世界は急速にボーダーレス化している。英語を共通語に、丁々発止と渡り合う日本人も少なくない。世界で働く彼らにとって、日本人であることの強みはどこに見出しているのだろうか。英語を母語にもたないことは不幸なのだろうか。
イシス編集学校で学ぶのは、欧米由来の思考法ではなく、徹底的に「日本」に根ざした方法である。この学び舎で、世界に打って出るための身につけた入門者もいる。イシスの推しメン16人目は、MBAホルダーでありながらイシス編集学校での稽古を続ける平野しのぶさんに話を聞いた。
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聞き手:エディスト編集部 川野貴志ほか
イシスの推しメン
平野しのぶアセットマネージャー。子育てもひと段落した2016年、基本コース38期[守]入門。その後、応用コース[破]、編集コーチ養成講座[花伝所]に進み、2018年「発酵エピクロス教室」師範代として42[守]・42[破]に登板。国内外を飛びまわる激務のなかでも、飛行機のなかから涼しい顔で軽やかな指南を届け続け「空飛ぶ師範代」と憧れの眼差しを浴びた。その力量を買われ、[守]師範や[花伝所]錬成師範を歴任。2020年には世界読書奥義伝14季[離]を修了。趣味はパンづくり、プロ並みの腕前。
■家族4人が4カ国で暮らす?!
六本木で働くアセットマネージャーの子育て思想
――平野さんは松岡正剛校長も「イシスが誇るキャリアウーマン」と認めるおひとりです。どんなお仕事をなさっているんでしょうか。
いわゆる不動産投資ファンドで資産運用をしています。不良債権化した不動産を購入してお金をかけてバリューアップしたり、オペレーションを良くして営業収支を改善したりして、最終的にはキャピタルゲインという売却益を得るという一連の仕事の期中運用を担当しています。
いまは、とくにホテルをメインに仕事をしています。ホテルを買い付けて、改装工事をかけたり、人やサービスを替えたりしてリブランドして、3~4年後に新たなかたちで世の中に出していくというものです。たとえば石垣島のリゾートホテルの開発を手掛けました。
――どうしてこのお仕事に?
もともと運営主体の不動産業界で働いておりましたが、不動産金融という分野が出てきてからそちらの業界へ移りました。子ども2人をひとりで育てなければならない状態になったので、生活のためにも運用のほうの仕事に携わるようになりました。
――お仕事は国内にとどまらず、海外案件も多いとか。イシス編集学校で師範代を務められた際には、いつも機内から指南を届けて「空飛ぶ師範代」と慕われていましたね。
飛行機に乗っている回数はとても多いです。年間100泊くらいは自宅以外での宿泊ですね。そのうち7~8割は国内ですが、2~3割は海外です。
――ご家族も海外におられるんでしたっけ。
元夫のスペイン系アメリカ人と、2人の子どもがいます。でも4人とも別々の国で暮らしているんですよ。マレーシアとドバイとイギリスと、あと私のいる日本ですね。私は仕事柄リスクヘッジやポートフォリオ化をいつも考えているので、家族も全員別々の場所にいるほうが安心なんですよ(笑)。どこかの国が突然有事になったとしても、分散していれば大丈夫です。
――なんとも合理的。お子さんはいつから海外へ?
娘も息子も中学校は日本で卒業していますが、それ以降はアメリカ・サンフランシスコやイギリスの学校に通うようになりました。
――お子さんが小さいときは、海外でのお仕事につれていっていたんですか。
そうです、連れて行っていました。ご存知でしょうか、飛行機って5歳からひとりで乗れるんですよ。もちろん航空会社にもよりますが。飛行機は、電車やバスと違って途中下車もできませんからむしろ安全かなと思って、彼らが小さいうちからアメリカ行きの便などに一人で乗れるように慣れさせていきました。親子3人で乗って、次は2人、その次は子どもたちだけで、というように段階を踏んでいくと、ぜんぜん平気でしたね。
こんな感じで、5歳からひとりでどこへでも行けるようなメンタリティを仕込んでいました。とくに海外移住を勧めたわけではないのですが、中学生になると彼らは日本の学校に違和感を覚えて、国外に出たいと主張してきました。ですので、その希望を受け入れたという流れですね。
――いまお子さんたちはどうしておられるんでしょう。
娘はモデルとして働いています。息子は哲学に興味があるようですね。ハイデガーが好きで、松岡正剛校長や佐藤優さんに注目しているようです。彼は、イギリスの高校を卒業して、スペインに留学しているときイシスの49[守]も卒門していますが、どうしてそうなったのか、最近はヨーロッパの城を買ってバッハを聴いて暮らしたいと妄想していましたね……。「マミー、醸造所買わない?」って甘えてくるくらいです(笑)。私が産んだ子ではありますが、ふたりともまったく違う人生を送っているようです。
――日本という枠を軽々飛び越えて、これからどう生きていかれるんでしょうね。
彼らの母語は日本語ですし、身体を構成しているのも日本的な食べ物ものです。半分くらいは、彼らにJAPANの要素を注入しましたが、もう半分は本人が選んでいくべきものだろうと思っています。住む国によって、自分が育ってきた「日本」という要素を活かす方法も変わってくるでしょうから、彼らがどう生きていくのか楽しみですね。
■世界に対抗できる「日本的な感性」とは
《地》に鈍感すぎる日本人
――世界中でお仕事をするなかで、自分のなかに息づく「日本」を意識することはあるんでしょうか。
日本的な感性を身に着けている人は、情報の解像度が高いように思います。たとえば、ある空間に足を踏み入れたときに、そこに含まれているデザイン性をより細かい網の目でキャッチできる気がしますね。私は、日本で生活したことで、情報を取り込むレセプターがとても繊細になったと思っています。
