インターナショナル、インターチェンジ、インターミッションなど、接頭辞のインターには、「~の間」といった意味がある。毎日触れるインターネットは私と世界の間を接続し、四方八方から飲み込んだ清濁併せもつ情報を日々交わしあう。「際で交わる」インターには、あらゆるものを渦に巻き込む力がある。イシス編集学校には、インターに肖り、本と人を際で交わせる「インター・ブッキング」と呼ばれる宴がある。守花合同開催の第86回感門之盟で、イシス編集学校の文化である本の祝宴が開かれた。
42[花]「インター・ブッキング」の選本テーマは、第86回感門之盟のタイトルでもあるSPIRAL。SPIRALとは、螺旋、渦巻きを意味する。自分の指紋に目をやると渦を見つけた。頭のつむじは螺旋を描き、生命の持つDNAは二重螺旋構造だ。ビルトインされた渦もあれば、螺旋階段、鳴門の渦潮、推し活のウズウズ等、外にも渦がある。SPIRALの意味のシソーラスを広げ、注意のカーソルとフィルターを動かしながら、宴で交わす本を選んでいく。
六万冊の本と松岡正剛校長の気配と面影が残る本楼が、祝宴会場である。受付で渡した選本は、イシス編集学校のオリジナルカバーがかけられていた。机上には、29冊の本が並び番号が割り振られている。くじでランダムに引き当てた番号の本が手元に届く仕組みになっており、本のタイトルも中身も、自分の手で開けてみるまでは、わからない。伏せられた本との出会いは、未知との遭遇だ。自分の選択基準を常に飲み込み、過去の既定路線を外さずに、本をリコメンドするAmazonの届き方とは違う。29名の自分ではない他者の存在と伏せる情報があるから、邂逅がある。
第86回感門之盟テーマ「EDIT SPIRAL」オリジナルカバー
◼️引き当てた本は偶然か必然か
「私、オックスフォードに1年間いたんです」江戸研究者であり、風雅に着物を着こなす田中優子学長から、英国留学時代のエピソードが飛び出した。放伝生達は、江戸のイメージからの振り幅に驚く。優子学長の英国留学時代の記憶を引き出したのは、平野しのぶ花目付の選本『英語と英国と英国人』だった。16歳の時に目の当たりにした英国の多様性とるつぼに、うずうずした経験からの選本だという。くじで偶然手にした本が、平野花目付と優子学長の英国記憶をアワセ・カサネ、相互に交じり合うのは必然か。
英国留学時代の記憶をカサネ少女のように微笑む優子学長
ーー憧れが産んだスパイラルーー
イシス編集学校学長であり、42花放伝生でもある、ポリロールな優子学長の選本は、自著『布のちから』だった。本と邂逅したのは、桜色の着物に包まれた破の原田淳子学匠である。聞けば、年間スケジュールを組んで着物ファッションを編集する優子学長に憧れていたという。萌黄色の布をまとう憧憬の人からの選本を手にし、原田学匠の驚きと笑顔がスパイラルされていく。
憧れの人からの本を引き当て悦ぶ原田学匠
ーーFrom志穂 To志穂ーー
次期55守「山派レオモード教室」の田中志穂師範代が選んだ本は、感をコンパイルする芸術論三冊のうちの一冊『芸術と革命』。だが、未読な選本であったため、読了したら本を交換して一緒に楽しみたい!のだという。その想いを引き当てたのは、同じく55守「ヤキノリ微塵教室」の辻志穂師範代だった。読了を託した相手が同期で、かつ同名の「志穂」だったのは偶然か。山派の志穂を、ヤキノリで海派な志穂が受け止めた。
山派レオモード教室の田中志穂師範代
ヤキノリ微塵教室の海派な辻志穂師範代
ーー本が起こす笑いの渦ーー
山形で老舗和菓子屋を経営する伊藤舞の選本は『育ての心(上)』。編集コーチ養成所の花伝所にとって、育てはキーワードだ。この本を引き当てたのは、25年にわたり多くの編集コーチを育てあげた田中晶子所長だった。「まだまだ、育ての心が不足しているということ。(上)をもらったので、(下)は自分で買って読みます」とコメントし、笑いの渦を引き起こした。
歓呼の声が渦巻く会場では、花伝式目の受容・評価・問いの方法と本が重ねられ、情報に潜む価値に光が当てられていく。多様多彩なインタースコアは、たくさんの私を開かせる。放伝式開始を知らせる鐘の音が鳴り、続きはアフ感で交わすことになった。
「育ての心(上)」を選本した伊藤舞師範代
◼️アフ感も 渦巻く声は 止まらない
アフ感とは、アフター感門之盟の略称であり、アフターは「~の後」を意味する。宵の部は、豪徳寺の街中華2階で行われ、平野花目付・大濱師範・新垣師範の琉球サローネ三女の「カリー!カンパイ」でスタートした。
沖縄の風がSPIRALするアフ感
「この本は、知を発酵させ、変容を目指すあなたへのプレゼント」「こちらとあちらをスパイラルに結んでくれる本」「小学生の私に渦をくれた本」「古典の言葉は時を超える螺旋」「時代の渦を切りだした極上のエッセイ」本を間に交わす言葉から、エディティング・モデルの交換がなされ、別様の可能性が生まれていく。
