鬼ごっこといえば子どもたちが大好きな遊びだが、大人たちが追われている鬼No.1は「〆切」かもしれない。イシス界隈をつねにうろつき、講座の修了を言祝ぐ「感門之盟」前もやたらと人を追いかけているのが目撃された〆切鬼。なかでも映像ディレクター小森康仁はもっとも人目につかないところで追われていたひとりだろう。果たして無事に逃げ切れたのか?!裏方として奔走する小森を追いかけた。
Day1・Day2と2日連続で開催された感門之盟、その端々で流される映像制作が小森のミッションのひとつだ。素材集めが難航していたDay2のオープニング映像「編集アンソロジー」は、本番4日前に無事完成。あとは心穏やかに本番を待つだけかと思いきや、波乱が待っていた。
9月14(木)から2夜連続で行われたリハーサルが終わり、翌日の本番に向けて登壇者たちは帰宅した15(金)の夜。小森はDay1のオープニングで流す映像を校長松岡正剛に見せた。
これではダメ。分かりやすいものはいらない。もっとゴーストやデーモンを出入りさせなさい。
深夜0時の校長ディレクションだった。映像が使われるのは翌日13時。小森だけでなく編工研のスタッフが必要な作業を買って出た。吉村、橋本、衣笠、山内はあらたな映像素材を慌しく集め、デザイナーの穂積はひたすら画像や文字に手を加える。そうして素材集めや下ごしらえがあらかた終わったのが草木も眠る丑三つ時。まさにゴーストやデーモンも出入りしそうな時間だが、ここから先は小森がすべてを引き受け映像の再編集をかけていく。夜通し〆切鬼が小森を追いかける本番前夜となった。
すっかり朝日も昇ったころ、ようやくDay1のオープニング映像が完成した。猛ダッシュで鬼を振り切った小森だが、ゆっくり休む暇はない。朝から司会や登壇者が本楼に集まり、当日リハーサルが行われるからだ。最終チェックがひととおり済むや、おめかしをした参加者たちが続々と到着。あっという間に本楼は満席になり、Zoomにはオンライン参加者の名前が並んだ。
13時、一瞬の静寂のあと、朝仕上がったばかりのオープニング映像がスタート。第82回感門之盟〈Edit Demonstration〉 Day1の幕開けだ。約4分間、ゴーストやデーモンが跳梁跋扈する映像が高速に流れ、耳には不気味なヴォーカルがまとわりつく。たかが4分、されど4分。「いまこそ編集モンスター(monster)を外に(de)出せ!」という強烈なメッセージの嵐が、一気に参加者たちを襲った。
▲圧巻の映像をお見せできないのが残念だが、映像のなかで映し出された言葉の一部を集めたものがこちら。6つの編集ディレクションの言葉が踊り、妖しげなものたちを誘い出していた。
本番開始後、小森は本楼のテクニカルブースに常駐した。複数台のカメラがとらえる映像を切り替えて臨場感ある映像を演出する「スイッチャー」を担当しながら、映像だけでなく音響や照明など多方面をケアする。
▲黒い服に身を包んだ「黒膜衆」は、感門之盟をはじめイシス編集学校のあらゆるイベントを演出するテクニカルモンスター集団。小森は本楼全体を見渡せるポジションで、場の隅々に注意を向けていた。
20時すぎ、Day1のプログラムが終了した。食事や翌日に向けての準備などを終え、参加者やスタッフは徐々に本楼からはけていく。が、小森の仕事はここから。感門之盟Day2のラストを飾るエンディング映像制作という大役があるのだ。カメラマンの後藤由加理や小山貢弘がそこら中を駆け回って撮影したDay1の全写真データを受け取り、PCに向かって選別作業をはじめた。
▲「後藤さんと小山さん、2人分あわせて3000枚くらいあるね。Day1の写真はここからだいたい80枚くらいに絞っていきます」。この時点で時計は22時を回っていた。
感門之盟2日目も当日リハーサルを経て、13時に本番がスタート。オープニングでは新作の「編集アンソロジー」映像がついにお披露目された。
▲こちらも映像をお見せできないのが残念だが、映し出された言葉の一部を集めたものがこちら。さまざまな分野で「編集」が語られていることを実感できる。本や音楽や映画など、ぱっと編集と結びつく業界だけではない。スポーツ選手や建築家や実業家や物理学者や登山家など、一般にイメージが遠いように思われる人々からも「編集」という言葉が次々に飛び出した。
