自ら編み上げた携帯巣の中で暮らすツマグロフトメイガの幼虫。時おり顔を覗かせてはコナラの葉を齧る。共に学び合う同志もなく、拠り所となる編み図もなく、己の排泄物のみを材料にして小さな虫の一生を紡いでいく。
もぐもぐタイム。という言葉が頭をよぎったほど、元気を取り戻しつつあるおていさんをはじめとして、みなさんがおいしいものを召し上がっている回でした。というほどに、「食べる」「食べられる」ということが生きていく上では大事なことなのでしょう。
大河ドラマを遊び尽くそう、歴史が生んだドラマから、さらに新しい物語を生み出そう。そんな心意気の多読アレゴリアのクラブ「大河ばっか!」を率いるナビゲーターの筆司(ひつじ、と読みます)の宮前鉄也と相部礼子がめぇめぇと今週のみどころをお届けします。
第44回「空飛ぶ源内」
「死を呼ぶ手袋」再登場
あの人が生きているかも! その望みがおていさん、そして蔦重が気力を奮い立たせることになりました。
耕書堂で本を出したいと言って押しかけてきた、のちの十返舎一九が持ってきたのは相良凧。相良といえば田沼意次の所領地であり、獄中死したとされる源内が、実は相良に落ち延びていたのではないか。
そこから糸を手繰っていくうちに、何とまぁ、懐かしの朋誠堂喜三二先生までが江戸に姿を見せる。蔦重もおていさんも「源内が生きている」という思いを日ごとに強めていきました。
そんな折り、耕書堂の店先にひっそりと置かれた一冊の書物。そこに綴られていたのは平賀源内が書いていた戯作の続きであり、蔦重は「これを書けるのは源内先生しかいない」と、源内の生存を確信します。
さらに、そこに挟まれていた「安徳寺に来るように」という書き付けどおりに足を運ぶ──、そこにいたのは、なんとにっくき定信です。先週、布団部屋で失脚に泣き濡れていたかと思えば、もうここに復活。それどころか長谷川平蔵、三浦庄治。大奥にいた高岳までが蔦重を待ち構えていました。
高岳が取り出した「死を呼ぶ手袋」が、これらの人物の手から手にわたることで、田沼を失脚させ、源内を死に追いやった「真の悪役」が誰かが、ついに明らかになります。そう、定信を追い落としたのも、またその黒幕でした。
我らとともに敵を討たぬか
定信にこの言葉をかけられた蔦重は、どう動くのか。「敵の敵は味方」と言えども、春町を死なせ、身上半減の刑を下し、蔦重が何より大事に思っている江戸の賑わいをことごとくつぶしてきた定信と、手を組むことなど本当にできるのか。源内の死の謎を解くためとはいえ、その深い心理的な壁を乗り越えられるのか。ここから先が物語の大きな見どころとなりそうです。
「その手は桑名」の不思議な出会い
宮重大根のふとしく立てし宮柱は、ふろふきの熱田の神のみそなわす、七里のわたし浪ゆたかにして、来往の渡船難なく桑名につきたる悦びのあまり……
と東海道中膝栗毛を口ずさむ老人と、苦々しく合いの手を入れる老人の軽妙なやりとりから始まるのが、泉鏡花『歌行燈』です。
しかし、彼らはただの洒落好きではなかった。「実は」とその身が明かされるのがこちら。
土佐の名手が画いたような、紅い調は立田川、月の裏皮、表皮。玉の砧を、打つや、うつつに、天人も聞けかしとて、雲井、と銘ある秘蔵の塗胴。老の手捌美しく、錦に梭を、投ぐるよう、さらさらと緒を緊めて、火鉢の火に高く翳す、と……呼吸をのんで驚いたように見ていたお千は、思わず、はっと両手を支いた。
芸の威厳は争われず、この捻平を誰とかする、七十八歳の翁、辺見秀之進。近頃孫に代を譲って、雪叟とて隠居した、小鼓取って、本朝無双の名人である。
いざや、小父者は能役者、当流第一の老手、恩地源三郎、すなわちこれ。
この二人は、侯爵津の守が、参宮の、仮の館に催された、一調の番組を勤め済まして、あとを膝栗毛で帰る途中であった。
さすが鏡花と言いたくなるほど、流麗な語り口。冒頭で膝栗毛を口ずさんだのは恩地源三郎です。膝栗毛の喜多さんのようには行かぬとこぼす、その相手となったのは小鼓の名手・辺見秀之進。恩地源三郎は、この物語の主人公、恩地喜多八の叔父でした。恩地喜多八は若気の至りで、能の謡の技を土地の名人である宗山と競い、自身が勝ったはよいが、負けた宗山が憤死する。それを知った叔父の源三郎から勘当を言いわたされ、諸国を放浪する身となります。
一方、憤死した宗山の娘は、身を売られ、三味線も踊りもお酌も出来ぬ芸妓・三重として源三郎と秀之進の前で能を舞います。二人が驚く程の舞の手。この舞を教えたのは恩地喜多八であろうと、二人は見抜くのです。
諸国放浪の身で桑名に立ち寄った喜多八。伊勢路の帰り道の恩地源三郎と秀之進。そして土地から土地へ売られ桑名にたどり着いたお三重。膝栗毛の軽やかさとはうってかわって、時間と空間が絡み合い、常ならぬ響きが漂う物語となりました。
さて登場人物たちが桑名に寄り集まるごとく、安徳寺に集まった面々。果たして源内の敵を討つことができるのでしょうか。
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その四十三
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その四十二
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その四十
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三十九
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三十七