――日本人は、情報のフィルタリングの方法が異なると。イシス編集学校で学んだ編集術のなかで、とくに平野さんが意識しておられる型はありますか。
圧倒的に《地と図》ですね。日本人はみんないっしょという世界に生きているので、前提条件に鈍感すぎるんですよね。じつは自分と相手とで、最初からボタンを掛け違えているということに気づく人が少ないんです。《地と図》という型を知って、前提である《地》をすり合わせることの大切さに改めて気付かされました。
――平野さんは息子さん以外にも、お知り合いの方を10名ほどイシス編集学校にご紹介くださっていますが。
私の場合、もともとポテンシャルがあって、なにか突破口を探している方に勧めています。本を読むことが好きだったり、マーケティングに携わったりする人たちはイシスと親和性が高い気がします。イシス編集学校では「言葉を選ぶ」というトレーニングをするので、たとえばデザインの細かい方向性など、言語化しにくいものを言葉で伝えなければならない人たちには仕事で活かせるスキルが身につくのではと思います。
■ソンタグとセイゴオになりたくて
母語で考える力を養うイシス編集学校
――平野さんは、どうしてそもそもどうして編集学校に入門されたんですか。
きっかけはスーザン・ソンタグの千夜千冊でした。もう10年前以上前でしょうか、あの千夜を読んで、松岡校長に対して「私はあなたみたいになりたかったんです」っていう感覚になりました。憧れるというより、そういう人間でありたい、って感じたんですよ。
そこから、松岡正剛という人物をリサーチしました。リサーチするときは徹底的にやりますので、イシス編集学校に入るまえに松岡校長の話を聞きに行ったり、各方面から話を聞いたり。調べれば調べるほど「間違いない」と確信しましたので、この人に師事しようと決めてイシスに入門しました。38[守]の申込締切日は過ぎていましたが、学林局に願い出て入れていただきました。これ、と決めたときは、ぐいぐいいくタイプなもので(笑)
――ソンタグにはどういう経緯で出会ったんでしょうか。
アニー・リーボヴィッツという写真家を知ったのが始まりでしたね。彼女は、ジョン・レノンが暗殺される数時間前に、ジョン・レノンが裸でオノヨーコに寄り添う写真を撮ったことで有名です。リーボヴィッツの女性パートナーとして過ごしていたのがスーザン・ソンタグ。このカップルを通して、前衛とモダンを覚えたものでした。
――松岡校長は、ソンタグについて「セクシーでインテレクチュアルで、かつ加速度に飛んだコミュニケーションを、どんなときにも挑んで欠かさない女性」と手放しで讃えておられます。平野さんはソンタグのどんなところに魅力を?
ソンタグはユダヤ系であるところとか、国をまたいで活動するところなど、なにか自分との親和性を感じて惹かれていきました。ソンタグの書いたフレーズ、暗唱できるものもありますよ。そしてあるとき、「私はソンタグに師事する」って決めたんです。すると、たとえばファッションの世界にはソンタグファンが多いことがわかったり、ソンタグの主治医だったルイス・トマスなどあの時代を動かしている人たちの交友関係に憧れたりと世界が広がっていきました。生まれてくる時代がもっと早ければなって思いましたね。
――平野さんは、ひとりの人物から枝葉を伸ばすように、興味の対象を広げておられるのが印象的です。知的好奇心が強いようにお見受けします。
イシスに入門するずっと前、私はMBAを取っているんです。大学院は、言ってしまえば付け焼き刃的な教育でちょっとがっかりした思い出があるんです。私としては、レポートをきっちり書くなどの訓練をしたかったけれど、それもできなかったですし。そう考えたときに、私が欲しいのは母国語で深く考える力だと気づいたんです。
――日本語で考える力を養うとすれば、イシス編集学校は最適ですよね。実際に入門していかがでしたか。
とくに花伝所に入って指南が書けるようになってから、手応えが大きく変わりました。自分が場をまわせるようになると、よりインタラクティブなやりとりを生み出せるようになったんです。
イシスでは「書く」ということをトレーニングしますが、「書く」とはすなわち「考える」ことですよね。資本主義社会では、指示であっても伝達であっても、いかにして短い言葉で伝えるかという効率が求められますが、ミニマムな言葉だけ使っていたら言葉がやせ細ってしまうでしょう。
――平野さんはイシスの[守][破][離][花]だけにとどまらず、松岡座長率いるハイパーエディティング・プラットフォーム[AIDA]もご受講中ですね。
今期のAIDA season3のテーマは「日本語としるしのあいだ」。ここで学んでいると、「日本語は最大公約数に近いのでは」と思うようになりました。広く使われている英語は最大公倍数かもしれませんが、日本語の特徴はさまざまな言語に共通するものを多く持っているように思います。私は母語が日本語ですから、日本語をしっかり使えないと仕事になりません。
――年間100泊を自宅外で過ごすお忙しい生活でも、イシス編集学校で学び続ける理由ってなんなのでしょう。
知的欲求を満たすという点で、イシスに代わるものはほかにありません。私は性格的にベタベタできないので、仲良しクラブには興味がないんです。いまの私は仕事だけでは見方を広げるには物足りないので、馴れ合いにならずに知的な学びができる場としてとても貴重ですね。
アイキャッチ:山内貴暉
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梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
イシス編集学校メルマガ「編集ウメ子」配信中。
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