[週刊花目付#43] 虚のなかで呼吸する

2022/11/29(火)16:52
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週刊花目付#43

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■2022.11.21(月)

 

 道場での4週間の演習が終了し、入伝生はここまでの学びを自己採点した「中間スコア」を提出。このあと短いインターバルを経て、いよいよ週末から錬成演習へ臨む。

 

■2022.11.22(火)

 

 「錬成場」ラウンジ開設。入伝生は2組に分かれて実戦さながらの指南演習を行う。

 

 式目演習5週目となるこの時期、多くの入伝生は、これから始まる錬成演習の準備よりも、これまでの道場演習で積み残した課題の消化に労力を費やす傾向にある。各道場とも目覚ましい集中力で課題提出を連打する者がいて、道場の室温を高めている。当人にとっては負荷の高い学習方法の筈だが、時間の制約が余計を省く効果を生んでいることをポジティブに歓迎しておきたい。「編集は不足から生まれる」である。

 

 

2022.11.23(水)

 

 思うところあって、このところ継続して取り組んでいることがある。ある身体動作の手続きを口頭で相手に伝える、という訓練だ。
 たとえば「足を腰幅にして立って、息を吸いながら両手を前へ上げて肩の高さに。吐きながら膝を曲げて重心を下ろしていく」といったような指示を、練習生どうしがペアになって実行する。そして、指示者に言われた通りの動作を行った後に、それがお互いにとってどんな体験だったのかを共有しあう。動作は一定の型に沿ったもので、即興性はなく、さほど複雑な動きは含まれず数呼吸で完了する程度のものばかりだが、指示者のちょっとした言葉の選択やトーン、間合いなどによって、動作を行う者の体験の質が大きく変わることが興味深くもあり、難しくもある。

 

 言葉には、何かの連想を誘いながら気づきのキッカケとなって相手の編集可能性を拡張する力があるが、反対に、良かれと思って伝えた言葉がかえって相手を迷わせたり考え込ませたりすることもある。こうした出来事は、誰もが日常生活や編集稽古のなかで頻繁に経験していることだろう。
 そうした際の、いわば「言葉の作法」を自覚的に練磨することは式目演習の眼目の一つでもある。ならば、私自身もあらためてリアルでオーラルな相互編集の現場に分け入って、言葉の力を身体感覚の体験として捉え直してみようと思い至った次第が、冒頭で「思うところあって」と書いた所以である。リテラルなテキストベースで設営されている編集学校だからこそ、オーラルなふるまいやもてなしを「方法」としてより一層洗練していく必要がある筈だ。

 

 参考までに、私の振り返りメモの一部を共有してみたい。どれも当たり前のことばかりだが、言葉がたんに意味を伝えるだけのツールではないことがよくわかる。

 

◎たとえば「胸を開く」という指示と「肩甲骨を引き寄せる」という指示は似たような結果を導くが、指示された者にとっての体験は大きく異なる。注意のカーソルが向かう部位はどこか。「開く」「引き寄せる」など動作を指示する言葉にはそれぞれどのようなアフォーダンスが宿されているか。

(編集稽古の場で「部位」にあたる要素は何か。また、その要素はどのような動詞を伴って伝えられているか)

 

◎腰、お尻、尾骨。これらの言葉は意味や語感が異なるだけでなく、それらを起点に動作を行ったときに起こる身体感覚の解像度が異なる。

(言葉には意味の半径イメージのシソーラスがある。言葉の持つメトリックをいかにマネージするか)

 

◎言葉を事前に用意しておくことはメッセージを整理するために有効だ。だが引き換えに、現場で相手の反応を観察するための注意が散漫になる。

(指示される者は、指示者の注意がどこに向けられているか/向けられていないかを敏感に察知する)

 

◎「伝えるべきこと」と「伝えたいこと」はしばしば乖離する。

a) それは伝えるべき/伝えたい情報で、相手にとっても今その情報が有益である。
b) それは伝えるべき情報だが、今伝えたい情報ではない。
c) それは伝えたい情報だが、今伝えるべき情報ではない。
d) それは伝えるべき/伝えたい情報だが、相手は今何らかの理由でその情報を充分に受容できない。

 いずれの場合も、伝達者は今そこで起きている情報の動向に気づいておく必要がある。

(つまり、与件は自他の相互作用のなかで立ち現れる)


◎伝える情報量は、少なすぎれば相手の不安を招き、多すぎれば相手の受容を窮屈にする。

(どこまでを明かし、どこからを伏せるか。よくよく練られたサイレンスは豊かな体験を導く)

 

◎呼吸の単位に分節された言葉は、届けやすく受け取りやすい。

(これはオーラルでもリテラルでも同じだろう)

 

◎呼吸の向き(遠心/求心)と動作の向きが協調した動作指示は、動作による体験の質を高める。

(相手の律動を観察するためには、何に着眼すれば良いか)

 

 

■2022.11.25(金)

 

 38[花]の錬成演習は比較的緩やかな初動。日付があらたまるのを待ち侘びるかのように飛び出す入伝生は見えず、出題が午後になる教室も少なくない。それが意図されたマネージメントなら構わないのだが、出題のタイミングはゲームメイキングの初手であることには留意しておきたい。ましてイシス編集学校はオンラインでの学習プログラムだ。モニター越しの受講生をどれほどリアルに感じていられるかどうかが生命線となる。

 

 「虚に居て実を行ふべし。実に居て虚にあそぶことはかたし

 

 師範代がオフラインでの事情に囚われれば、教室や学衆や師範代自身の編集的自由は制限される。師範代はヴァーチャルな空間に身を置くからこそ、リアルな呼吸を刻み続けるべし。型のなかにいて、最大限に開かれる可能性を探求すべし。芭蕉の言葉はそんなふうにも超訳できるだろう。

 

アイキャッチ:阿久津健

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  • 深谷もと佳

    編集的先達:五十嵐郁雄。自作物語で語り部ライブ、ブラonブラウスの魅せブラ・ブラ。レディー・モトカは破天荒な無頼派にみえて情に厚い。編集工学を体現する世界唯一の美容師。クリパルのヨギーニ。