【追悼】松岡正剛 終わりではなく始まり(田中優子)

2024/09/01(日)08:00 img
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 松岡正剛様。あなたはよく「代理」の重要性を語りました。「代」というのは不思議な、編集上大事な考え方だと、私は理解していました。
 私は今そのことを思い浮かべながら、しかし、あなたの代わりになる人は、この世界のどこを探してもいないのだ、と大きな痛みとともに、改めて思い至っています。心の深淵に沁み込むようなあなたの声。突然、宇宙にも古代にも飛んでいくそのスピードと視野。包み込むことと容赦しないことが両立する、厳しいディレクション。そのどれも、あなたしか持ち得ないものです。
 ならば、あなたを失った今、何もかもが終わりになってしまうのかと言えば、そうではない。そのことにも気づきました。代わりはいなくても、方法は残ったのです。
 あなたは、ご自身の個人的な業績や名誉に執着したことがありませんでした。自らを、多くの人が学び使うことができる「方法」の側に絶えず開いていって、スタッフや学衆を含め、人々と共有できる方法を、開発し続けました。その時間と努力は、途方もないものでした。その結果、私たちには「方法」が残されました。
 あなたはその方法の多くを言語化し、仕組み化しておいてくださった。その方法と仕組みは、イシス編集学校の師範代や学衆が使えるものとして、今日もこれからも、駆使されていくことでしょう。集うことができない多くの人々もまた、著書の中で能力とはそもそも何なのか、知ることができるでしょう。あなたの声も姿も動画や写真に残されています。記憶の奥を探せば、それは清涼な泉のように絶え間なく湧き出てきます。しかしもう、これから起こることに応えてはくれないと思うと、暗い空洞が、すぐにあいてしまうのです。
 それでも、終わりにはできません。もう一度ここから始めたいのです。イシス編集学校の学びの方法を中核にして、本楼ではAIDAやさまざまな連が常に座談し、遊刊エディストが連打され、近江ARSが向こう側で動き続けている。そういう場を、再び作り続けたいのです。
 それらの動きの中からこそ、さらに新たな方法と言葉が生まれるに違いありません。それはもしかしたら、古代の人が期待をこめて「福音書」と呼んだ、一連の出来事のようなものなのでしょうか。
 正剛さんが最後に見ていたものはディストピアでした。それはやがて刊行される『昭和問答』の、苦しい息のもとで紙に書きつけた、短い「あとがき」で、皆に開かれるでしょう。ディストピアは、それ以上暗黒にはならない「始まりの地」です。足を蹴って浮かぶしかない水底です。
 あなたのいないディストピアから、私たちはもう一度、出発します。あなたの代理はどこにもいない。しかしその面影をめざす私たちが、無数の「代」として、底を蹴り上げ、飛び立つ時がきたのだろうと思うのです。

 

ISIS co-mission 田中優子

 

『昭和問答』対談中の写真

  • 田中優子

    イシス編集学校学長
    法政大学社会学部教授、学部長、法政大学総長を歴任。『江戸の想像力』(ちくま文庫)、『江戸百夢』(朝日新聞社、ちくま文庫)、松岡正剛との共著『日本問答』『江戸問答』など著書多数。2024年秋『昭和問答』が刊行予定。松岡正剛と35年来の交流があり、自らイシス編集学校の[守][破][離][ISIS花伝所]を修了。 [AIDA]ボードメンバー。2024年からISIS co-missionに就任。

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コメント

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川邊透

2025-07-01

発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。