9月9日(土)朝9時すぎ、新井からメールが届いた。「電車が止まっています!」。14時からの本楼エディットツアーでナビゲーターを務めるために千葉の自宅を出たところ、台風による土砂災害で最寄り駅の電車が運休していた。かろうじて動いていた隣駅まで6kmの道のりを自転車で大激走するも、次の電車が来るのはなんと1時間後。エディットツアー開始2時間前からリハーサルも行う予定だったが、乗換検索をした新井は焦った。豪徳寺駅への予想到着時刻はツアー開始の20分前、駅から本楼までさらに歩いて10分弱かかる。
13時30分すぎ、参加者が本楼に集まりはじめた。日傘をたたみ、ひんやりとした本楼の空気にほっとした表情を浮かべる参加者たち。3番目にやってきたのは、小学3年生のRちゃんとお父さんだった。スタッフが「こんにちは」と声をかけるが女の子は口元をぎゅっと結んでいる。中へどうぞと勧めても、むわっとした空気がただよう入口でじっと動かない。「もう少しで妻が来るはずなんですが」。本楼で合流予定のお母さんを待っていた。
開始10分前、急ぎ足で本楼に向かってくる女性の姿が見えた。ナビゲーターの新井だ。息つく間もなく準備をはじめる額には大粒の汗が光る。そこへもう一人、女性が到着。ほんのすこし口元をゆるめたRちゃんがお母さんのあとをついて本楼に入ってきた。
14時ぴったり、どうにか全員が揃った。
新井がマイクを持った瞬間、場がパッと華やかになった。さすが「アイドルママ教室」という教室名を松岡校長から贈られたかわいいママだ(なんと3人もお子さんがいる!)。まずはイシス編集学校恒例の「オカシなワタシ」という自己紹介でウォーミングアップしながら参加者の緊張をほぐしていく。みなの表情が柔らかくなり、拍手も起こる。ただ、Rちゃんだけは口を開かない。お母さんからマイクが回ってきてもRちゃんはぶんぶん首を振ってすぐにとなりのお父さんにマイクを渡した。どうする新井。
▲“オカシなワタシ”で男梅を手に持つ新井。「わたしは、男梅味のわたあめです。甘いんだけれど、酸っぱくもある。大好きな家族をときどき叱ったりして酸っぱくなっちゃうこともあるんですが、酸味というのも大事ですよね」。イシス編集学校の教室でも、学衆愛に溢れながらお尻を叩くのもうまいと評判、アイドルママに叱られて喜ぶ殿方がたくさんいるとか(笑)「みなさんもよかったらあとで召し上がってください」と参加者にも男梅をふるまった。ふだんは産後セルフケアインストラクター・ダイエットコーチ・ヨガ講師といった顔をもつが、かつてなだ万で和食の板前をしていたこともあるという。新井の手料理も味わってみたい。
▲千葉県のマスコット、チーバくんがあしらわれたピーナッツバターサブレも参加者へのお土産として持参した。電車が来ないアクシデントに見舞われながら「おもてなし」で場を動かす、麗しき有事の編集力。
新井はRちゃんにやさしく言葉をかけた。「もしも終わりまでになにか思いついたら教えてね」。それ以上は言わない、無理強いもしない、にこっと微笑んですぐにお父さんにバトンを渡した。
そのあともRちゃんの顔は強張っていたが、本楼のスクリーンに松岡校長の映像が流たときすこし変化があった。画面をじっと見つめ、映像が終わった途端にお母さんの方を向く。口の動きから「ま・つ・お・か・せ・い・ご・お?」と言っていたのがわかった。数分後、ついにRちゃんが動いた。新井に促されて松岡校長の著書『知の編集術』の一部を順番に輪読する場面で、自らマイクに手を伸ばしたのだ。愛らしい声がマイクを通して本楼に響き渡る。小学生にはちょっと難しいかもしれない内容を一生懸命に読む姿に、大人たちは一瞬でメロメロになった。
▲にこやかなアイドルママに見守られて、あらたなアイドルが誕生!かわいすぎて参りました。
ぜひ読者のみなさんも、Rちゃんの声を想像しながら次の一節を脳内再生してみてほしい。
このように、われわれのまわりにはさまざまな情報がいっぱい満ちていて、その情報がハダカのままにいることなく編集されているのですが、では、どのように編集されているかというと、これがなかなか取り出せません。
そこで、これらをいくつかまとめて取り出して、その取り出した方法をさまざまな場面や局面にいかすようにしてみようというのが、「編集術」になります。また、そのようなことをあれこれ研究して、そのプロセスを公開することを「編集工学」(エディトリアル・エンジニアリング)といいます。
音読で緊張がとけたのか、Rちゃんは急によくしゃべり、よく動くようになった。休憩中、本楼のはしごを登ってみる?と誘うと、うん!と頷いて軽やかに登っていく。上からの眺めが気に入ったようでしばらく降りてこない。下で見守るお母さん・お父さんに向かってピースサインも飛び出した。最後の編集ミニワークでは新井からのお題を受けて、たのしげに本楼を探険していた。
▲アイドルはマイクを左手でもつ人が多い、という都市伝説のようなものがあるが…たしかにアイドルママも左手だ。
▲最後のお題は《編集思考素》をつかって「2+1で敬老の日のプレゼント」をチームで考えるというもの。誰かと取り組むと自分が考えもしなかった発想に出会えるのがおもしろい。
▲Rちゃんの興味を引いたのは松岡校長の筆。
すべてのワークが終わり、エディットツアーは無事終了。だがRちゃんの本領発揮はここからだった。おにぎりがスカートを履いた不思議なカードを手渡すと、黒板にペタッと貼った。けらけら笑いながら“おにぎりスカート”の名前を考えたり、人の顔や胴体や猫に見立ててお絵描きをしたり。
「なにしてるの?」とお母さんやお父さんが覗こうとすると「ひみつー!」といってニヤニヤ。「そろそろ帰ろうか」という声がすると「まだー!」とニコニコ。
誰よりも後に本楼に入ってきて、誰よりも後に帰っていったRちゃんだった。
▲“おにぎりスカート”を顔に見立てて「棒にんげんにしよう!」と手足をつけたり、「オバケにしよう!」と大きさの違う目を書いたり、「こうしたら猫!」とさかさまにして耳をつけたり。Rちゃんの遊びを見ていると、イシス編集学校のスローガンのひとつ「編集は遊びから生まれる」を実感する。
▲おにぎりスカートの裏には、松岡正剛の編集術と師範代からの指南を無料で体験できる「編集力チェック」のリンクがある。嬉しいことに、このあと編集チェックにRちゃんからの回答が届いた。
▼エディットツアーを続々開催中!イシスが誇る多彩なナビゲーターそれぞれの“味つけ”もお楽しみあれ。
福井千裕
編集的先達:石牟礼道子。遠投クラス一で女子にも告白されたボーイッシュな少女は、ハーレーに跨り野鍛冶に熱中する一途で涙もろくアツい師範代に成長した。日夜、泥にまみれながら未就学児の発達支援とオーガニックカフェ調理のダブルワークと子育てに奔走中。モットーは、仕事ではなくて志事をする。
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