生きることは霧とともにあること――今福龍太『霧のコミューン』発刊記念ISIS FESTA SP報告

2024/11/25(月)17:00 img
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 あの日、本楼を入る前に手渡された和紙の霧のアンソロジー集には、古今東西の先達の言葉が配されていた。多彩なフォントの文字たちのなかで、水色の「霧」が控えめにその存在を今も主張している。


 ISIS FESTAスペシャル「今福龍太『霧のコミューン』生者から死者へ 死者から生者へ」(10月6日)の冒頭、本楼の灯が消えた。一同で洞窟に入り込んだかのような暗がりのなか、今福さん自作の霧の映像作品が流れる。この映像を見るのは7月の青貓堂セミナー以来2回目。設えが異なるせいか、前回とはまったく異なる体験となった。音に注意が集中し、琴の音が重ねられていたことにも気がついた。

 


●モードを感じて選ぶ

 「生きることは夢、夢こそが生きること。霧のコミューン、この瞬間にひらく永遠の秘められた名前」。今福さんの朗読の後、映像がフェードアウトし一瞬の静寂が訪れる。灯りが点り、アンソロジー集に沿って今福さんの語りが再開する。ラインナップが、当初からずい分と変化しているとのこと。「みなさんにも、自由に付け加えていってほしい」。

 

I must go in, for the fog is rising.
私は入っていかねばなりません、霧が立ちのぼってきたのですから。

 

19世紀のアメリカの小村でひっそりと言葉を紡ぎ続けエミリー・ディキンスンが、亡くなる直前に発した一節が一番最初に掲げられた。短い言葉のなかに、「生」とは別の「死」というモードに向かって自らを変身させていく決意が覗く。それを祝福するかのように霧が包む。「ディスキンスンは「死」を「生」とは少し違った存在のし方のモードのひとつと捉えていたのではないか」と今福さんが仮説する。「このような霧のなかになら、私も入っていきたくなってしまいそう」との言葉に思わず頷いた。「大袈裟な決断ではなく日々の小さなモードの差異を感じて選ぶこと、その積み重ねが存在の有り様を決める」。小さな溜息を漏らしてしまった。一秒でも速く事が片付くほうを選択することばかりの日々。紙とペンを選ぶことはおろか、手紙を書くことも久しくしていない。手元の和紙の表裏の手触りの違いに改めて気づく。

 

 

 

●小さな差異を見出す

 「予兆」と「予測」、二つの言葉の違いを明快に語り分けることができるだろうか。後半の語りで、今福さんは言葉にこだわって話を進めた。霧を何かの「予兆」として捉えてみようというのが、『霧のコミューン』の提案のひとつである。「予兆」というのは、何かがもたらされそうだと感じながら、何がもたらされるかがわからない状態。わからないながらも、そこに何らかの「兆し」を感じている状態である。「予測」は、因果関係によって行き着く先を示す。そこには、私たちが意志や希望を差しはさむ余地はない。業績見通し、需要予測、様々なシミュレーション、現代は予測に溢れる。ディープラーニングに生成AIと、予測を支える技術は更新を重ね続けている。

 

 「生成」、今福さんは、この言葉にも一石を投ずる。生成AIに代表されるように「新たなものを生み出すこと」という表層的な意味に捉えわれるべきではない。「生成」は、ある予兆や偶然から何かが形を成しては崩れ、別の形を生む。瞬間瞬間で変化を重ねる動的なプロセスでもある。

 

 「予兆」と「生成」、ふたつの言葉から、死の床にありながら、恐れに溺れることなく、何か別のものになっていくプロセスに身を委ね、言葉を紡ぐことをやめなかったディスキンスンの姿が再び立ちあがった。

 


●「霧」状態に挑み続ける

 「編集」と出会って以降、あらわしきれないこととあらわしきることを行き来し続けている。たくさんの言葉の間から「これかもしれない」という言葉に出会ったときの小さな悦びが日々を豊かにする。形になりそうな兆しを追いかける日々は、まさに霧状態。これは、どのようにもなれる可能性を含んだ「自由編集状態」とも言い換えられるだろう。


 「組織の論理に絡めとられることなく、自分の身体を通じて小さな差異を感じられる状態を保つこと。それに挑み続けることです」。ISIS FESTAが終わってからの対話で、今福さんからエールをいただいた。教える・学ぶの二項対立的な大学システムから脱して、奄美自由大学という小さなコミューンを立ちあげた体験を踏まえての言葉は、胸に響く。今福さんとのコラボレーション【多読アレゴリア・群島ククムイ】は、今福さんのブラウザーに各々のエディットを重ねて、いつもとは異なるモードに遊ぶ場だ。「生きることは、霧とともにあり続けること」の実践である。

 

 

 

 


★多読アレゴリア「群島ククムイ」
【定員】20名
【開講日】2024年12月2日(月)
【申込締切日】2024年11月25日(月)
【受講費】月額11,000円(税込)
*2クラブ目以降は、半額でお申し込みいただけます。
1クラブ申し込みされた方にはクーポンが発行されますので、そちらをご利用の上、2クラブ目以降をお申し込みください。
【開催期間】2024冬 2024年12月2日(月)~2025年2月23日(日)以後順次決定

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  • 阿曽祐子

    編集的先達:小熊英二。ふわふわと漂うようなつかみどころのなさと骨太の行動力と冒険心。相矛盾する異星人ぽさは5つの小中に通った少女時代に培われた。今も比叡山と空を眺めながら街を歩き回っているらしい。 「阿曽祐子の編集力チェック」受付中 https://qe.isis.ne.jp/index/aso