【近大文楽】吉田玉男一門、図書館ロケの段

2022/05/21(土)09:04
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初代吉田玉男師匠に導かれていたのかもしれない。2022年春、近畿大学図書館アカデミックシアターのために生み出されたひとつの文楽。太夫三味線の収録は、初代玉男師匠の菩提寺で行われた。別日、その音声をもとに人形を遣ったのは、2015年に襲名した二代目吉田玉男師匠である。

 

玉男師匠といえば、立役遣いの押しも押されぬ第一人者。かつて、東京豪徳寺のISIS館で開催された本楼文楽にも出演し、千夜千冊エディションでは『芸と道』の口絵にも登場するなどイシス編集学校校長松岡正剛との縁も深い。この日、松岡が監修した近畿大学図書館DONDENにて、3つの人形が舞っていた。

 

▼シリーズ 近大文楽 全3段

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2022年3月末、東大阪の近畿大学キャンパスでは、新入生を祝福するかのように桜が満開になっていた。花のもと、1台のタクシーからツイードのジャケットを羽織った紳士が現れた。玉男師匠である。

 

 

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もともと、主遣いは別の門弟の方が務める予定だった。しかし前日の晩、コロナウイルス陽性と発覚。急遽、玉男師匠が代打を買ってでたのだ。玉男師匠到着までのあいだ、左遣い吉田玉翔さんが針と糸を手にして人形を拵え、足遣い吉田玉延さんが図書館内を走り回る。

 

合間を縫って、玉翔さんと編集工学研究所吉村堅樹、橋本英人が撮影プランを打ち合わせる。

 

 

今回の趣向は赤姫、又平、きつねの3つの人形が、DONDENのトピアを紹介していくというもの。文楽の演目のなかで、この3つの人形が一堂に会するものはない。この映像のためだけのトリオである。

 

録音済みの義太夫や三味線にあわせ人形が舞うが、どんな振りなのかはまったくの未定。図書館のどの棚のまえで演じるか、それだけが決まった段階で玉男師匠が会場へ到着した。

 

到着早々、口上の撮影が始まった。「とざいとーざい 知のどんでん返しの段」玉男師匠の朗々とした声と、高らかな拍子木の音が無人貸し切り状態のDONDENに響きわたる。

ディレクター小森康仁率いる撮影チームも、カメラ2名、照明1名、音声1名、技術1名の5人体制で追う。

 

 

 

口上を撮り終わると、いよいよ人形の振り付けだ。主遣いの玉男師匠と左遣いの玉翔さんが、人形の振りを実演しながら、動きを詰めてゆく。「お七みたいな感じで」「ヒグチでもしましょか」「もっと大きくつくれます?」 息ぴったりにシンクロした動きはまるで黒衣のPerfumeだ。

 

 

 

「いっぺん、やってみぃひんとわかりませんね」と、カメラのまえでリハーサルが始まった。映像序盤の主役は、三枚目のお侍。裃をつけた武士の格好だが、かしらはひょうきんな顔をした又平。玉翔さんが率先して演出プランを考えながら、3名で又平を遣う。扇を持ったりスマホに持ち替えたり、人形の高さや向きを変えたりと細かな調整が続く。

 

 

 

 

中盤に登場するのが、赤姫と呼ばれるお姫様の人形。「本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)」の八重垣姫の赤い振り袖に、銀の花簪。

この姫の振り付けが厄介だったと玉翔さんは語る。「曲にひきずられるんです」 というのも、このパートの曲は「義経千本桜」の道行初音の旅の段なのだ。あのメロディを聞くと、どうしてもあの舞いがしたくなる。そこをこらえ、姫が川上未映子著『乳と卵』などの本を選び、大和和紀著『あさきゆめみし』を胸に抱く様子を新たに演じた。

 

 

トリックスターのように登場するのが狐。「義経千本桜」などでおなじみの狐が、玉男師匠に命を吹き込まれ、マンガや雑貨あふれる棚を山に見立てて駆けまわる。この狐は、道ばたを行儀よく散歩する犬よりも、はるかに野性味のある身のこなしだ。玉男師匠の額の汗を見て、玉延さんが白手拭いやお茶を何度も差し入れた。

 

 

この演目の文章や次第は、「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」を元ネタにし、吉村堅樹が考案。原作では、義経が熊谷次郎直実に与えた制札がカギとなる。その制札が、今回も特別に用意された。

「一枝(いっし)を切らば一指(いっし)を切るべし」と記された制札に、今作ではトピア名が掲げられる。語りでは、「一冊読めば、三冊読むべし」と読書指南の言葉となった。

 

劇場では、人形遣いは船底と呼ばれる場所に立ち、地面に見立てた「手摺」という板のうえに人形の足が着くようにする。しかし今回舞台となったDONDENの書棚は、ふだんの手摺よりもかなり位置が高い。人形をやや高く差し上げて遣う必要があった。玉男師匠は下駄を履き、足遣いの玉延さんは中腰で微動だにしない。

 

玉延さんは、2011年入門。大学時代に国文学を専攻し、近松門左衛門を研究。同時に、演劇にも関心があったことから、文楽の研修生を志したという。人形や道具の入った大きなスーツケースを押して会場入り。コミックビームやジャンプなどのマンガ好き。このDONDENを見渡して「この図書館のためだけに入学したい」とつぶやいた。

 

映像中、又平の掲げるスマホは編工研・橋本英人の私物。待ち受けを姫の写真にセット。

 

全行程の撮影を終えると、玉男師匠は「楽しかった」とほころんだ。舞台ではありえないさまざまな工夫にやりがいを感じたという。「あまり文楽を知らない学生さんも多いでしょうから、この映像がその入口になれば」と控えめな口ぶりで語り、会場にいたスタッフ全員に丁重に挨拶してから静かに去っていった。

近畿大学アカデミックシアタープロモーション映像は、5月末完成予定。

 

撮影:木藤良沢

 

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  • 梅澤奈央

    編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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