自分史をビジュアル化し、一枚のグラフィック・アートにする――クロニクル編集術の「全然アートなわたし」は、突破要件に入らぬ番外稽古ながら、[破]の講座で学んだ方法を味わい尽くせる格別なお題だ。感門之盟を一週間後に控えた3月1日、このお題に回答した53[破]の学衆と講評を担当する指導陣、そして旅めくワールドモデルに誘われた道づれチャット衆の総勢24名が、オンラインの画面上で一同に会した。
[破]で挑む自分史は[守]の編集稽古010番「たくさんのわたし」の進化版だ。人は生まれ落ちるや、いくつもの場所を渡り歩く。仲間や仕事、趣味や書物と出会い、身も心も変化させていく。ときに苛烈な個となり、またときには同時代を生きる人々の類型にもなる。動き続ける複雑なその風姿を、いかにして二次元の画面にピン止めしたのか。別院企画「五十三次道連れアート展」にエントリーした参加者は、おのおの90秒の持ち時間で、グラフィック制作のプロセスを語っていった。
声文字X教室学衆の後藤有一郎さんは、締め切りが一日延びたと知り休日を利用してお題に取り組んだ。年齢と同じ数だけの同心円を、少しずつずらしながらフリーハンドで描き、樹木の年輪に見立ててクロニクルの地とした。しかしその緻密すぎる出来映えに、自筆の図だと気づく者は少なかった。師範代には等高線かと問われ、がっかりしたという。しかし白川雅敏番匠は「等高線に見えたのは周辺に配置した写真からの連想だろう。でもそんな偶然こそ生かすといい」と面白がる。プロのグラフィック・デザイナーである野嶋真帆評匠も、「異なる種類のオーダーを共存させられるのがビジュアルの醍醐味。いっそ“等高線年輪”のように、今までにない言葉を作ってもいいのでは?」と評し、相似律のいたずらに揺れる後藤の歴史的現在を、スパッと伐った。
自動車メーカーに勤める、なんでもデコトラ教室学衆の小名国仁さんは、メリハリのある画面構成が得意手だ。月なるものに向かって飛び上がるイメージを、宇宙の世界観で表現した。映画のようなタイトル、特徴あるフォントに講評陣から質問が寄せられると、ガンダムやエヴァンゲリオンへのミクロな数寄がこぼれた。野嶋評匠は、並んだ歴象を導く矢印に目をとめ、「記号を使わず、パーツの遠近感で方向を表現する方法もある」と、読み手の推感を知覚的にマネージするコツを伝授した。
無限大、はらぺこあおむし、文鎮といった寓意性のあるモデルで未来へ向かう躍動感を型抜きした作品もあれば、生成AIとの対話的創造という方法に、ひたむきな半生をパッケージした作品もある。触発ボタニカル教室の中野恵介さん、アガサ・フィーカ教室の須永修枝さん、潮目ディナジー教室の家村吏慧子さん、世界にダブルページ教室の登田一穂さんだ。戸田由香番匠が無限大のマークからストレンジ・アトラクターを連想すれば、小林奈緒師範はエリック・カールの絵本のストーリーを紐解く。北原ひでお評匠はナミブ砂漠と文鎮の鉄つながりを発見し、白川番匠はAI画像の一隅にレッド・ツェッペリンの歌詞を読みとった。
プロ顔負けのアート作品としてひときわ目を引いたのは、こちらの二作品。アガサ・フィーカ教室のグッビニ由香理さんは、『星の王子さま』の世界観をベースに、水彩で着色したパーツと写真をコラージュした。やわらかな質感をもった絵の具の滲みは、中尾行宏師範に、幼心にかける幻の電話を思い出させる。同じくアガサ・フィーカ教室の前嶋敦子さんは、マーブリングの手法を用いてクロニクルのベースを作成。あらわれた偶然の形をもとに自分史の記憶を呼び起こし、鳥やピザ、そして青島の地にそそり立つ反日のモニュメントを描き込んだ。「正直、年表としてはよくわからない。でも我が家の壁に飾っておきたいくらい素敵」と戸田番匠は声を潤ませる。
