ハンノキの葉のうえで、総身を白い菌に侵されて命を終えていたキハダケンモンの幼虫。見なかったことにしてしまいたくなるこんな存在も、アングルを変えてレンズを向けてみると、メルヘン世界の住人に様変わりする。
season 18三冊筋プレス◎読筋大賞(輪)[評伝三冊]以来、空位となっていた大賞を今回受賞したのは、season 18の受賞者、佐藤裕子だった。重廣・畑とともに多読Classicを守り、回答に応対し、多読カフェ“M”では、バイト店員ユーコとして出没する日々は、文章の「顕と冥」それぞれに紗をかけ、読者に手渡す術となった。
●選んだ三冊
『新編日本の面影』ラフカディオ・ハーン/角川ソフィア文庫
『夜明け前』島崎藤村/新潮文庫
『黒い蜻蛉 小説小泉八雲』ジーン・パスリー/佼成出版社
●三冊の関係性【一種合成】
『日本の面影』『夜明け前』の一種合成で『黒い蜻蛉』
大國魂大神──オオ クニ タマ ノ オオカミ
この秋、フィリピンから来られたお客様をホームステイ交流プログラムの市内観光で地元の神社にお連れした。神社の歴史・由緒について説明しようと試みるなか、出雲の大国主神と御同神である地域の守り神に、なぜ私たちは祈るのか、問い直してみたくなった。
大国主神──オオ クニ ヌシ ノ カミ
日本文化の根源を示す『古事記』。この英訳に出会い、日本への関心を深めたラフカディオ・ハーンは明治23年40歳のときに通信記者として日本を取材するために来日し、中学の英語教師の職を得て松江を訪れた。
ハーンの日本瞥見記の翻訳アンソロジー『新編 日本の面影』に収められた「杵築──日本最古の神社」では、出雲大社(杵築大社)を訪れ、西洋人として初めての昇殿を果たした体験が綴られている。宍道湖を渡る蒸気船のエンジン音のリズミカルな響きが「コト シロ ヌシ ノ カミ/オオ クニ ヌシ ノ カミ」と、神々の名と重なり合って、祝詞を唱えているかのように聞こえるほど『古事記』の伝説に胸を膨らませるハーン。神主の案内で稲佐の浜を歩きながら、国譲りの神話を聞く。稲佐という名は、大国主神が、出雲の国の国譲りを迫られた故事に由来して諾否を問う意味になっている。
建御名方神──タケ ミナ カタ ノ カミ
大国主神は国譲りの答えを留保し、二人の息子に意見を求めた。その一人が建御名方神である。千人引きの大岩を指先に差し上げ、力競べによって抵抗するも敗れ、信濃国へ移り、諏訪の地を治めたとされる。
その諏訪信仰が息づく木曽路の山の中で、幕末から明治維新を経て、ハーンが来日する数年前までを生きた島崎藤村の父、正樹の生涯をモデルに描いた『夜明け前』。主人公の青山半蔵は本陣問屋と庄屋を兼ねたの家に生まれ、国学を学び、『古事記伝』を記した本居宣長に傾倒する。維新後の激動のなか、半蔵は新政府や村民のために奔走するも、国家が宗教を利用する体制を嘆きながら、木曽路に戻る。「わたしはおてんとうさまも見ずに死ぬ」と弟子に言い残し、ついには狂死する。
秋津洲──アキツ シマ
日本はかつて秋津洲と呼ばれていた。トンボの島ということだ。トンボは変化の象徴であり、精神の成熟であり、死の象徴でもある。
脚本家のジーン・パスリーが書いた『黒い蜻蛉 ─小説 小泉八雲─』は、小宮由の翻訳による日本で唯一の邦訳伝記小説だ。子どもの頃に父に捨てられ、両親の愛情に恵まれなかったハーンは小泉家の人びとの純朴な優しさにふれるなか、印象的なシーンにおいて、何度かトンボを登場させる。
妻の祖父が庭の木々の前で枝をじっと見つめて剪定している姿に、日本の自然が生み出す美しさを感じたハーンは、それまで見えていなかったものが見えるようになった気がしたという。頭上をヒラヒラとまわるトンボ。著者は祖父に次の台詞を託す。「あまりに速くて見失うこともあるが、きっと向こうからは、ちゃんとこっちが見えとるんじゃろう。まわりのものがすべてな」。その数日後、祖父は眠るように息を引き取った。
事代主神──コト シロ ヌシ ノ カミ
子どもの頃に事故で片目を失明しているハーンは、トンボの複眼に肖るように、地面から旅立ち大空から俯瞰して見た日本を、自身の著作によって世界に紹介する使命に没頭する。ハーンは問い続ける。「これまで見聞きし、感じてきた日本の魅力、これは果たして本物だったのだろうか」。日本軍の清への宣戦布告に際し、兵役検査に落ちた若者が自殺するという事件をたびたび見聞きして疑問に思う。前線に行かず生き残れるのになぜ命を捨てるのか。日清戦争が終結後、清への遼東半島の返還をとのロシアの要求を日本は受け入れた。ハーンはこれを国家レベルの「柔術」として評価する。力に力で対抗するのではなく、相手の力を利用して制する術だ。
日本が急速に変わりつつある中、日本を解明し、紹介するために書き続けたハーン。『日本の面影』はハーン版『古事記』ともいえる仕事であり、私たちに神意を伝えようとする事代主神の務めであるとも言える。事代主神は大国主神のもう一人の息子で、国譲りを決定づけた調停者だ。
フィリピンから来た人たちが拝殿の奥にそびえるご本殿に恭しく目礼する美しさに、ハーンの姿が重なった。キリスト教を信仰するフィリピンからのお客様は、異国の神に手を合わせる柔らかさを持ちつつ、多様な視点をもつよう私たちに仕向けてくれるゲストだった。
ハーンと半蔵のそれぞれの物語を出入りすることは、ハーンが亡き家族や戦死者を悼み、藤村が父の生き様を書き切ったように、死者のメッセンジャーであるトンボの複眼を持つことである。日本の「国譲り」の創を越える見方は、一筋縄ではいかない世界をトンボの眼鏡で読むプロセスだった。
(了)
吉野陽子
編集的先達:今井むつみ。編集学校4期入門以来、ORIBE編集学校や奈良プロジェクト、[離]火元組、子ども編集学校、多読スペシャルなどイシスに携わりつづける。野嶋師範とならぶ編集的図解の女王。
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2026-02-10
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2026-02-05
誰にでも必ず訪れる最期の日。
それが、どのような形で訪れるかはわからないが、一番ありえそうなパターンの一つが終末介護病棟での最期じゃないだろうか。沖田×華先生と言えば、自虐ネタのエッセイマンガでよく知られるが、物語作家としても超一流だった。深く死に向き合いたい方は、是非ご一読を。
(沖田×華『お別れホスピタル』)
2026-02-03
鋸鍬形、犀兜、鰹象虫、乳母玉虫、碁石蜆、姫蛇の目、漣雀、星枯葉、舞妓虎蛾、雛鯱、韋駄天茶立、鶏冠軍配、鶉亀虫。見立ては、得体の知れないものたちを、手近に引き寄せたり、風雅に遊ばせることの糸口にもなる。