【祝!多読アワード大賞】三選匠は、三冊筋創文のどこを読んでいるのか?

2026/02/15(日)19:00 img
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多読アワード鼎談
「多読アワード」は、多読Classicが多読ジムの伝統を受け継いだ賞レース。読衆は三冊筋プレスのお題に沿って、3冊の本を読み、関係線を引き、読ませる知文へと仕上げて推敲を経てエントリー。一般の書評や[破]の知文術は1冊が対象だが、ここでは3冊を読んで書くことで、時代性・世界観・共振力などが浮き彫りになっていく。その入選作を選ぶのが、3人の選匠だ。今回は最終候補に残った3作品を巡って、その目の付け所が明かされていく! 

 

大音冊匠)(以下、冊匠)早速、今回の選評委員である3人の選匠をご紹介しましょう。選匠とは、編集学校[破]における師範歴・講評歴も豊富な、この方々。

 浅羽登志也さん(軽井沢別想フロンティア[開拓団])
 小路 千広さん(終活読書★四門堂)
 吉野 陽子さん(よみかき探Qクラブ)

ふだんは奥の院から講評をお届けするだけなので、選匠が創文のどこを読み、どこに着目しているのか、本日はたっぷりと鼎談でお届けいただきたいと思います。では選匠のみなさ〜ん、ご登場くださいまし♪

浅羽小路吉野)よろしくお願いします。

 


受賞作品


●選んだ三冊
『新編日本の面影』ラフカディオ・ハーン/角川ソフィア文庫
『夜明け前』島崎藤村/新潮文庫
『黒い蜻蛉 小説小泉八雲』ジーン・パスリー/佼成出版社

●三冊の関係性【一種合成】
『日本の面影』『夜明け前』の一種合成で『黒い蜻蛉』

◎優秀賞◎
「“血の世界”と“芸の道”」重廣竜之さん

●選んだ三冊
『国宝(上・下)』吉田修一/朝日新聞出版
『改訂新版 共同幻想論』吉本隆明/KADOKAWA
『世阿弥最後の花』藤沢周/河出書房新社

●三冊の関係性【二点分岐】
         ┌『改訂新版 共同幻想論』
『国宝(上・下)』┤
         └『世阿弥最後の花』

◎優秀賞◎
「世界の編集可能性を展く」戸田由香さん

●選んだ三冊
『ウーマン・トーキング ある教団の事件と彼女たちの選択』ミリアム・テイヴズ 鴻巣友季子訳/角川文庫
『目の見えない人は世界をどうみているのか』伊藤亜沙/光文社新書
『人類はどこで間違えたのか 土とヒトの生命誌』中村桂子/中公新書ラクレ

●三冊の関係性【二点分岐】
         『目の見えない人は  
『人類はどこで  ┌ 世界をどうみているのか』
 間違えたのか』┤
        └『ウーマン・トーキング』

 


 三冊筋プレスのポイントをおさえよう


吉野)受賞の三名は三冊筋プレス常連のツワモノだけあって、力作揃いでしたね。
はじめに、選評のポイントを確認しておきましょうか。

浅羽)三冊筋で大事なのは、まずスタートポイントで、どういう3冊を選べたかでしょうか。
それらを読み進みつつ、編集思考素で新たな関係線を模索しながら、3冊の組み合わせから、新たな見方や意味を生じさせられたかどうか。

小路)そうですね。
あと、その発見を読者に伝える際も、単なる要約や解説に留まらず、また直接説明しすぎず、読者に解釈を委ねる余白も持たせ、一方で説明不足にもならず、理解の導線を引いて欲しいですね。

吉野)寄りと引き、開けと伏せの加減は、編集の腕の見せ所ですね。
さらに、3冊それぞれに描かれた世界を探究しながら、自分自身の考えや経験を重ねていく。そうして、新しく見えてきた視点や意味の上に3冊を並べ直し、一つの「世界観」を示すことができたら大成功ですね。今回何人かの方が、果敢にチャレンジされていました。

