花伝所出ると優しくなれる? 写真でわかる「イシス式指南術入門」開催 【36[花]受付開始】

2021/08/27(金)17:48
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Instagramは雄弁だ。1枚の写真。そこには撮影者も映り込む。年齢、性別、暮らしぶり。写真はカメラマンの意識を映し、鑑賞者はそれも受け取る。伝わる情報は、被写体だけではない。SNSを見慣れた現代人には言うまでもないだろう。

 

イシス編集学校に入門した学衆がこぞって驚くのは、師範代が繰り出す《指南》である。コップの使い方を列挙しただけなのに、どうして私の生活までわかるのか。師範代は黒魔術でも学んでいるのか。師範代を歴任したプロテニスコーチの吉井優子(35[花]錬成師範)はさっぱりと語る。「イシスの指南はすごいです。でもすごい人しかできないものではありません」

 

指南とはなにか。8月22日(日)、師範代を養成する花伝所は「イシス式指南術入門」と題して、エディットツアーを行った。「型の稽古はインナーマッスルの鍛錬に似ている」と語る深谷もと佳(花目付)が解き明かしたのは、指南の骨法である《エディティング・モデルの交換》。これは具体的にいえば、写真の読み方であり、指南の秘密であり、つまるところ私たちのコミュニケーションの作法だった。

 

 

■ 「相互作用するシステム」
  「相互に記譜しあうスコア」とは

 

イシス編集学校の[ISIS] とは、息を吹き返したイスラム国のことではなく、エジプト神話の女神であり、[Interactive System of Inter Scores]の略語である。松岡正剛は「相互的情報編集記譜システム」などと訳す。いったいこれは何を指すのか。深谷は、Zoom越しにヒマワリの写真を見せ、参加者に感想を問うた。

 

「ヒマワリの写真は、夏っぽいです」「青空の高さを感じます」参加者はあたりまえに察知している。この写真が撮られた季節や場所を。

深谷は満足げに頷く。
「写真は、かならず撮った人がいて、いっぽうで見ている人がいます。つまり、情報というのは発信者がいて、それを受け取る受信者がいるわけです」 
発信者は、青空も生い茂る緑もある草原のなかから、ヒマワリという花を被写体に選び、印画紙に焼き付けた。そこから受信者は、夏という情報を取り出した。「情報は、発信者と受信者によって相互に記譜されているとはこういうことです」

 

私たちがコミュニケーションをするとき、ヒマワリが咲いているという情報だけをやりとりするわけではない。発信者がどのように世界を切り撮ったかという《エディティング・モデル》ごと、交わし合うのである。
これは決して特殊な話ではない。「涼しいですねえ」というセリフも、晩夏の都会で聞くのと、雪深い山奥で耳にするかによって意味するところが変わる。私たちは無意識に、エディティング・モデルの交換をおこなって日々生きている。

 

 

▲深谷によるスライドの一部。Keynoteでアニメーションごと作り込まれた21世紀の板書。

 

 

■ 花伝式目で読む、『文体練習』

深谷は、ある本を持ち出した。校長松岡正剛が「編集稽古の原点」
と語るレーモン・クノー著『文体練習』である。
この本は、あるバスのなかにソフト帽をかぶった26歳くらいの男がやってくるという些細な出来事を、99通りのエディティング・モデルで書き分けた快著だ。
「今日バスに乗って[…]おったら、横に小生意気な青二才がおってな」と聞けば、話者は若い男を苦々しく思う老人だとわかる。
「ねぇねぇ、この前さぁ、お昼にぃ、バスとかのぉ」と聞けば、退屈しのぎに友だちとしゃべる舌足らずな女子生徒が想像されるだろう。

 

私たちは日常で、無意識にエディティング・モデルの交換を行って生きているのだ。この無意識のやりとりを、意識的に訓練するのがイシスでの稽古である。

 

編集稽古の現場では、学衆がお題に回答し、師範代がそれに指南をつける。このプロセスを通じて、ヒマワリの写真からカメラマンの汗を想像したように、師範代は学衆のエディティング・モデルを浮き彫りにしていく。1ターム4ヶ月のあいだ、小学生の女の子から大企業の営業部長まで多種多様な10名前後の学衆の脳内に潜り込む。それぞれまったく異なる情報処理のプロセスを明らかにする超人的なはたらきを師範代はなぜできるのか。そのメソッドが花伝式目に説かれている。


「相互記譜というインタースコアを起動させるエンジンとなるのが、師範代という存在です」
ある情報に注目し、その可能性を広げるのが師範代。

「その役割は、編集学校のなかだけでなく、社会全体に求められている」と深谷は締めくくった。

▲配信は豪徳寺ISIS館 本楼より。左から、吉井優子、深谷もと佳、中村麻人、田中晶子がディスタンスを取りながら一直線に並び、カメラが追う。コロナ時代のツアースタイル。

 

■ メッセージは型で受ける

深谷の理論レクチャーを受け、実際の師範代がどのように回答を読むのか実践してみせたのが中村麻人(錬成師範)だ。中村はワクチン接種に出かけても、待ち行列解析を行い、脳内に数式が浮かんでしまうほど生粋のデータサイエンティスト。映像教材は、かつてTBSテレビ「オトナの!」で放映された、松岡がユースケ・サンタマリアに茶碗の言い換えをうながし、口頭指南したシーン。
中村は「メッセージは型を含んだものと捉える」という視点から、編集術という型で学衆回答を受け止める方法を伝えた。

▲大谷翔平好きの深谷の隣に座るのは、i-Gen中村。ラップトップでスライドを操作しつつ、スマホで参加者のチャットを追う二刀流。

 

 

■ 身につくのは情報処理と、
  やんちゃな子への慈愛のまなざし

イシスの秘伝とされる花伝式目の理論から実践までを披露した今回のエディットツアーは、「入伝式を超える」と田中晶子(花伝所長)が唸った。そこに色を添えたのが、この夏35[花]を放伝したばかりの新師範代3名である。10月から48[守]の登板を控える秦祐也、大濱朋子らは、加藤めぐみ(錬成師範)による「モノ語りで自己紹介」というワークに、テーブルコーチとして加わり、未入門者を含む10名の参加者に指南で応じ、質問にもこたえた。

▲お気に入りのモノをパペットにして、自身を語らせる新師範代。左上から、秦祐也(&選びぬいた南部鉄器の鉄瓶)、大濱朋子(&気泡入りの琉球ガラスのコップ)。右下が、師範代の発表にうなずく加藤めぐみ(紙コップそっくりの木製コップがフェチ)

 

参加学衆は悩んでいた。
「花伝所は過酷と聞いて迷っています」
「師範代は私には荷が重いと思うのですが……」
学校教員の大濱は、凛々しい口ぶりだった。
「仕事では、やんちゃな子に手を焼いていました。でも花伝所を経て、そういうはみだし者が愛おしく感じるようになりました」

花伝所で学ぶのは、情報の扱い方だけではなく、人に向き合う作法なのかもしれない。ソリッドなコミュニケーション理論から他者への慈愛まで、花伝式目を蒸留した2時間だった。

 

 

36[花]、申込み受付中 突破者限定、先着24名。
https://es.isis.ne.jp/course/kaden

 

 

▲オンラインでの配信はダンドリ命。田中晶子(所長)による綿密な手書き次第。田中は濃厚な式目語りに酔ったのか、帰りがけ自転車で転び、膝から流血。

 

写真:田中晶子

スライド:深谷もと佳


  • 梅澤奈央

    編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
    イシス編集学校メルマガ「編集ウメ子」配信中。