今風に言うと、ダンスバトル、それも本気の。亡八衆がノリにのってのお祭り騒ぎは見応えがありました。
大河ドラマを遊び尽くそう、歴史が生んだドラマから、さらに新しい物語を生み出そう。そんな心意気の多読アレゴリアのクラブ「大河ばっか!」を率いるナビゲーターの筆司(ひつじ、と読みます)の宮前鉄也と相部礼子がめぇめぇと今週のみどころをお届けします。
第12回「俄(にわか)なる『明月余情』」
前回は「マニア」扱い、そして今回は「宝暦の色男」。これまでの数々の登場シーンもひっさげて、朋誠堂喜三二、つまりは秋田佐竹家留守居役の平沢常富が陰にひなたに、祭りの盛り上げをお手伝いです。
百人力、ゲット!
午之助・門之助の吉原嫌いの元凶の若木屋と、市中の本屋と付き合わないことにした大文字屋一党とは角突き合わせる仲です。「俄」の呼び掛けも、若木屋が廻状をまわし、さも自分が発案者のように振る舞う様子に、元々の発案者・大文字屋が怒ること、怒ること。
そこに出てくるのが朋誠堂喜三二のこの一言です。
「俺も手伝うからさ、このあんちゃんの言うとおり、一番の出し物を見せつけてやっちゃあどうだい」
これで大文字屋も一安心、「この祭り、勝てる!」と天に向かって吠えました。
バチッ、バチバチッ
若木屋一党と、大文字屋一党との覇権争いの体を成してきた俄ですが、両党が同じ「雀踊り」という演目を選んだことによりさらにヒートアップ、…したように見えますが、ここで起こっていたのは「場が合った」ということなのです。過去の因縁や、どちらが主導権を取るかというレベル、これは大文字屋の「勝てる!」という一言に象徴されますが、まだまだ内向きの話です。そこから「吉原を盛り立てる」という場へと、一段、レベルアップしたのです。
「バチバチッ」というオノマトペが喧嘩に関する表現ならば、「バチッ」というのは物事がきれいにはまる様子を表したもの。同じ演目を選ぶことで、場がバチッと決まり、ようやくお互いが同じ土俵の上に立ったのです。カメラのフォーカスがぴったりあって、ぼやけていた画像がクリアになったような、そんな場面となりました。
松岡正剛『連塾 方法日本I 神仏たちの秘密 日本の面影の源流を解く』には、このように書かれています。
日本には「アワセ・ソロイ・キソイ」という方法があります。(中略)
大事なことは、最初に競争や闘いがあるのではあく、まず「アワセ」のための場があるということです。逆に、「アワセ」がないと、場が成立しない。いったん場が成立すると、そこに強弱や遅速といった関係が生まれてくる。そこで初めて「キソイ」となり、それで終るかというと、今度はそれを再編集して「ソロイ」になっていくわけです。」
さぁ、そこからが「雀踊り対決」です。本当であれば大文字屋の「後」に出てくる筈の若木屋一団は、大文字屋衆にかぶせるように、同じタイミングで仲ノ町に踊り出てきます。
まさに「アワセ」によって、「キソイ」が強調されることになりました。ご見物衆は首を右に左にしながら、どちらが良いかを見定めます。日を追うごとに、両者の踊りも装いも過激になっていき、これで祭りが評判にならないわけがありません。
では「ソロイ」は? 祭りの最終日、仲ノ町のまん中で顔をつきあわせた若木屋と大文字屋は、お互いが持っていた扇と花笠を交換し、一緒の方向を向いて踊り始めたのでした。「もう、やることはねぇな」。キソイの極みにあったのが「ソロイ」でした。
そこにかぶさるのが、今回の立役者・朋誠堂喜三二先生が蔦重が祭りの間に発行した『明月余情』の序に書いた「我と人と譲りなく/人と我との隔てなく/俄の文字が調(ととの)いはべり」という言葉です。
それにしても、「俄は歌舞伎。花魁はともかく芸者や禿が出れば女歌舞伎の甦り」だとか、「街が割れるのも悪くはなく、張り合うから山車が派手になるんだ」とか。祭りの将来を先に指し示した朋誠堂喜三二先生の目の確かさが光る回となりました。
鱗形屋に義理立てして、蔦重に「書く」と約束した青本を、結局、書かなかったことは、この際、チャラにいたしましょう。喜三二の口癖「どうだろう、まぁ」が、筆名「道陀楼麻阿(どうだろう まあ)」として登場することがなくなってしまったのが、ちと残念でしたが。
祭りに神隠しはつきもの
俄の間は、女性も自由に吉原に出入りし、普段は必要となる通行切手も不要です。花笠をかぶり、誰が誰かもわからぬ人ごみの中で再会した新之助とうつせみ。「祭りに神隠しはつきものでござんす」という仲間の後押し(文字通り、背中を突き飛ばしていましたが…)で、吉原を抜け出しました。お幸せに、と願わずにいられません。
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