冊匠)はい。とくに今回はテーマが「世界」であっただけに、どのような「世界観」を呈示できたかは大きかったと思います。
また、改めて言うまでもありませんが、十分な推敲がなされたかどうかも重要です。誤字脱字は自分の作品に対するリスペクト不足!
論理の滑らかさや文体の整えなど細部に気を配れているかどうかも大事な評価ポイントであることをお忘れなく。

小路)読前の選本をするときも、読後の再編集のときも3冊のあいだに新たな対角線を引き、自分なりの見方や読みを表現するところに三冊筋プレスの醍醐味や面白さがあるように思います。
その際にアブダクションやアナロジーなどの3Aやセイゴオ知文術などの編集の方法が必要になってきます。

吉野)そうですね。これらいくつもの編集方法を使って読前・読後の自分の変化を表現すること。それが多読術の面白さであり、大きな特徴でしょう。

 


選本が立ち上げる新視点


重廣さんの三冊写真

吉野)それでは作品ごとの講評に入りましょう。
重廣さんは今年度話題ナンバーワンの『国宝』をキーブックにもってきました。語り尽くされた感のある本書をいかに鮮度を保って紹介しえたかが問われますね。

浅羽)いやぁ、『国宝』を 『共同幻想論』と『世阿弥最後の花』に二点分岐したのがとても面白いな、と思いました。これだけでもうメッセージが立ち上がってきそうです。
そして三冊を、『共同幻想』を間に挟んで語ることで、歌舞伎や能という伝統芸能の世界を、全く違う方向から、少しシニカルに見る視点が加わって、深みのある論考になりました。
全体もうまく一つにまとまっていると思いました。

吉野)私も梨園の血縁を『共同幻想論』と重ねることで見えるものにハッとしました。新しい見方をもたらしてくれましたね。
ただ、三冊目の『世阿弥最後の花』の選本が少し弱いように感じました。『共同幻想論』で読み手の連想がぐんと広がる分、三冊目で内容がはじめに戻ってしまったのがもったいなくて。

浅羽)なるほどです。序・破・急と展開して欲しいところに、三冊目でまた芸能の話に戻ってしまったところに物足りなさを感じられるかもしれません。順番を入れ替えて、『国宝』から『世阿弥』に行って、最後に『共同幻想』を語るか、もしくは、三冊目に全く違う分野の本を持ってきても良かったでしょうか。

小路)世阿弥の「稽古は強かれ、情識はなかれ」という教えは現代の芸能にも通じる普遍的な考え方であり、歌舞伎の世界観を知るためのよい手すりになっていると思います。
各章の構成も、本の紹介、背景や要約、重廣さんの読みと見方づけがバランスよく配置されていて説得力のある知文になっていると感じました。

吉野)そうか、『世阿弥最後の花』は選本の問題というよりは、構成や運びでより知文を際立たせうるポテンシャルのある選本だったのですね。

また、重廣さんはここ2回くらいの三冊筋プレスで、ご自分の知文の型を確立されたように思います。キーブックの精緻な要約を中心に据えて、説明の導線を引きながらサブブックの内容を自然に重ねていくという手法です。回を追うごとに洗練されていっています。

冊匠)三冊筋プレスを一番よく理解し、出題にも携わっている重廣さんが賞をとられるのは当然とはいえ、ゴールイン間近ではコメントを返しつつ、自分の作品を磨くというダブルロールのなか、錬磨のあとが「楽しさ」として伝わってくるのが、読む側にもうれしいところです。

浅羽)重廣さんの読み筋は他にも色々な分野で語れそうな可能性を感じました。私なんかは、第三章の終わりの「やめるという選択肢そのものが、幻想の内部では見えなくなっている」という下りを読んで、なるほど、だから創業社長はなかなか辞められないのか!な〜んて思ってしまいました。

小路)最後にオーディオブックで読んだと書かれていますが、物語をどう盛り上げたのか、紙の本と何が違うのかが気になりました。メディアについて補足するか、思い切ってこの部分を省いてもよいかもしれませんね。