私の選本は『「その日暮らし」の人類学 ~もう一つの資本主義経済~』だった。著者は文化人類学者の小川さやか氏で、AIDAのゲストとして登壇されている。著者の「不確実性が不安でしかなく、チャンスとは捉えようがない社会は病的かもしれない」というメッセージに巻き込まれ、選んだ本である。この本を受け取ったのが、林朝恵花目付で驚いた。2017年「全部らくだ教室」の汁講で開催されたインター・ブッキングで、私は林花目付の選本『砂の女』を受け取っていたからだ。8年の時を超えた本の交換が、らくだ学衆のわたしを重ねて、スパイラルした。
そして、この日、私が新たに受け取った本は、齋藤成憲錬成師範の選本『数学する身体』だった。「擬いて数学者になりきってみよう」と書かれたメッセージに、「はて、なりきれるのか?」と不安を抱きながらも、自分では出会えない本との出会いに、ウズウズした。
スパイラルをテーマに選んだ本は、自分と他者を多様に関係づけ、問・感・応・答・返の渦を巻き起こし、未知と既知の間をつなげていく。私たちはもともと、自分だけでは完結できないあいだ含みの自己であり、他者含みの自己なのだ。本と他者、他力と際で交わりながら、他者のまなざしを、わがものとする放伝生の風姿とともに、book partyの夜は更けた。
◼️42[花]Spiralな選本一覧
【選本】 【選者】
『獅子の座ぶとん』美輪明宏 佐藤賢
『布のちから』田中優子 田中優子
『コンビニ人間』村田沙耶香 安田奈穂子
『日本語が亡びるとき』水村美苗 高田智英子
『表微の帝国』ロラン・バルト 村井宏志
『いろは判じ絵』岩崎均史 大濱朋子
『芸術と革命』ワーグナア 田中志穂
『センス・オブ・ワンダー』レイチェル・カーソン 長池直之
『逆回りの世界』フィリップ・K・ディック 堀田幸義
『ベスト・エッセイ』向田邦子 加藤まき
『アリ語で寝言を言いました』村上貴弘 菅井明子
『発酵』小泉武夫 石田利枝子
『名人』小林信彦 岩野範昭
『魂の形について』多田智満子 牛山恵子
『魔女の1ダース』米原万里 辻志穂
『その日暮らしの人類学』小川さやか 澁谷菜穂子
『バガヴァッド・ギーター』 森本康裕
『ことばの歳時記』金田一春彦 新垣香子
『素手のふるさと』鷲田清一 古谷奈々
『翻訳教室:はじめの一歩』鴻巣友季子 新垣香子
『つらくなったら古典を読もう』安田登 加藤則恵
『数学する身体』森田真生 齋藤成憲
『地球幼年期の終わり』 アーサー・クラーク 原田淳子
『近代文化史入門』高山宏 吉井優子
『のんのんばあとオレ』水木しげる 松山香織
『萩原朔太郎詩集』 林朝恵
『英語と英国と英国人』吉田健一 平野しのぶ
『育ての心(上)』倉橋惣三 伊藤舞
『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』ジェレミー・マーサー 田中晶子
文/渋谷菜穂子(42[花] 錬成師範)
写真/堀田幸義(42[花) 錬成師範)
イシス編集学校 [花伝]チーム
編集的先達:世阿弥。花伝所の指導陣は更新し続ける編集的挑戦者。方法日本をベースに「師範代(編集コーチ)になる」へと入伝生を導く。指導はすこぶる手厚く、行きつ戻りつ重層的に編集をかけ合う。さしかかりすべては花伝の奥義となる。所長、花目付、花伝師範、錬成師範で構成されるコレクティブブレインのチーム。
花伝所では期を全うした指導陣に毎期、本(花伝選書)が贈られる。41[花]はISIS co-missionのアドバイザリーボードメンバーでもある、大澤真幸氏の『資本主義の〈その先〉へ』が選ばれた。【一冊一印】では、選書のど […]
使いなれぬスターティングブロックに足を置き、ピストルが鳴る時を待つ。入伝式の3週間前である2025年4月20日に開催された、43期花伝所のガイダンス。開始5分前の点呼に、全員がぴたりとそろった。彼らを所長、花目付、師範た […]
2019年夏に誕生したwebメディア[遊刊エディスト]の記事は、すでに3800本を超えました。新しいニュースが連打される反面、過去の良記事が埋もれてしまっています。そこでイシス編集学校の目利きである守・破・花の当期師範 […]
『つかふ 使用論ノート』×3×REVIEWS ~43[花]SPECIAL~
松岡正剛いわく《読書はコラボレーション》。読書は著者との対話でもあり、読み手同士で読みを重ねあってもいい。これを具現化する新しい書評スタイル――1冊の本を3分割し、3人それぞれで読み解く「3× REVIEWS」。 今 […]
42[花]編集トリオの身体知トーク・容る編の続きです。 編集学校の学びは、学習ではなく「稽古」である。私たちは稽古を通じて多くのものを受け取り、方法ごと血肉にしている。ロールチェンジも頻繁に起こる編集学校はユニークだ。こ […]