橋本治がマンガを描いていたことをご存じだろうか。
もともとイラストレーターだったので、画力が半端でないのは当然なのだが、マンガ力も並大抵ではない。いやそもそも、これはマンガなのか?
とにかく、どうにも形容しがたい面妖な作品。デザイン知を極めたい者ならば一度は読んでおきたい。(橋本治『マンガ哲学辞典』)

2022年6月11日正午、私の[離]は始まった。前々季の15離に離学衆として入院し、前季の16離では右筆の役を預かり、今季17離では別番として、今再び門前に立っている。
デスク脇の壁一面の書棚の中でもっとも大部の書物こそ、世界読書奥義伝[離]のテキスト「文巻」だ。大部と言っても、400字換算でおよそ1500枚を超えるそのヴォリュームを指しているのではない。文巻は1ページごとに、またその行間に、何十冊、何百冊もの本が編み込まれ、さらに編み続けられようとしている。壁一面の書棚なんてやすやすと呑み込んでしまう、生きた書物のネットワーク状態なのだ。
それは、松岡校長の「読書」のありようを丸ごと映す鏡のようでもある。
本を読んで解釈するというのは、たんに一冊の本や一人の著者を相手にしているわけではない、歴史のなかを循環しつづけてきた多重多層のテキストを、いままた一冊の本を通して読み替えするつもりでやるんだ、読書というものはそういうものなんだ
──松岡正剛『世界のほうがおもしろすぎた』
2005年の開講このかた“門外不出”の文巻だが、実は目次だけは、これまでにも何度か明かされている。
第1週 コスモスとカオス
第2週 情報の世・言葉の代
第3週 境界と構造と関係
第4週 ルールの発見と適用
第5週 メディアとしての書物
第6週 アルス・コンビナトリア
第7週 表象に向かって
第8週 恋愛と戦争と資本主義
第9週 合わせ読み千夜千冊
第10週 見方のサイエンス
第11週 日本という方法
第12週 伝統と革新のあいだ
私たちの声や文字とイメージの関係はどうなっているのか、家や学校や国など身辺に無数にある“境界”とはいったいどのようなものなのか、働いて給料をもらい大好きな人にプレゼントを贈る行為において何が交わされているのか、宇宙の中の地球に生命が生まれたのはどんなことだったのか……。
コップの使いみちに首をかしげた守のあの日をはるかに凌駕する勢いで、知っていたはずのことがガラガラと姿を変えてゆく。週をまたげばもちろんのこと、一週の中でも学超的に、古今東西の知をビュンビュンとわたってゆくことになる。といっても、いわゆるリベラルアーツではない。さらに普遍的な方法、自由は自由でも《編集的自由》のための方法を問い続けていくのだ。
上記『世界の方がおもしろすぎた』のインタビューで言及されていたように、文巻もいつかは世に公開される日が来るのかもしれない。けれど、これだけは断言できる。ただ読むだけでは、知識をコンテンツとして格納するにとどまり、方法として身体化されることはない。
なぜなら文巻は、[離]の院(守・破の教室にあたるもの)で読むために仕立てられた、つまり読み方ごと設計されたとっておきの書物であり、世界読書のためのOS(Operating System)だからだ。仲間と切磋琢磨しながら、圧倒的な速度と密度で回答・指南を繰り返すことを通じて、読み方が読み手の身体にインストールされるようにできている。「21世紀は新たな方法を発見する時代であってほしい」という松岡校長の願いの結晶が、私たちに残されたこのとびきりのOSであり、[離]のコースウェアなのだ。
テキストやプログラムばかりではなく、体制も格別だ。[守]や[破]の、1教室1師範代体制と異なり、[離]では1つの院ごとに別当・別番・右筆の3名が学衆と学びをともにする。さらに校長の編集的世界観を広く深く知り尽くした方師と、編集工学者・松岡正剛と30年以上仕事をともにされてきた太田香保総匠が、両院を見守り、導きの手を差し伸べる。17離で別当として院の柱を預かるのは、寺田充宏・小西明子の両別当。松岡校長が「この二人に離を託したい」と、最後にお墨付きを与えたお二人だ。
かつて離学衆の一人だった私が、今もこうして[離]に首ったけなのも、寺田別当の背中越しに、その視線の先に見る松岡校長の姿と方法に圧倒されたからにほかならない。両別当は、世界知はもちろん、編集工学への恋情ごと、学衆へ感染させてゆく。“ホドホド”の距離感や“配慮”が当然、互いの世界観や価値観に踏み込む議論や指導などもってのほかの現代で、憧れる師の背中に出会えること、直に指南を受けられることほど、幸せなことはない。授けられた全てを、継いでいく意志を持たねばなるまい。そう確信したのも、学衆としての15離の最中のことだった。
昨年から、いよいよ生成AIが日常にしみ込んできた。人間にはとうてい不可能な速度でテキストを処理するツールから出力される言葉の中には、血も声もない。その世界観には大地、すなわち記憶の埋め込まれたトポスが欠落している。無機質に出力される文字列に慣れきってしまうことは、書かれた書物の声を再生する力を失うことであり、未知や稀へ応じる力の一切を放棄することだろう。今こそ、「世界を読み・書く身体」を、書き手と交流する読み手としての力を取り戻したい。
まもなく、初めての、松岡校長不在の離がはじまる。文巻にみなぎる校長の声が、その奥の無数の書物の声が、離学衆一人ひとりに再生されることを待っている。
怯むくらいでちょうど良い。まずは、受講の第一声を上げる勇気を持ってほしい。その先では必ず、「一生の離」をともに歩む仲間と、世界を照らす方法の火を抱けるはずだ。
[離]世界読書奥義伝 第十七季
https://es.isis.ne.jp/course/r
上記HPで「募集概要」を確認し、課題提出の前にまずは応募メールをお送りください。
■期間 :2025年11月1日(土)~2026年3月16日(月)
▼表沙汰 :2026年1月31日(土)
■資格 :[破]応用コース修了者(突破者)以上
[破]アリスとテレス賞(知文および物語の両方)に
エントリーした人を優先的に受付します。
*[離]に関するお問合せ先:イシス編集学校 離窓口(八田)
ri-editschool@eel.co.jp
稲垣景子
編集的先達:小林賢太郎。季節なら夏、花なら向日葵、動物なら柴犬。プロ野球ならドラフト1位でいきなり二桁勝利。周りまで明るくする輝きと愛嬌、ガッツとエネルギーをもち、ボルダリングからラクロスまでをこなす。東大からウェディングプランナー、ITベンチャーへの転身も軽やかにこなす出来すぎる師範。
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コメント
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2025-08-19
エノキの葉をこしゃこしゃかじって育つふやふやの水まんじゅう。
見つけたとたんにぴきぴき胸がいたみ、さわってみるとぎゅらぎゅら時空がゆらぎ、持ち帰って育ててみたら、あとの人生がぐるりごろりうごめき始める。
2025-08-16
飲む葡萄が色づきはじめた。神楽鈴のようにシャンシャンと音を立てるように賑やかなメルロー種の一群。収穫後は樽やタンクの中でプツプツと響く静かな発酵の合唱。やがてグラスにトクトクと注がれる日を待つ。音に誘われ、想像は無限、余韻を味わう。