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三十六(番外編)
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三十六
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三十五
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三十四
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三十三
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三十二
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三十一
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十七
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十六
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十四
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十三
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十一
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その九
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その八(番外編)
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その八
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その六
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その五
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その四
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その二
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その一
大河ばっか組!
多読で楽しむ「大河ばっか!」は大河ドラマの世界を編集工学の視点で楽しむためのクラブ。物語好きな筆司たちが「組!」になって、大河ドラマの「今」を追いかけます。
語られることを嫌う真実は、沈黙の奥で息をひそめている。名づけや語りで手繰ろうとする瞬間、真実は身を翻し、喉笛に喰らいつく。空白が広がるその先で、言葉に縛られない真実が気まぐれに咆哮するが、男たちはその獣をついに御するこ […]
ついに。ついにあの人が蔦重を見捨てようとしています。が、歌麿の最後の台詞を聞いた時、しかたあるまいと思った視聴者の方が多かったのではないでしょうか。 大河ドラマを遊び尽くそう、歴史が生んだドラマから、さらに新しい物語 […]
「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」も40回を越え、いよいよ終わりに向かうこの時期に、蔦重自身の原点を見つめ直す、大切な節目の回になったように思います。ま、タイトルに「歌麿」と入ってはいるのですが。 大河ドラマを遊び尽くそ […]
蔦重の周りに人が集まる。蔦重が才能のハブだということを感じさせる回でした。新たに加わったものもいれば、昔からのなじみが腕を磨けば、自慢の喉を披露する方も。どうみても蔦重・鶴屋コンビの仕掛けたことなのに。懐かしの朋誠堂喜 […]
言葉が届かぬ社会で、語りの回路はなお編み直せるのか。白州の空気が凍りついたその刹那、愛の掌が、語りをつなぐ編集者を呼び覚ます。身上半減――敗北の旗を高々と掲げ、語りは再び息を吹き返す。 大河ドラマを遊び尽くそう、歴史 […]
コメント
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2025-11-18
自ら編み上げた携帯巣の中で暮らすツマグロフトメイガの幼虫。時おり顔を覗かせてはコナラの葉を齧る。共に学び合う同志もなく、拠り所となる編み図もなく、己の排泄物のみを材料にして小さな虫の一生を紡いでいく。
2025-11-13
夜行列車に乗り込んだ一人のハードボイルド風の男。この男は、今しがた買い込んだ400円の幕の内弁当をどのような順序で食べるべきかで悩んでいる。失敗は許されない!これは持てる知力の全てをかけた総力戦なのだ!!
泉昌之のデビュー短篇「夜行」(初出1981年「ガロ」)は、ふだん私たちが経験している些末なこだわりを拡大して見せて笑いを取った。のちにこれが「グルメマンガ」の一変種である「食通マンガ」という巨大ジャンルを形成することになるとは誰も知らない。
(※大ヒットした「孤独のグルメ」の原作者は「泉昌之」コンビの一人、久住昌之)
2025-11-11
木々が色づきを増すこの季節、日当たりがよくて展望の利く場所で、いつまでも日光浴するバッタをたまに見かける。日々の生き残り競争からしばし解放された彼らのことをこれからは「楽康バッタ」と呼ぶことにしよう。