多読ほんほん2015 冊師◎渡會眞澄

2020/09/19(土)08:47
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 今からさかのぼること5年。2015年もイシス編集学校にとって、メモリアルな年でした。

 15周年を迎え、満を持したかのように『インタースコア 共読する方法の学校』が出版されます。イシスフェスタも、さまざまな分野のゲストを迎えての特別仕立て。なかでも1226夜『宇宙の不思議』の佐治治夫さん(校長との香しい対談集『二十世紀の忘れもの』もおススメです)の講演、ゆらぎがあるからこそ宇宙も星も生まれたんです。という「宇宙と存在のゆらぎを編集する夜学」は極上でした。希望って何でしょう、と問いかけながら戦時中のことにも触れ、1935年生まれの佐治さんは「教えるとは希望を語ること、がんばるとは希望をもつこと」とまっすぐに言い切っていました。ちょっと躊躇したくなる希望という言葉が、これほどの切実とともに響いたのは、はじめてだったかもしれません。

 千夜千冊は、1569夜からの三連夜『源氏物語』紫式部にはじまり、1597夜『虚子五句集』高濱虚子で締めくくられます。なかでもとりわけ印象深いのはやはり、暑い夏に届いた1588夜『琉球の時代』高良倉吉。校長は、沖縄の多様な独自性と複雑な葛藤力という超難題を言あげしたうえで、琉球王国の誕生から琉球処分を経て沖縄になるまでを、沖縄学の伊波普猷らの著書なども挟みながら、ときに胸の疼きを覚えながら丹念に綴っています。ちなみにこの年、わたしは阿児奈波の風を受けながら、風韻十三座の群青座で小池師範の言葉のふるまい、座のしつらえやもてなしにぞっこんでした。

 日本にとっての2015年は、太平洋戦争終結から70年、オウム真理教事件から20年という節目の年。安全保障関連法案が強硬採決され、東京オリンピックのエンブレム盗作問題が、模倣こそ編集であるはずなのに、槍玉にあげられます。沖縄では、米軍基地の辺野古移設承認取り消しをめぐって、政府との溝がさらに深刻化。もちろん鬱鬱としたできごとばかりではなく、日本ラグビーの活躍や、地球の回転と時間のゆらぎを調整する、閏秒の挿入もありました。

 世界はというと、イスラム過激派がムハンマドの諷刺画を発端に、フランスの週刊紙シャルリー・エブドを襲撃。表現の自由をめぐる論争にまで発展しましたが、その背景にはヨーロッパ中心主義やマジョリティによるマイノリティへの嘲笑が見え隠れしています。続いて起きたのは、ISILによる人質殺害事件。日本の湯川遥菜さんと後藤健二さんふたりの命も奪われました。インターネットメディアを使ったISILのプロパガンダは暴力と恐怖を世界中にまき散らし、その活動は近隣の中東やアフリカ、東南アジア諸国へも飛び火しテロ事件を頻発。今なお続いています。内戦や紛争の戦禍、圧政や差別などの迫害による難民問題がクローズアップされたのも2015年。シリアの戦火から逃れてきた3歳の男の子アイランの写真が、やはりソーシャルメディアを駆けめぐりました。

 日本も世界もハチャメチャだった2015年に出版された書籍は、出版年鑑によると76,000冊余り。『火花』又吉直樹、千夜千冊で取り上げられた『君の膵臓を食べたい』住野よる、『あこがれ』川上未映子等々ありますが、それはさておくとして。アーサー王伝説を下敷きに国家と個人の記憶を問う『忘れられた巨人』カズオ・イシグロや母国と母語の狭間で揺れる『台湾生まれ日本語育ち』温又柔も気になりつつ、取り上げたのはこの一冊です。

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『生きて帰ってきた男 ―― ある日本兵の戦争と戦後』小熊英二
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 小熊英二は、0774夜『単一民俗神話の起源』の著者です。校長はこの夜の参考で、小熊が父親のことに触れ、シベリアに抑留された小熊謙二がはたして加害者だったのか、とさりげなく書いていることを掬いあげました。そして、このような著者の研究のほうが、強烈な主張やロジカルな思考地図を披露する連中より、ずっと重要な気がする。なぜならここには「織物」があるからだ、と結びました。

 その父、謙二を話し手に、息子の英二が聞き手になったオーラルヒストリーが本書で、社会的、歴史的文脈のなかで1925年に生まれた謙二の戦前・戦中・戦後が語られ記されています。ふたりのインタースコアの結実ともいえるでしょうか。日本軍兵士としてシベリアの収容所に抑留され、帰国後は肺結核を患い、仕事を転々とせざるを得なかった謙二。英二は最後に、未来がまったく見えないとき、人間にとって何が一番大切だったかと問い、謙二はこう答えます。「希望だ。それがあれば、人間は生きていける」と。

 人間の存在根拠は、他者と過去の相互作用によってしか得られない。あとがきの一節です。編集学校は、まさにこの相互作用の場に他なりません。2015年から5年。コロナのパンデミック、中国による香港支配、ISの復活、世界はあいかわらず混乱していますが、戦争を生き抜いたふたりの「希望」に「編集」を重ねて、あきらめずに共読編集し続けることこそが、今、求められています。


 次は、スタジオこんれんの増岡麻子冊師へ
 バトンをお渡ししますね。

  • 渡會眞澄

    編集的先達:松本健一。ロックとライブを愛し、バイクに跨ったノマディストが行き着いた沖縄。そこからギターを三線に持ち替え、カーネギーで演奏するほどの稽古三昧の日々。知と方法を携え、国の行く末を憂う熱き師範。番匠、連雀もつとめた。