吉野)オーディオブック、思いがけない事実の登場でした。ちょっと唐突すぎたので、知文の内容との接続に工夫があると良かったですね。

 


三冊を方法と思想でつなぐ


戸田さん3冊フォト

戸田さんの三冊写真

吉野)続いて戸田さんです。じっくり選んだ三冊と、周到に構成された文章で読み応えがありました。

小路)キーブック『ウーマン・トーキング』の紹介は、登場人物を引用して内容をうまく要約していますね。思わず読んでみたくなりました。冒頭にアトウッドの名前を出して読み手の興味を引くポッと出の使い方も手慣れています。世界に存在するレイプや抑圧などの女性問題、宗教や人権などの社会問題に着目した視点と力強い文章力はさすがだなと思いました。

浅羽)戸田さんはいつも上手いですね。しっかりと三冊を自分の語りたい世界観に引き寄せて組み上げられています。

吉野)はい。ひとつ例を挙げると、『人類はどこで間違えたのか』は生命誌における「支配」の転化を論じるために必要な一冊になっています。そこから『ウーマン・トーキング』に戻り、村の女性たちが対話によって「支配」の構造を理解する軌跡が語られます。このように女性たちが自分たちの手で状況を変えていくことを「世界の編集可能性」と読み替えて、結びへ向かいます。よく練られたハコビだと思いました。

小路)確かに。3冊のつなぎ方については別様の可能性も考えられるかな、と。サブブック2冊はユクスキュルの「還世界」という世界解釈でキーブックと関係づけているのはわかるのですが、還世界を持ちださなくても、「世界の捉え方」や「支配」というキーワードでつなぐことができるような気がしました。サブブックの内容をもう少し詳しく知りたいという印象を受けたので、そう感じたのかもしれません。

浅羽)なるほど。ここの展開についていけない読者もいそうですね。「環世界」を出すならもう少し説明が必要だったかもしれません。

あと、最後の『ウーマン・トーキング』の登場人物「オーガスト」がなぜ「救い」なのか。本書を読んでいない私には理解ができず、説明不足を感じました。せっかくの、彼の設定が持つ重要性が活かしきれなかった点が惜しまれます。

冊匠)この本、じつは秋の夜長の〈本みくじ〉本として、多読Classic外の方に進呈したものです。閉鎖された家父長制の宗教コミュニティの残虐を伝える二百年前の「事件」をどう編集して現代人にアピールするか。カギを握るのは語り手で、男性ながら唯一女性たちのトークに書記として参加するオーガストがその役目です。そのキャラクターや立ち位置の複雑・繊細さが、本書に読み物としての華を与えていて、詳しくは読んでいただきたいのですが、つまりは外部からのノイズなのです。紛れ込むノイズがなければ、システムにゆらぎはもたらされない。それが、戸田さんがかれをラストに登場させた理由でしょう。

吉野)ノイズか。なるほどです。ノイズは新しい世界を生みだすエネルギーでもありますものね。

ちなみに、タイトルに入っている「世界の編集可能性」は編集学校特有のワードです。これはどんなものにも当てはめやすいだけに、表面的に使ってしまいがちな扱いの難しい言葉です。戸田さんは三冊それぞれの「世界」を丁寧に説明したうえでこのワードを登場させています。そのきめ細やかさによって、この言葉の意味がきちんと手渡されている点も注目したいです。

 


「国譲り」に託す思い


多読アワード(佐藤裕子)

佐藤さんの三冊写真

吉野)それでは、大トリ、大賞の佐藤さんです。キーワードは「「国譲り」の創(きず)を越える」。想像を掻きたてるテーマ設定です。

浅羽)佐藤さんは、ハコビで語る名人ですね。
あくまで三冊の内容を要約し、登場人物の言葉を引用するという知文術の基本をしっかりと押さえた構成です。
決してそこに佐藤さんの意見が直接は語られていないのに、読み進んでいくうちに、じわじわとご自身の読みと考え、主張までもが浮かび上がってくるようです。

