かつて「大人マンガ」というジャンルがあった(詳しくは「マンガのスコア 園山俊二」参照)。この周辺には、ファインアートと踵を接する作家たちが数多く存在する。タイガー立石もその一人。1982年、工作舎から刊行された『虎の巻』は、まさしくオトナのためのマンガの最極北。いいお酒といっしょにちびちび味わいたい。
44[花]の演習が佳境のさなか、花伝生の背を押すような本が刊行されました。「型」や「離見の見」、「稽古」などを語る西平直の『守破離の思想』(岩波書店)です。
師範の「マーキング」と「ヨミトキ」で奏でる、第90回感門之盟「読奏エディストリート」の特別連載11回目。花伝式目の方法と響き合う本書を、3人の師範が深掘りします。
能の演者たちは、まず「型」を演じ、後になって、「型」に伴う感情を感じるのだという。最初から、心の中に、哀しみがあるわけではない。まず「型」があり、その後から感情が生じてくる。(68ページ)
「型に泣かされた」。そう思ったのは[破]で物語を書き終わったときだ。初めは型を身体に通すことに精一杯で主人公の気持ちになり切る余裕はない。しかし型に慣れてくると、主人公の感情が自ずと湧き上がる。まさに後から感情が生まれるのだ。タイパ至上主義、成果至上主義の昨今、論理的な裏付けがない作業は無駄とされ、「守」は急いで通り過ぎられがちだ。しかしそれは「破」「離」が見えない故とも言える。56[守]では「イシスの推し人」と題し、学衆を経て現在も各々の場所で型を生かし続ける先達の語りを聞く企画を設けた。まっすぐ成就に至っているように見えて、途中で迷い、離れた末にみな今がある。型の先にあるのは答えではなく、希望なのである。(小林美穂)
「離見の見」の核心は、私を原点としないという点である。(172ページ)
著者は能の伝書にわずか六例しかない言葉、「離見の見」が、世阿弥の知恵の中で最も重要だという。「離見」とは自分自身を主体とする「我見」から離れて見ることだが、世阿弥はそこに留まらず改めて自分に戻る「見」を加えた。その回り道の過程で、他者と自分が二重写しになり、おのずから世界の見方が変わるという工夫だ。この「まなざし」の行き来を、能舞台にしたものが複式夢幻能だ。編集稽古に置き換えると師範代は演者、学衆は観客といえるだろう。師範代は他者の回答を読むことから指南をはじめる。学衆は指南という他者のまなざしで回答を見つめなおすことで新たな気づきを得る。「見る」と言っても「離見の見」。やはりこれなのである。(吉井優子)
「守破離」という三文字の組み合わせも、《稽古の順序としての守・破・離》と《ひとまとまりの流れとしての守破離》を、特殊な二重性において、捉えている。華厳哲学で言えば、「事事無礙」、西田哲学で言えば「絶対矛盾的自己同一」と語られる、内に矛盾を秘めた、特殊な二重性である。(344ページ)
稽古という身体的・個人的な体験を、いかにして文字で伝えうるか。これは世阿弥をはじめ、秘伝を後世に残そうとした先達たちが共に抱えてきた問いである。守破離と稽古を結びつけたのは利休だと考えられているが、なぜ「守破離」という三文字に、そうした二重性が宿るのか。
無心、稽古、修養、養生と立て続けに本を出してきた著者は、本書で守破離を、連語(三間連結)、熟語(三位一体)、さらには論理(一種合成)という三相へと拡張する。その先に、日本の芸道思想と稽古が目指す一切が見えてくる。(中村麻人)
岩波書店/2025年11月刊/3850円(税込)
■目次
序 章 格に入り、格を出でて、はじめて自在を得べし
第一章 守破離の構図――型を守り・型を破り・型を離れる
第二章 守破離と「型」――模倣・創造・名人芸
第三章 守破離と「無心」――無心に向かう/無心から生じる
第四章 守破離と「離見の見」――世阿弥『伝書』を読み直す
第五章 守破離と「勘」――黒田亮『勘の研究』を読み直す
第六章 守破離と「稽古」――オイゲン・ヘリゲル『弓と禅』を読み直す
第七章 思想史の中の守破離――序破急・真行草・守破離
終 章 問いとしての守破離――その先/その内
あとがき
アイキャッチ、レイアウト/阿久津健(56[守]師範)
編集/新井陽大(55[破]評匠)、角山祥道(44[花]錬成師範)
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む [バックナンバー]
#02『うたげと孤心』(原田淳子、山下雅弘、牛山惠子)
#03『ことばと身体』(古谷奈々、大濱朋子、得原藍)
#04『ゲーテはすべてを言った』(阿久津健、一倉広美、相部礼子)
#05『初めて語られた科学と生命と言語の秘密』(奥本英宏、石井梨香、北原ひでお、山崎智章)
#11『守破離の思想』(小林美穂、吉井優子、中村麻人)
ISIS core project
イシス編集学校[当期師範&学林]チーム
「Pauca sed Matura」の言葉を背負い、守破離花遊の全指導陣が一挙集結する[ISIScore]。感門プランニング、エディットツアー運営、編集知のリバース・エンジニアリング、全てがここで交差する。知を組み立て、知を裏返し、知を書きなおしていく編集分子たちの風姿を垣間見よ。
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コメント
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