こまつ座「父と暮せば」をイシス編集学校の師範が観てみました 第2弾

2025/07/15(火)08:12 img
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 こまつ座「戦後”命”の三部作」の第一弾「父と暮せば」(井上ひさし作/鵜山仁演出)が現在公演中です。時空を超えて言葉を交わし合う父と娘の物語。こまつ座がライフワークとして大切な人をなくしたすべての人に捧げる「父と暮せば」。舞台を観劇したイシス編集学校の師範による感想第2弾をお届けします。

 

 ひとり生き残った娘を案じて、幽霊となって現れる父。父も娘も、つい生きているときの癖でお饅頭やお茶を出したりする。そして飲もうとしてハタと気づく。そうだ、死んでいるから飲み食いできないのだ。一瞬、しんみりするが、温かい笑いに包まれて、物語は進んでいく。悲しみを越えて生きていこうとする人間のたくましさに、救われる思いがする。

 

 娘は度々「幸せになってはいけない」という思いに囚われる。生き残ったことを申し訳なく感じ、恋心を押さえつけようとする。そんな娘を、父は励ます。自分の分まで幸せになれと。

 

 胸が痛い。取り返しのつかない損失を抱えて、それでも人は生きていく。悲惨な目に遭っても、やがて日常は戻ってくる。恋も芽生える。戦争のむごさが語られるのは、回想の言葉。過去は、消えてなくならない。やり切れない思いが募る。

 

 私たちにできることは、これからもう二度と戦争を起こさないという気持ちを強く持つこと。そのために、何があったのかを知ること。せめて知ろうとすること。今なお戦争が続いている地域がある。無力さに苛まれている場合ではない、と思った。


イシス編集学校師範 福澤美穂子

 

“切実”が呼び出す死者に生かされるということ

 舞台に放たれた言葉は言霊だ。井上文学を身体で受信し想いを巡らせ、何度でも揺さぶられる時間がこまつ座だ。なかでも『父と暮せば』は『母と暮せば』とともに井上文学の真骨頂ではないかと思う。


 父は、図書館司書の娘(ミツエ)と、利用者で大学の助手のヤマシタの恋を成就させようとミツエの前に現れるようになった。底抜けに明るい父の台詞に著者のテーマと切実が込められている。

 

 父は「わしが現れるようになったのは先週の金曜日。その日図書館にやってきた山下さんをみて珍しいことにおまえの胸は一瞬ときめいた。そうじゃったな?」と語りだし、「山下さんを一目みたときのおまえのトキメキでわしの胴体ができ、そーっとついたおまえのため息からわしの手足が、自分の窓口へ来るように願がったことでわしの心臓ができておる」と娘に伝える。ここで泣ける。

 

 ミツエが地域の昔話を聞かせるお話会の練習をしているシーンがある。父はその話の結末が面白くないといい、こんな風に変えてはどうかとアイデアを出すが、ミツエは「話の筋を変えてはならない」と反発する。でも聴衆は父のアイデアはすでにミツエのもう一つの心の声と感じる。別のある日、父がミツエが山下さんから預かった原爆の遺留品の包みを開くと、箱には一瞬の爆風で全体が剣山のように棘を帯びた原爆瓦、被爆者の身体に食い込んだガラスの破片、高熱で捻じ曲がった薬瓶が入っていた。父はそれらを使ってミツエに桃太郎の話をしてみせる。見せ場の一つだ。松角洋平のそれは、近頃出色の演技だった。


 井上ひさしは、自身の物語の函に言霊としての “方言”、魂としての “切実” を周到に仕込んでいる。『父と暮せば』は全編にわたって広島弁のセリフだが、本番を共に観た広島の友人は舞台進行のままにさまざまな亡き人とのシーンが思い出されたと言う。これこそが、こまつ座がやり続けている仕掛けだ。

 

ISIS花伝所所長 田中晶子

 

 きのこ雲、焼け爛れた肌、焼失した街。こまつ座「父と暮せば」では、そのような映像は出てこない。ひたすらに茶の間で父と娘、二人だけの会話が繰り広げられる。広島弁で語られるあの時のこと。なぜ娘は助かり、父は助からなかったのか。そのことが、たった一行の父の台詞で強烈に伝わってきて、言葉により見えなかった映像が見えてしまった気がした。井上ひさしの言葉の力に命が吹き込まれて、私も見てしまったと思った。そのあとは泣きたいのを我慢するので精一杯だった。
言葉の力を感じたいなら、生の舞台を観に行くのがいい。私は来週も観に行く。

 

イシス編集学校師範 後藤由加里

 

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▼公演日程
https://www.komatsuza.co.jp/program/index.html#more515

こまつ座第154回公演『父と暮せば』
【作】井上ひさし 【演出】鵜山仁
【出演】松角洋平 瀬戸さおり

【公演スケジュール】 
《東京公演》
2025年7月5日(土)〜21日(月・祝) 紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA

《地方公演》
7月25日(金)15:00開演 茨城公演 つくばカピオホール
8月2日(土)14:30開演 山口公演 シンフォニア岩国

上演時間:約1時間30分 ※休憩なし

  • エディスト編集部

    編集的先達:松岡正剛
    「あいだのコミュニケーター」松原朋子、「進化するMr.オネスティ」上杉公志、「職人肌のレモンガール」梅澤奈央、「レディ・フォト&スーパーマネジャー」後藤由加里、「国語するイシスの至宝」川野貴志、「天性のメディアスター」金宗代副編集長、「諧謔と変節の必殺仕掛人」吉村堅樹編集長。エディスト編集部七人組の顔ぶれ。

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