についてのハウツー本ではなく、ゲームの核となる概念、ルール、遊び、文化の4つのテーマがそれぞれ分冊となって構成されていて、ゲームデザインの解説にとどまらず、社会学や文化人類学的な考察も含まれている。

 

ケイティ・サレン&エリック・ジマーマン著、山本貴光訳『ルールズ・オブ・プレイ-ゲームデザインの基礎』ニューズゲームズオーダー社

A4版のテキストっぽい本で、ジュンク堂吉祥寺店に全巻揃って棚に置かれていたのを見たときは感動~!

 

イシス編集学校の松岡正剛直伝世界読書奥義伝[離]を受講した方は、離のテキストである「文巻」の内容が思い出されるだろうし、目下、基本コース[守]を受講されている方も、あ、これは、編集稽古に似ている内容だな、と思う部分がたくさんあるはずである。

 

すなわち、ゲームデザインというのは編集工学であり、さながら世界読書なのである。

 

ビギナーズ・ラックも大いに働いたとはいえ、ゲーム開発ド素人でゲームオタクでもない私が「MEditウイルスバトル」を開発できたのは、「要素・機能・属性」「ルル三条」という編集学校で学ぶ2つの編集の型を使ったからに他ならない。また、「自分の思考をふりかえる」という編集学校が推奨しているリバース・エンジニアリングは、まさにゲームデザインのブラッシュアップに活用できることも再認識できた。『RULES OF PLAY』を読んで新しく学んだことももちろんたくさんあったけれど、自分自身のゲーム開発のプロセスが決して間違ってはいなかったということに大いに勇気づけられた。

 

■仕組みと文化と遊びと

 

なんといってもゲームのいちばんの特徴は、ある一定のゴールに向かって、独自のルールに則ったプロセスがあること、その中に様々な情報の動きがある、ということである。ゲームをデザインするということは、各プロセスにおける情報の動向をつぶさに観察するところからはじまる。ゲームの仕組みを考えることは、ワインバーグの『一般システム思考入門』で学ぶ「システム思考」そのものであり、[守]の編集稽古「公園のひみつ」と同じである。

 

山本貴光さんは、ゲームデザインのワークショップでは以下の3つのトラップに陥りやすいと教えてくださった。

・そもそもゲームを作るって何をすればいいのかわからない
・仕組みをつくって満足してしまう
・なにかを学ぶゲームを作ろうとするとお勉強ソフトのようになってしまう。

 

なるほど。ゲームデザインはシステムを考えることだと思い過ぎてしまうと、つまらないゲームになってしまうのだ。ここで『RULES OF PLAY』にある文化や遊びの側面が生きてくる。

 

ゲームデザインにおける文化的側面とは、プレイヤーの立場や置かれた環境と、そこに立脚する価値観に関することである。編集の型で説明すれば「地と図」でとらえられる。どんな状況を情報の「地」にするかによって、ゲーム上で動く「図」としての情報は違って見えるということだ。

 

シマウマを育てる農場ゲームを考案したとして、それを、絶滅危惧種を保護したいと思う生物学者の視点でデザインするか、ケニアの観光資源を担当する役人の視点でデザインをするかでは異なるということである。

 

さらに、遊びの視点でとらえるならば、それはカイヨワやホイジンガの人間の遊びに関する分析を参考に、プレイヤー心理やユーザー体験を想像することが必要となってくる。ゲームの各段階において、プレイヤーはどんな心理状態になるのか。ワクワクやドキドキは産み出せているか。また、その夢中をどうやって引き出すかということを意識してゲームデザインすることが必要である。


■「社会の縮図」たるゲームから、学びが始まる

 

ゲームというのは必ず、それが考案された時代や国や民族の文化が色濃く反映される。戦争のない社会に、戦闘ゲームやサバイバルゲームといったものは誕生しない。その時代のルール、慣習に大きく影響を受ける。


ゲームは社会の縮図でもあるのだ。

 

「ゲームってこどもっぽくありません?」と言われた際、うまく反論できなかった悔しさを貴光さんに伝えたところ、これからは、「シリアスゲーム」の具体例を使って説明してみるといいですよと教えていただいた。

 

シリアスゲームとは、娯楽以外の目的(教育、広報、学術研究その他)のためにつくられたゲームのことである。日本ではまだまだ普及していないが、アメリカをはじめ、様々な試みが進んでいる。

 

デジタルゲームを例を挙げると、第三世界の農民として農場を運営する「3rd World Farmer」、タンパク質の立体構造を探る「Foldit」、あるいはロシアによるウクライナ侵略戦争が始まったあとで、ウクライナのゲーム会社が制作した「UKRAINA WAR STORIES」などがある。また、既存の「CIVILIZATION」という文明シミュレーションゲームを歴史教育に使っている動きもある。STEAM教育もなかなか日本では普及、発展していないけれども、こういったゲーム的な感覚を取り入れる探求型学習の可能性があまりにも過小評価されているのが日本の現状である。


■メタ視点でのプランニング編集

 

医学が社会で医療を実践するための実学であるのなら、「医学をゲーム的に見る」ことは、今の医療についての問題点を浮き彫りにしたり、新たな可能性を見出す機会になるかもしれない。まさにシリアスゲームの格好のテーマである。

 

MEditウイルスバトルのお手製カード

途中、ブラッシュアップをしながら、点数配分を変える必要が出てきて、白い紙を貼って点数を変更したりしている。アマゾンで無地のカルタを購入してサインペンで描いたが、カードの表があまりに淋しくて、表のイラストも凝ったりした。懐かしい思い出。

 

「医学をゲームする」は、おそらく日本で初めての試みである(たぶん)。だから、立場の違いは関係なく、医学をゲームすることを参加者みんなで堪能したいと思う。そのためには、このワークショップ自体もゲームに見立てて、参加者をプレイヤーとしたRPG的ゲームデザインが必要ではないか。そのための仕掛けを考えていきたい。

 

ちなみに、イシス編集学校でもゲームデザインを一度試してみるのも面白いのではないかと思う。ハイパーミュージアムに代わるハイパーゲームをデザインするプランニング編集も面白そうであるし、『情報の歴史』を使っていろんなゲームも開発できそうだ。師範代の教室運営は、イメージをマネージすることが重要であるし、ゲームデザインの手法から学ぶことも多いのではないか。


編集の型は、まだまだ“バージョンアップのアイテム”として使う余地がたくさんある。つまらない日本を救う編集の国の勇者としてアイテムを活用したい。編集の型は、編集稽古の外で実践してナンボです。


◆参考文献◆ 

ケイティ・サレン&エリック・ジマーマン著、山本貴光訳『ルールズ・オブ・プレイ-ゲームデザインの基礎』ニューズゲームズオーダー社
追伸:MEditチームの私たちが今、注目しているのが参考文献を出版してる会社、ニューズゲームオーダー社の『枯山水』。
異色の国産ボードゲームとしてヒットしているとか…。コンセプト、ルールづくり、などなど、気になります!


  • 小倉加奈子

    編集的先達:ブライアン・グリーン。病理医で、妻で、二児の母で、天然”じゅんちゃん”の娘、そしてイシス編集学校「析匠」。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。『おしゃべり病理医』シリーズ本の執筆から経産省STEAMライブラリー教材「おしゃべり病理医のMEdit Lab」開発し、順天堂大学内に「MEdit Lab 順天堂大学STEAM教育研究会」http://meditlab.jpを発足。野望は、編集工学パンデミック。