小川の水底での波乱万丈を生き抜き、無事に変態を遂げた後は人家の周りにもヒラヒラと飛んできてくれるハグロトンボ。「神様とんぼ」の異名にふさわしく、まるで合掌するかのように黒い翅をふんわり広げては閉じる。
花伝所の入伝式では千夜千冊10夜をもとに、道場ごとに「5つの編集方針」を作り上げます。そのひとつにもなったのが、尼ヶ﨑彬の一夜。同氏による『ことばと身体』(花鳥社)は、花目付による入伝式の「式目の編集工学講義」でも引用され、編集学校が大事にしてきた言葉と身体性が詰まった本です。そんな一冊を師範はどう捉えたのでしょうか。
第90回感門之盟「読奏エディストリート」の特別連載3回目。「マーキング」と「ヨミトキ」で奏でる師範の声の重なりをどうぞ。
子供は、ちょうど蔓を引っ張って芋を掘りだすように、芋づる式につぎつぎと仲間の事例を発見してゆくのだけれども、いつまで掘っても蔓の先は地中に埋まって見えないのである。このような形のカテゴリーとは、全体というよりも終わりの見えない連鎖である。(49ページ)
[守]の編集稽古は、「コップの言いかえ」からはじまる。「部屋にないもの」をあれこれ思い浮かべ、「公園」の構成要素や性能をたくさん挙げる。コップ、部屋、公園。世界を広げながら、閉じられた幼い頃の芋づる式の連想力を開けてゆく。
取り出された情報には、なんらかの記憶がくっついている。そこには忘れていたものがあったり、懐かしい誰かがいたりする。過去のシーンが立ち上がって、物語が編み直される。編集稽古とは、いわば「おさなごころ」を呼び起こす装置。しまい込んだわたしと対話し、さまざまな記憶の連鎖を再編集する営みなのである。(古谷奈々)
が、そもそも言葉でいくら正確な説明を聞いても、それだけで人は自転車に乗れるようにはならない。何度も転んで身体でおぼえるより手はないのである。(132ページ)
幼き頃を振り返れば、竹馬に乗れるようになったことも、缶切りでパイン缶を開けたことも、釣った魚をさばいたことも、言葉で理解したのではなかった。何度も転倒し、傷を負い、覚束ない手つきも、その度に微調整しできるようになった。その時、心身は取り巻く世界との隔たりもわからないほど馴染み、「わかる」を体得していたはずだ。マイケル・ポランニーは「暗黙知」と言い、アフォーダンス理論では「マイクロスリップ」と呼ぶ。
花伝所での繰り返す演習と錬成で、花伝式目を心身に通した入伝生は師範代となる。師範代と学衆は教室で繰り返す38番の編集稽古で、「わかる」に差し掛かっていく。(大濱朋子)
既存の「型」を踏み越えて自在に動きながら、しかもそれが無秩序ではなく、一つの意味を産み出す。(中略)そのつど観客は、新たな「型」がたえまなく生成しかかっては突き崩されるという遊びの現場に立ち会うのである。(型を「破る」ことについて:206~207ページ)
教室は舞台だ。毎期、同じ演目が用意されているにも関わらず、役者が入れ替わるたびに新たな世界が立ち上がる。それは、言葉が「らしさ」という身体性によって、概念を超えていく様に類似している。
松岡校長は「師範代が自由だと思えるのが、[破]の指南」と言った。自由とは、身につけた型をなぞりながら、自ら生成に立ち向かうことなのだろう。型の上で、師範代が回答から放射される対角線をつかみ、学衆とともに教室を遊ぶことができたときに、[破]の稽古は形になる。(得原藍)
花鳥社/2023年7月刊/3080円(税込)
■目次
序
一 「たとえ」の構造―隠喩と事例―
二 「らしさ」の認知―プロトタイプとカテゴリー―
三 「わかり」の仕組み―真理と納得―
四 「なぞらえ」の思考―概念の元型と共通感覚―
五 「身にしむ」言葉―制度的意味と受肉した意味―
六 「なぞり」の方略―レトリックと身体―
結びにかえて―言葉についての一寓話―
あとがき
『セレクション版』のためのあとがき
アイキャッチ、レイアウト/阿久津健(56[守]師範)
編集/新井陽大(55[破]評匠)、角山祥道(44[花]錬成師範)
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む [バックナンバー]
#02『うたげと孤心』(原田淳子、山下雅弘、牛山惠子)
#03『ことばと身体』(古谷奈々、大濱朋子、得原藍)
ISIS core project
イシス編集学校[当期師範&学林]チーム
「Pauca sed Matura」の言葉を背負い、守破離花遊の全指導陣が一挙集結する[ISIScore]。感門プランニング、エディットツアー運営、編集知のリバース・エンジニアリング、全てがここで交差する。知を組み立て、知を裏返し、知を書きなおしていく編集分子たちの風姿を垣間見よ。
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む#02『うたげと孤心』
イシス編集学校の応用コース[破]では、課題本の中から1冊選び、他の人に紹介文を書くという稽古があります。題して「セイゴオ知文術」。今期56[破]の課題本のひとつが、大岡信の『うたげと孤心』(岩波文庫)でした。松岡正剛校長 […]
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む#01『多読術』
人間的なるものの源泉はすべて本の中にある、といったのは松岡正剛校長ですが、だとしたら私たちイシス編集学校の稽古の歩みは、「本のパサージュ」の中を進んでいるようなものなのかもしれません。 稽古の傍らにあった本、途中で貪り読 […]
コメント
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2026-02-17
小川の水底での波乱万丈を生き抜き、無事に変態を遂げた後は人家の周りにもヒラヒラと飛んできてくれるハグロトンボ。「神様とんぼ」の異名にふさわしく、まるで合掌するかのように黒い翅をふんわり広げては閉じる。
2026-02-10
ハンノキの葉のうえで、総身を白い菌に侵されて命を終えていたキハダケンモンの幼虫。見なかったことにしてしまいたくなるこんな存在も、アングルを変えてレンズを向けてみると、メルヘン世界の住人に様変わりする。
2026-02-05
誰にでも必ず訪れる最期の日。
それが、どのような形で訪れるかはわからないが、一番ありえそうなパターンの一つが終末介護病棟での最期じゃないだろうか。沖田×華先生と言えば、自虐ネタのエッセイマンガでよく知られるが、物語作家としても超一流だった。深く死に向き合いたい方は、是非ご一読を。
(沖田×華『お別れホスピタル』)