【ISIS BOOK REVIEW】『光が死んだ夏』このマンガがすごい!2023オトコ編1位~編集かあさんの場合

2023/01/22(日)08:00
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評者: 松井路代
編集かあさん、イシス編集学校 [多読ジム] 冊師

 

 

 ホラー×青春

 

 宝島社の「このマンガがすごい!2023年」オトコ編1位は、商業媒体の連載はこれが初というモクモクれんの『光が死んだ夏』だった。
 舞台はまだ駄菓子屋が残っている山間部の集落、主人公は高校生の佳紀(よしき)と<親友>の光(ひかる)である。
 シャワシャワシャワシャワシャワーー。ページに溢れかえるほどのセミの声のなか、佳紀に対し、光はもはや光ではない<ナニカ>であることが明かされる。
 友人の姿を完璧に「模倣したつもり」のナニカを佳紀は受け入れる。変わらない日々が続くように見えたが、村では少しずつ怪事件が起こり始める。現在、2巻まで刊行されている。
 このところホラーを読む機会がほとんどなかったけれど、1位だから読んでみた。

 

2巻の表紙は、「ナニカ」になった光の親友・佳紀

 

 ホラー×青春のかけ合わせ、初めてだ。
 さわやかなのに、触れてはいけないところに触ると、突然ドロリとしたものが噴出する。しかも、関西弁。奈良の南部で十代を過ごした私にとっては気味が悪いぐらい懐かしくて新しかった。

 

 無料マンガの扉

 

 帯に「Twitter、TikTokなどの各種SNSで話題になった」とある。ホンマに!?
 確かめてみようと、検索窓に「光が死んだ夏」「モクモクれん」と入れてみた。
 すると未知の扉がいくつも開いた。
 まず、「無料マンガ」の世界の扉である。『光が死んだ夏』の連載媒体は、KADOKAWAが運営する無料マンガ配信サイト・ヤングエースUPだ。
 最初は紙の本で読んだのだけれど、サイトにアクセスすると、まだ本になっていない続話が読めた。クリックする指を止められず、最新話まで読んでしまった。 
 「人外」「ホラー、怪奇」「ミステリー、サスペンス」の3つのジャンルのタグが付けられている。「人外」をクリックすると、「今スグ読める!人外漫画」が更新順で並んでいる。私が十代だったころに比べると、家にいながらにして、知らない漫画に手を出すハードルがぐっと下がっている。

 

 ブロマンスの扉

 

 つぎに開いたのが「ブロマンス」の扉である。
 ウェブ上で読めるモクモクれんのインタビューで上位にくるのがBL情報サイト「ちるちる」によるもの。
 さらに検索してみると、質問サイト等で『光が死んだ夏』はBLなのかそうでないのかというQ&Aが交わされているのが見えてきた。より広く読者を獲得するために、今はBLというジャンルには入れていないようだが、こういった男性同士の親密さが特徴の作品を「ブラザー」と「ロマンス」を合成した「ブロマンス」と呼ぶことを初めて知る。
 DK(男子高校生)のブロマンスものというカマエで読み直す。読者のレビューコメントでは「二人の行く先を見届けたくなる」という声が多い。おそらくこれが、新語としての「尊い」に感応する感覚なのだろう。

 

 ムック本を買う

 

 作者・モクモクれんのツイッターをチェックする。

 宝島社のムック本『このマンガがすごい!2023』にインタビューや、なぜオトコ編1位に選ばれたのかなど「色々とこの本に載っていますので何卒よろしくお願いいたします!!」というメッセージを見て、本屋さんに買いに走る。  ムック本には、ネットでは読めない情報がぎっしり載っていた。

 

「モクモクれん」ツイッター。プロフィール画像は「ナニカ」になった光

 

『このマンガがすごい!2023』宝島社


 コロナで時間ができ、「好きなもの」をぜんぶ詰め込んだマンガをTwitterにアップしはじめたのが始まりだったという。まず中学生の間で話題になり、編集部から声がかかった。
 2021年8月に連載開始。現在も週1回のペースで新しい話がアップされている。

 
 妖怪の扉
 
 インタビューによると、作者は心霊もの、ホラー、人外ものの漫画、映像がとにかく好きで、気がついたら、ホラー映画を見て育っていたという。『リング』(中田秀夫)や『呪怨』(清水崇)といった定番はもちろん、たとえば白石晃士監督のホラー映画はぜんぶ見ているなど「モーラ読み」もしている。マンガのコマ割りや構図の取り方にもかなり応用されている。
 さらに妖怪が大好きで、三池崇史監督の『妖怪大戦争』は20回以上見ているというからスゴイ。ペンネームの「モクモクれん」は、家の障子に無数の目が浮かび上がるという妖怪の「目目連」にちなんでいる。
 『妖怪大戦争』、見てみたくなってしまった。
 
 とことんミスマッチ

 光を真似たナニカは、光の記憶もインプット済だけど、買い食いのメンチカツの美味しさに感動したりする。見守る佳紀の、平静を装いつつも苦悩のうっすら現れた表情がぐっとくる。
 幼馴染と、新たに関係を結び直す。怖いのに、混じり合いそうなぐらい近づいてしまう。日常そのものが非日常になっている。
 汗まみれの夏に、ホラー。怖いシーンにほんの少し笑える演出を入れる。オノマトペは活字で過剰ほど配置する。
 キャラクターも、超部分も、方法も、常に”ミスマッチ”を意識するのを楽しんでいる。ネット上にたくさんの考察が生まれているけれど、読者の予想を裏切っていくものを書きたいとインタビューで語っている。最初から共作共読が前提になっている。
 一番、お気に入りのシーンとして「いちばん怖いひらがなって何だろう」と考えながら作った、暗い林の中の一場面があげられていた。
 「一番怖い字って何ってなんだろう?」。交し合って描いてみるのは、子ども編集学校の新しいお題にもなりそうだ。

カバーをめくると「ナニカ」が溢れ出す。

紙版コミックだけに収録されているエピソードもあります

 

   注目した技法:六十四編集技法36 【不調】

 disagreement
   調子が狂う、ミスマッチ、あわせない
 情報の意味が別の意味に変換するようにストレスを与えて編集する方法の一つ。

   同じグループに、【歪曲】(誤解・曲解する、変節、トリック)、【諧謔】(冗談、地口、パロディ、コント、ユーモア)がある。

  • 松井 路代

    編集的先達:中島敦。2007年生の長男と独自のホームエデュケーション。オペラ好きの夫、小学生の娘と奈良在住の主婦。離では典離、物語講座では冠綴賞というイシスの二冠王。野望は子ども編集学校と小説家デビュー。

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