小路)ハーンが日本に関心をもつきっかけになった古事記に登場する神の名前を見出しに用いて古代の世界観を想起させるアナロジカルな仕立てに感服しました。
読み手の想像力を喚起させる余白のある文章表現が心地よく、良質のエッセイを読んだような読後感を得ることができました。

吉野)文学的で繊細な題材を、複層的に構成していますね。理性的に組み立てながら、最後まで世界観が保たれているところが素晴らしいです。加えて、お二人がおっしゃるように、佐藤さんの感じたことや考えたことがよく伝わってきます。
実は、私はそのような佐藤さんの感覚を説明する言葉が全体的に少ないように感じていました。でも、選匠や冊匠の読みをうかがって、その点こそが良かったのだと認識を新たにしました。
語らずに感じさせるという手腕、まねびたいですね。

あと一点、大国主神が負った「国譲りの創」と、ハーンや半蔵が抱えた創の重なりが少し分かりにくかったのですが、このあたりはどう読まれたでしょうか?

冊匠)「国譲り」って、どう考えても後付けの歴史の歪曲で、それを現在では「歴史修正主義」と美しく語る傾向が世界に蔓延しています。『夜明け前』の青山半蔵は、当初「尊皇攘夷」を掲げた明治維新で王政復古の世が来ると快哉したのに、訪れたのは薩長政府の文明開化による西洋化の荒波だった。ハーンの場合、より個人的な事情が、かれを極東の島国に流れ着かせた経緯がありました。変化の連続である歴史は、刻々と勝者・敗者を産みながら、それを歪曲して平気でいる。幕末会津愛の強い佐藤さんは、そのことを「国譲り」に託されたのではなかろうかと思いました。数百年後の歴史には、もしやウクライナが「国譲り」したなんて、書かれているかもしれないですよね。

小路)私は、古事記に描かれた国家草創期の古代と、『日本の面影』や『夜明け前』に描かれた維新後の明治時代と、外国人観光客や移民問題が象徴する排外主義的な現代というように、変革期の時代を重ねているように読めました。

吉野)なるほど。これらの時代はいずれも「国譲り」と読み替えることができるのですね。佐藤さんの編集の巧みさと面白さがますます分かってきました。知識とモードが融合した、まさしく「アリスとテレス」の知文になっています。

浅羽)『トンボの眼鏡』というタイトルが素晴らしいですよね。
大国主の二人の息子、建御名方神と事代主神の剛と柔の対比、というかバランスこそが、神話の時代に秋津洲(トンボの島)と呼ばれていた日本の本来であると。それを外から来たラフカディオ・ハーンの視点から語ることで、読み手の視点が、俯瞰して見渡す視点にうまくすり替えられてしまう。
さらにここで語られている話が、決して神話や昔の話ではないということ。よく読むと、現在われわれが直面している移民の問題やウクライナ戦争を示唆するかのようなエピソードが、こっそりスパイスとして振りかけられていて、その淡いピリリとした余韻が、われわれに現代を見る視点を呼び覚ましてくれるかのようです。本当に味わい深いです。

吉野)読めば読むほど、読みを広げていける創文ですね。

冊匠)はい。選匠のみなさんが言われるように、すぐれた知文は過去を取り上げていながら現在が行間に匂ってくる。校長の言われていた「歴史的現在」には、そうした作用も含まれていたのかもしれないと思い当たってきます。さらに、佐藤さんの文章は、そうしたことを表面的に取り上げたり説明したりせず、読み手のレセプターにゆだねている。なまなかの覚悟でできる書きっぷりではないと感じ、全員一致の「大賞」を進呈したいと存じます。

(終)

 

>> 【祝!多読アワード大賞】異人さんに紹介できる日本は今どこ?を佐藤裕子が問う!

 

  • 吉野陽子

    編集的先達:今井むつみ。編集学校4期入門以来、ORIBE編集学校や奈良プロジェクト、[離]火元組、子ども編集学校、多読スペシャルなどイシスに携わりつづける。野嶋師範とならぶ編集的図解の女王。