学校説明会やエディットツアーなどの編集ワークショップが月に2度以上、多いときには毎週のように連打された2023年。イシス編集学校未入門の方に「編集」を体験いただく機会がことのほか多い1年だった。そのほとんどすべての回に参加してきた筆者が、来年は地球沸騰化ではなく「編集沸騰化」が起こることを祈念して「今年もっとも沸いたワークショップ」を勝手に選出してみることにした。季節はぐるっと戻り、夏休みがはじまったばかりの2023年7月22日(土)、子ども編集学校主催の『大好きな本の伝えかた 読書感想文の編集術』だ。
「これはなんでしょう?」「リンゴー!」「そう、今日のあさ買ってきました♪」ナビゲーターの得原藍が生のリンゴを取り出すと、子どもたちから元気のいい声が聞えてきた。「りんごと言えば◯◯。◯◯のところに言葉を入れて、となりの人にリンゴを渡していってください」。連想ゲームがいきなりはじまる。
ひとりめの子どもは「かたい」。さらに「あかい」「あまい」「まるい」など子どもたちはぽんぽんと言葉をつなげ、リンゴはあっという間に部屋を一周。つづいて、一緒に参加していた親御さんたちにリンゴが回る。
あるお父さん「198円!」
得原ナビ「258円でした」
どっと笑いが起こった。緊張がほぐれた大人たちが本領を発揮しはじめる。
あるお父さん:スマホ! (おお~~!)
あるお母さん:はらぺこあおむし! (わあ~!)
あるお父さん:ニュートン! (わお~!)
あるお母さん:うちの子が嫌いで食べない! (あははは!)
ヒネリの効いた回答が飛び出すと、たくさんの歓声があがる。参加者のリアクションがいい。バラエティ番組によくある歓声の効果音でも使っているのかと疑いたくなるほどだ。おかげで一気に和やかなムードになった。
▲あるお父さん:うちの実家でつくっている!(オオオオオ~~!!)まさかリンゴ農家さんがいらっしゃるとは。
モノとしての性質、口から伝わる味や手で触った感じ、その人にしか知り得ない個人的なことがら、科学、デザイン、物語…。「かたい」からはじまったリンゴの連想はぐんぐん広がり、リンゴという情報がうんとやわらかく見えてくる。自分には考えつかなかった他者の回答への驚きもある。しめしめ、これで編集ウォーミングアップは完了だ。
1個のリンゴのあとは4枚の絵が登場した。「プリントに①~④の絵が描かれています。4枚を自分の好きな順に並べて、ひとつの絵についてひとつだけ文章を書いてみてください」。4枚の絵をつかってごく簡単な紙芝居をつくるようなゲームだ。
▲松岡校長の著書『知の編集術』(講談社現代新書)p.88におなじ絵がある。本のなかでは絵に簡単な説明が添えられている(「刀を構えるサムライ」「水に流れる1枚の紙」など)が、子どもたちには絵だけが手渡された。描かれているものや情景をどう見るか、何に見立てるかは自由だ。
好きなように絵を並べ替えて物語にする。ただそれだけだが、子どもたちがつくった物語は・・・・
ある子の場合:
絵②:サムライが紙に乗ってやってきた
絵①:紙から降りて
絵④:紙を切って
絵③:2枚の紙に片方ずつ足を乗せてハットリくんみたいに帰った
べつの子の場合:
絵④:あるとき山の上に人が生まれた
絵①:人は山をおりて海にいった
絵③:海には紙がふたつあった
絵②:人は左にあった紙をよく見た
ひとりめの子は1枚の紙が切られて2枚になったと見、その2枚を忍者ハットリくんが水面を歩くときに使う水蜘蛛に見立てた。ふたりめの子は2枚の紙があり、そのうちの左側がクローズアップされていると見た。子どもたちの柔らかすぎる連想力に「わ~~~!!」「すごーーーい!!」「へえええ~~~!!!」と悲鳴に近い声をあげて脱帽する大人たち。さらに湧き起こる拍手喝采のなかで、照れくさそうにする子どもたちがなんとも愛らしい。
「十人十色、それぞれまったく違う物語ができておもしろいですね!おなじ絵でも〈連想〉を広げると違って見える、おなじ絵でも〈順番〉が変わると物語が変わる。これがポイントです」得原はさりげなく編集の勘所を伝えながら、子どもたちのつくった物語にうきうきと耳を傾けていた。
ところで、この日のワークショップはいつもの「本楼」開催ではなく、ところざわサクラタウン内の書店「ダ・ヴィンチストア」の一角で行われた。おなじ敷地にはイシス編集学校校長・松岡正剛が館長をつとめる角川武蔵野ミュージアムがある。全面がガラス張りで天井にはシャンデリアが煌めく華やかな部屋は『大好きな本の伝えかた 読書感想文の編集術!』というタイトルに誘われた小学3年生~中学生の親子で満席だった。ん?「本」の話はいずこへ…?
