自ら編み上げた携帯巣の中で暮らすツマグロフトメイガの幼虫。時おり顔を覗かせてはコナラの葉を齧る。共に学び合う同志もなく、拠り所となる編み図もなく、己の排泄物のみを材料にして小さな虫の一生を紡いでいく。
2月24日(月・祝)、無事に「エディットツアースペシャル2020・栄かまくらアカデミア」が終了した。
当日の朝までの申込み16名、うち2人欠席、総勢14名のみなさんが参加された。小川玲子師範のナビの、テンポとキレの良さに導かれ、熱気にあふれつつも和気藹々の場となった。

横浜市栄区と鎌倉市は、壁のような山を挟んで隣りあっている。中心部を結ぶ距離はわずかに3キロ。近いけれど遠い、遠いけれど近い。今回のワークショップのねらいは、この二つのまちのつながりを編集しようという試みだ。
小川師範は唐突に、「壁」についてイメージを出し合うことを求めた。実在かそうでないかを問わず、二つの存在のあいだを隔てる「壁」に風穴をあける術を、栄と鎌倉をつなぐお菓子を作り出すことで考えようというのだ。
「おかしなわたし」の自己紹介につづき、休憩中には栄のお菓子と鎌倉のお菓子が二つずつ紹介された。栄区からは「ぷらさんぬ」の「タッチーくんクッキー」と「シェ・ツバキ」の「本郷台リーフパイ」。鎌倉からは「鎌倉紅谷」の「クルミッ子」と「鎌倉小川軒」の「レーズンウィッチ」。
これらを一つずつ選んで、「さんぽみち~アートdeスマイル」の飲み物とともにいただきながら歓談した。お互いの親しみが増すとともに、頭の中はお菓子のモードに温まっていった。

二つのまちという素材を生かして発想する新作のお菓子に添えるスパイスは「鎌倉アカデミア」。かつて鎌倉から壁を越えて横浜の地に向かい、今日の会場のある場所で、大船校舎として終焉を迎えた先達であると小川師範は紹介する。
第二次世界大戦直後の昭和21年、鎌倉文化会は鎌倉の地から新しい文化を作り出すべく大学を作ろうとし、浄土宗大本山光明寺の庫裏を学び舎として始めた。時代の大きな変化にふさわしい価値観を渇望していた多くの若者が学生として集った。多くの教師も集い、学生とともに懸命に学んだ。戦後文化を担う多くの人材が輩出した。
しかし諸々の事情でそこに留まることができず、学長の哲学者三枝博音らの苦心によって得た地が、横浜市郊外の現栄区役所などがある場所だった。初回の卒業式はこの地で行われたが、資金難などから昭和25年秋には閉校せざるを得なかった。こうして大船校舎として終焉を迎えたのだが、事情はどうあれ、かつて鎌倉から横浜へと壁を越えた先達であり、その意味をいまここで再編集することは、大きな壁の周縁にいる人たちがいざ何か行動しようとするときの糸口になるはずだ。
4つのグループの手になる新作お菓子は、連想で膨らんだ栄と鎌倉のまちという素材を十分に活かし、見立てや編集思考素を駆使した盛りだくさんの意味をまとった美味しそうなものが揃った。
たとえばこんなふうだ。その名前は「海の調べと川のせせらぎ」。海辺の鎌倉と川沿いの栄区を見立てた二種類の和菓子の詰め合わせ。竿状のゼリーと豆入りのせんべい。甘いと塩辛い、四角と丸、音楽と体の動きなど、さまざまな要素が対になって、箱詰め菓子に一種合成された。「鎌倉アカデミア」を紹介した本の目次から選んで連想されたスパイスは「はばたくわかきかもめたち」と「国民服で躍るモダン・バレエ」。ゼリーを切った断面に空飛ぶかもめがあらわれ、バレリーナの姿の焼き印がせんべいの表面に印された。

時代は再度混沌としている。大都市郊外部は、少子高齢化と老朽化に苛まれているが、歴史をまとったこの地から再度、新たな価値観を生み出すことが、多くの壁に覆われて先の見えない現在に必要なことではないか。状況を編集し、具体的に行動することが必要なのではないか。二つのまちのあはひの、鎌倉アカデミアの終焉の地にあって、時代をともに切り拓いていきたいものだ。
written by 大塚宏
エディスト編集部
編集的先達:松岡正剛
「あいだのコミュニケーター」松原朋子、「進化するMr.オネスティ」上杉公志、「職人肌のレモンガール」梅澤奈央、「レディ・フォト&スーパーマネジャー」後藤由加里、「国語するイシスの至宝」川野貴志、「天性のメディアスター」金宗代副編集長、「諧謔と変節の必殺仕掛人」吉村堅樹編集長。エディスト編集部七人組の顔ぶれ。
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