物語編集術は[破]の華である。イシスに入門して半年ちょっと、学衆は3000字の物語を描く。英雄伝説という型を用いれば、あらゆる世界を設定して「行きて帰りし物語」を書くことができる。
[守]の次の[破]はどんな稽古をするのだろうか…? と興味津々の[守]学衆、イシス編集学校が気になって、編集力チェックや本楼のイベントに参加しました! という未入門の方々、総勢20名が集まった。満席御礼、全員出席、うきうきとツアーがはじまる。ナビゲーターは、翻訳書や語学学習書の編集者・白川雅敏番匠、グラフィックデザイナーで物語講座開発メンバーの野嶋真帆番匠だ。
◆原郷から始まる物語の構造
最初は「わたしの原郷の一冊」を見せながらの自己紹介。1分で本を探してきたみなさん。レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』が子育ての指針になっている。エンデの『モモ』の主人公モモが、ゆっくり人の話を聴く姿がお手本。吉田武の『オイラーの贈物』は数学を志した原点。『窓際のトットちゃん』に憧れて自由な校風の学校を選んだ…といった原郷が明かされる。「ドコソコに勤めています、と属性を明かすよりも、一冊の本を話題にするほうが、ずっと深くその人を知ることができますね」と白川。直接自分を語るのではなく、何かに託して語ることは、より豊かな編集なのだ。
自分の原郷を思い出したところで、野嶋が本日のメインお題を出す。物語の基本的な構造は、以下の三間連結である。1)正常な世界になんらかの亀裂が入る(変異がおこる、異質なものが現れる、何かが失われる、タブーが破られるetc.)。2)異常になってしまった世界で登場人物たちが葛藤し闘う。3)異常事態がおさまり、新たな秩序・正常な状態になる。
©野嶋真帆
◆原郷の平和が破られる
今回は、正常が破られる1)の部分をつくってみる。ここのところを物語編集術では【原郷からの旅立ち】という。野嶋の用意するシチュエーションはこんなものだ。「窓を開けると赤い雨が降っていた」「帰宅すると見知らぬ家族が食事していた」「ある町の子ども100人がどこかに消えた」…。
どうしてこんなことになったのか?(WHY)、それからどうなるか?(THEN)を考えるのがお題だ。[守]を学んだ人なら、IF-THENをつなげて、関係なさそうな原因と結果をつなげるお題を思い出すだろう。風が吹けば桶屋が儲かる式に思考をうごかす。
参加者は果敢であった、3分ほどで次々と不思議なシチュエーションを成り立たせる理由と、つづいて起こるシーンを考えた。
お題「帰宅すると見知らぬ家族が食事していた」
…同じマンションの下の階の部屋に入ってしまったのだ。
これなどは、ありそうな話。語り口を面白おかしくすればコントになりそう。同じお題で、
…病気の治療法がわかるまでコールドスリープをしていた、起きたのは20年後、家にいたのはその間に生まれ育った孫だったので、愉しく話して盛り上がった。
本格SF小説になりそうだ。ちょっと浦島太郎みたいな感じもする。
お題「ある町の子ども100人がどこかに消えた」
…国の閣僚、官僚の主要な地位に座わり、国の運営をしていた。今の大人の国の運営では、日本は終わってしまうから、自分達が未来の日本を作る、と決意した。
町から消えて永田町に行ったのか。たのもしい。
…「どこかに消えた」と発言している人から逃げるために、子供100人が逃げた。
「どこかに消えた」と発見した人がいなくなったら、子供100人がもどってきた。
やや謎めいているが、「どこかに消えた」という人は魔法使いなのかもしれない。呪いから逃れるために子供たちは逃げたのだろうか。
こんな調子で、不思議なシチュエーションからいろんな物語を始めることができた。
野嶋はいう。「物語の始まりを考えるのは、愉しくできます、みなさんこの続きも考えられるでしょう。だけど上手くお仕舞いにもっていくのは型による編集が必要になってきます。[破]ではそこを稽古してもらいたいのです」
◆物語の種になるもの