▲本楼の本棚上段にあがり、Day2のオープニング映像を静かに見つめる小森
Day2の本番中、小森は1Fの本楼と3Fのデスクを行ったり来たりしていた。大きな機材の移動や設えの変更など、本楼で力のいる作業があれば颯爽と駆けつけ、デスクに戻れば映像づくりに集中する。
▲いつでも怪力こもりさん
▲(左)集中(中)息抜き(右)ピンク大好き!こもりさん
Day2ではときどきカメラマンから「ブツ」を受け取るという仕事も欠かせない。プログラムの合間にはさまれる休憩時間に本楼の裏口あたりで落ち合う手筈になっていて、休憩のたびに1Fに姿を見せ、さっと用を済ませるとすぐさま3Fへ戻っていった。
▲カメラマン小山と小森、黒服同士の怪しげな取引のブツは「写真データが入ったメモリカード」。Day1のように最後に全データをもらうのでは間に合わないため、休憩ごとに1Fでデータを受け取り、3Fでデータを取り込んで映像を更新・編集していくという地道な作業だ。
そんなことを繰り返しているうちにDay2も日が暮れ、外はすっかり真っ暗に。19時半を回ったころ、司会が最後の休憩をアナウンスした。このあとはクライマックスの校長校話が続き、それが終わればエンディングだ。
さて、小森はここから何をするのか。最後の休憩では、ひとつ前の休憩明けからカメラマンが撮影したデータをごっそり受け取った。データは約2時間分ある。急いで3Fへ持ち帰り、たくさんの写真から使う素材を選別し、校長校話が終わるまでにエンディング映像を仕上げねばならない。次第を見ると、校長校話は約1時間の予定となっている。つまり、小森に残された時間もあと1時間というわけだ。
こうなると〆切鬼が一気に迫ってくるが、小森はさらに険しい道を選ぶ。映像ディレクターのプライドをかけて最後の最後までエンディング映像に盛り込むべく、校長校話の途中で写真データを受け取ったのだ。猛然と追いかけてくる鬼の足音を聞きながら、小森も負けじとスピードを上げる。誰もいない編工研の3Fで、ひとり編集大激走を繰り広げていた。
▲校長校話の途中、写真データを大急ぎで取り込む
▲校長校話の終了予定時間まであと30分!!
われわれは、ときどき「隠るるもの」「モンスター」と出会う必要があるんですね。また、「わたしたちの中に潜んでいるモンスター」とも出会う必要がある。
Day1冒頭に閃光のごとく放たれた松岡校長の言葉から、エンディング映像ははじまった。2日間、本楼とオンラインで顔を合わせた人たちが画面のなかをやさしく横切っていく。装いも語りもエレガントに進行する司会、4カ月を共にした一座の稽古ぶりを誇らしげに語る学匠や番匠、一番近くで見てきたからこそ湧き出る言葉で師範代をねぎらう師範、教室への思いが溢れて止まらない師範代、壇上でスピーチをする“わが師範代”をじっと見つめる学衆、晴れやかに放伝生を送り出す花伝所の指導陣、いよいよ教室名発表の場に立つ新師範代…。壇上だけでなく、リアル/オンラインのいたるところで感門之盟を創りあげてきた人たちの姿がシャボン玉のようにつぎつぎと現れては消えていった。
最後に、第82回感門之盟にかかわったすべての人の名前がエンドロールで流された。どこか儚く、どうにも恋しい感門ラストのシャボン玉。ひたすらそれを追いかける人たちの潤んだ目が、とてもきれいだった。
▲エンディング映像がはじまる直前、司会に呼ばれた小森。ふだんはカメラの前に立たない陰の立役者が画面いっぱいに映り何事かとおもっていると、松岡校長から「映臣」(えいじん)というロール名が贈られたことが明かされた。小森のためだけの校長のネーミング編集だ。怒濤の感門鬼ごっこを人知れず乗り切った男は、ロールを纏い、カメラを抱え、シャボン玉の吹き棒とピンク色を忍ばせて、今日もどこかであらたな鬼に追われている。
福井千裕
編集的先達:石牟礼道子。遠投クラス一で女子にも告白されたボーイッシュな少女は、ハーレーに跨り野鍛冶に熱中する一途で涙もろくアツい師範代に成長した。日夜、泥にまみれながら未就学児の発達支援とオーガニックカフェ調理のダブルワークと子育てに奔走中。モットーは、仕事ではなくて志事をする。
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