実は、ゲームのあいまに、本を使ったワークが織り込まれていた。その仕立てに今回の編集ワークショップの醍醐味があるのだが、ここでは写真で雰囲気を感じていただこう。
▲「大好きな本を1冊」持ってくることになっていた子どもたちは、リンゴの連想ゲームをしたあと、リンゴを「本」に持ち替えて連想ゲームをした。そこで得原ナビが紹介した編集術は「キーワード・ホットワード」。「さっきはリンゴという情報を真ん中にしていろんな情報を出してくるというゲームをやりました。今度は、みなさんが持ってきてくれた本のキーワードを真ん中にします。キーワードってなにかっていうと、この本を人に伝えるために絶対に逃せない言葉。その周りにはホットワードというのを書きます。ホットワードというのは…」
▲キーワード1つ、ホットワード3つをあわせて4つの情報(付箋)にする。「さっき4枚の絵を並べ替えて物語をつくったのと同じように…」と得原ナビが手順を説明をすると、あら不思議、4つの付箋から物語がつくれてしまう。もちろん、ああでもない、こうでもないと付箋を動かして試行錯誤する。そうしているうちに伝えたい〈順番〉が決まってくる。〈順番〉を決め、〈伝えたい相手〉も決めて右側の吹き出しのなかに文章を書けば「大好きな本を人に伝える」ためのメッセージの完成だ。これより長い読書感想文にもこの編集術は大いに使える。
▲孫兄弟、母、祖母の3世代で参加されていたご家族。子どもたちと一緒にお母さんやおばあちゃんもワークに参加してくださった。
▼孫が好きな『妖怪大戦争』の紹介文におばあちゃんも挑戦!
こうして好きな本にまつわる紹介文が続々と生まれ、帰り際にはたくさんの参加者から「たのしかったです!」という声が聞えてきた。お世辞抜きに1年でもっとも沸いた編集ワークショップだ。最後にもうひとつ、この編集ワークショップならではの光景を切り取っておこう。
ナビゲーターの得原が、繰り返し子どもたちに伝えていたことがある。
本のなかに「どんなことが書かれているか」はインターネットでも調べられるけれど、「あなたがどう思ったか」はどこにもありません。だからこそ、「わたしはこの本のここを伝えたい」とか「ここを知ってほしい」とか「ここが大好きなんだ」いう気持ちを込めて文章を書いてみてください。
自分の「好き」という気持ち、これを大切にしてほしいというメッセージ。やわらかな笑顔の奥で、得原の言葉の熱量がどっと上がっていた。
▲部屋中を歩き周りながら気さくに話しかけていく得原ナビ。対話を通して子どもたちの気持ちを自然と引き出していた。得原は現在、イシス編集学校応用コース[破]の師範をつとめているが、ふだんは理学療法士としてバイオメカニクスの指導や記事執筆をしている。かと思えば、リヤカーに遊び道具を積んで子どもの遊び場を出前する「プレイリヤカー」の活動もしたりと八面六臂の大活躍だ。学校での教員経験もあり「自分の意見を言える大学生や専門学校生がとても少ない」と感じる一方、子ども編集学校は「言語版のプレイパーク」だと愉しそう。
ワークショップの締めくくりには、イシス編集学校局長・佐々木千佳がマイクを握った。
AIが”正解”を与えてくるような世の中で、自分のなかの〈好奇心〉をどう出すか。そこにいろいろな編集の方法が生きてきます。
▲佐々木局長は編集学校誕生以前から松岡正剛監修の教育ソフトの構想や開発に携わり、「子ども編集学校」の生みの親でもある。ちょうど3年前の年の瀬、佐々木はこう語っていた。「子どもが育つ環境を、大人がもう一回考えていきたいですよね。たんに流行り物で埋めてしまうのではなくて、なにが必要か吟味する。それも編集学校のミッションのひとつかなあと思います」
わずか90分という短い時間ではあったが、得原が子どもたちに手渡そうとし、佐々木が見守っていたものは、たんなる読書感想文のノウハウではない。子どもたちひとりひとりに宿る「心」の大切さと、そこにつながる「方法」をこそ伝えようとしていた。
編集は沸き立つ「好き」や「好奇心」にはじまる。それらを磨滅させてはいけない。子どもたちがいきいきと生きていくために。
福井千裕
編集的先達:石牟礼道子。遠投クラス一で女子にも告白されたボーイッシュな少女は、ハーレーに跨り野鍛冶に熱中する一途で涙もろくアツい師範代に成長した。日夜、泥にまみれながら未就学児の発達支援とオーガニックカフェ調理のダブルワークと子育てに奔走中。モットーは、仕事ではなくて志事をする。
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