ワークがひと段落したところで、野嶋は「ある町の子ども100人がどこかに消えた」の元ネタを披露した。グリム童話の「ハーメルンの笛吹き」である。この物語にはもとになった実話がある。1284年、ハーメルンの子供130人がいなくなったという事件があり、それに様々な尾ひれがついて今のような物語になったのだ。笛吹き男やネズミ退治の要素はあとからくっついたものだという。
これらは阿部謹也氏の『ハーメルンの笛吹き男 伝説とその世界』で詳しく検証されている。昔の人々は、理由のわからない自然災害や理不尽な事件にであったとき、自分たちなりの理由をさがしてやりきれない気持ちを解決していたのだ。それが科学的には間違っていたとしても、気持ちにケリをつけ、明日も生きていくために物語にする必要があったのだろう。
それをうけて白川は、物語や創作のテーマは最初から存在していない、という作家・小川洋子さんの創作過程を紹介した(『物語の役割』より)。「年老いた双子の男性の写真」「元パイロットと少年の交流というエピソード」という別々に見聞きしたシーンをつなげて一つの物語「リンデンバウム通りの双子」を書いたという。なんとなく気になるシーンをつなげられないか、と考えていくうちに物語のテーマや意味が生まれてくるのだ。
◆個の物語から類の物語へ
さらに小川さんにも影響を与えた、米国の作家ポール・オースターの『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』の話題にうつる。白川は翻訳家の柴田元幸氏と共にオースターに会ったことがある。そのときオースターは、ラジオ番組で全米の人々から実話を募集している真っ最中だった。寄せられた投稿の山を見せてくれ、いくつか朗読してくれた。アメリカの市井の人々が綴った、忘れられない良い思い出、悔やんでも悔やみきれない心残りのこと、戦争体験などがのちに『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』にまとまり、日本語でも読めるようになっている。個人の体験集がこのような本になり海外でまで読まれるというのはどういうことか?
松岡校長によればこうだ。
で、第4には、書くためのモチベーション(動機)を、自分の中ではなくて、主題や方法や相手に見いだすことだ。わかりやすくいえば、モチベーションを自分から他者に移動することなんだね。支点を運び出す。これがとっておきのコツなんです。もちろん自分の動機で書いたってかまわないけれど、これにはすぐに限界がやってくる。それに、動機を自己から他者に移したからといって、自分の動機や心境はなくならない(心配することはない)。むしろそういうものがいくらでも書けるようになるはずだ。校長はかなりこのことを心掛けている。【校長室方庵「レセプト・ストア・リプレ禅」知文術(2008.4.26)】
物語とは決して独りよがりのものではない。個人的な経験であっても、それを仲間に伝えたい、共有したいとつよく願うなら、そこにテーマや意味が現れてくる。
オースターの集めたふつうの人々のエピソードが、個から類になりアメリカ人の物語になったように、編集学校で稽古として書かれる物語のなかにも、忘れがたい類の物語になるものがある。最初からそのつもりでなくとも、書き上げてみれば、家族や故郷への思い、世の中で見過ごされているものを知らせたい、フラジャイルな自分と仲間を鼓舞したい、そんなメッセージをもった作品になっていることがある。
そこまでの高みを目指せる物語編集術なのだ。とはいえ、初めての[破]、初めての物語である。まず一歩を踏み出すつもりではじめればよい。どこまで行くかは自分次第。編集稽古は一生つづく、いくつも書くであろうストーリーの最初の一つを書きに、まずは秋開講の53[破]へ! 待っています。
2024年8月18日(日)オンラインにて開催
アイキャッチ:伝習座での白川雅敏、野嶋真帆、撮影:後藤由加里
53期破は10月14日(月)開講
お申込みはこちら。
原田淳子
編集的先達:若桑みどり。姿勢が良すぎる、筋が通りすぎている破二代目学匠。優雅な音楽や舞台には恋慕を、高貴な文章や言葉に敬意を。かつて仕事で世にでる新刊すべてに目を通していた言語明晰な編集目利き。
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