最後は四賞の発表である。特に評価の高かった作品には、中国の伝統的な書画鑑賞の基準「神品・妙品・能品」に肖り、「神撥賞・妙畔賞・能弧賞」と名づけた作品賞が贈られた。合わせた漢字は、いずれも感門之盟のテーマである「橋」にちなんでいる。このほか、一般的な評価の基準からは外れるものの、動かしがたい魅力を秘めた別格の作品に「逸橋賞」が贈られた。
◆神撥賞:板垣美玲さん
(なんでもデコトラ教室)◆妙畔賞:グッビニ由香理さん
(アガサ・フィーカ教室)◆能弧賞:後藤有一郎さん
(声文字X教室)◆逸橋賞:前嶋敦子さん
(アガサ・フィーカ教室)
神気みなぎる色彩感覚・撥ね橋のようにメカニックな構成力で見事「神撥賞」に輝いたのは、なんでもデコトラ教室の板垣美玲さんの作品。キーイヤーを平成16年としたのは、自分の中に沸々とたぎる数寄パワーを発見した年だからだ。その力強さは、まるで醸成されるマグマのようだったという。イシス編集学校に入門した2024年、それらは「プロレス・猫・芭蕉」の三位一体として大爆発。飛び散った火の粉が、知らず知らず出会ってきた、けれども確実に現在の自分を形作っているたくさんの数寄に気づかせてくれた。野嶋評匠は「板垣さんが肖った双六というモデルは、流れと区切りの両方をもっている。これがメッセージを運ぶ文脈・分節になり、とても読みやすい年表になった。火山の爆発にもいろいろな段階があるので、全体が物語のようですね」と絶賛した。
図解は、松岡校長が特に大切にしていた方法の一つである。編集学校が開校した2000年当初は、通信技術の遅れからインターネット上の稽古に取り入れることは難しかったが、今や機は充分に熟したといえよう。新たな歴史的世界観の地平を拓くのは、テキスト解釈とイメージ解釈とが共根的に一緒に進む「グラフィック・エディティングな複合知」だ。一途で多様な花を咲かせつつ進化を続ける[破]学衆のグラフィック術に、原田淳子学匠も「人の印象に深く刻まれる、他にはない自己紹介の方法を手にしたみなさんは誇りを持ってほしい」と目を細めた。作り手と読み手の絶え間ない交歓はチャット欄にもあふれ、あっという間に二時間が経過。ほくほくとした熱気のうちにアート展はお開きとなった。
文:吉田麻子(53[破]師範)
すべての作品には、江戸時代の小料理一品と千夜千冊エディションをセットにした写真が、師範の吉田麻子から贈られた。料理のレシピは、江戸時代研究家である杉浦日向子さんのエッセイ『一日江戸人』を参考にしている。それぞれどの作品と対応するか、推理してみてほしい。
イシス編集学校 [破]チーム
編集学校の背骨である[破]を担う。イメージを具現化する「校長の仕事術」を伝えるべく、エディトリアルに語り、書き、描き、交わしあう学匠、番匠、評匠、師範、師範代のチーム。
12月21日午後、本楼のブビンガの上にはたくさんの本が所狭しと並んでいた。大きさも装丁もさまざま。全て、松岡正剛が手がけた本だ。中古本の市場でもなかなか見つからない「レア本」も含まれている。 選書したのは[ […]
52破別院に、第2回アリスとテレス賞の概要が発表された。対象となるお題は〈物語編集術〉である。細かなルールを駆使して観客の類推をねらったイメージへと導く映画の方法に肖り、テキストベースの新たな物語を書く、たいへんクリエ […]
現在の51[破]は、物語編集術のアリスとテレス賞の締め切りまで1週間を切り、「彼方への闘争」という英雄伝説的な佳境をむかえている。各教室では回答と指南が飛び交っている。なんとか声援をおくれないものかと思う。 […]
「break/破」の先に見た<未来>【50破学衆、早稲田祭でのリアルプランニング】
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「らしさ」のユニフォームをまとって 51[破]快進撃の秘訣は錬破にあり
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