イシス編集学校には「六十四編集技法」という一覧がある。ここには認識や思考、記憶や表現のしかたなど、私たちが毎日アタマの中で行っている編集方法が網羅されている。それを一つずつ取り上げて、日々の暮らしに落とし込んで紹介したい。
●「ない」ものに目を向けよう
「それでね、魚のアタマを包丁でバンバン切り落とす。ひたすらそれだけなんですよ」。
大学4年生男子が力説するのはアルバイトの話だ。土佐湾で釣れた魚の加工場で、ひたすら頭めがけて包丁を振り下ろし、頭部と胴体に分ける。聞いていると、今にも血の滴る魚の頭が大群になって押し寄せてきそうな気がした。ドサッと包丁が落ちた瞬間、頭が勢いよく離れて空を飛ぶ。宙に舞う魚の目がぎょろりとこちらを睨んでいる。絵金の芝居絵のように強烈な色彩でシュールな情景が目の前に迫ってくるみたいだ。
なぜ、こんな話かというと、次第はこうだ。
春、コロナ禍で、飲食業を始め様々な店舗や会社が営業自粛を決めた。当然、大学生たちのアルバイト先も例外ではない。多くの学生はアルバイトによる収入を失った。大学はオンライン授業がメインだとは言え、生活費や通信費がかかることにかわりはない。正直、懐が寂しい。
そこで、件の4年生は以前に聞いた農家の労働力足の話を思い出した。「アルバイトが減って困っている大学生と人手の足りない農家を結びつければお互いにハッピーな解決策ではないか」とひらめいた。そうと決まれば、早速行動に移す。地元JAの協力を得て、スマートフォンのアプリを使い、難しい手続き無しで大学生と農家をつなぐ仕組みをつくった。運命を感じるような仕事との出会いをとの願いをこめ「Let’s Destiny」と企画は名付けられた。
若者らしい発想とツールがうけた。地元メディアで紹介されたこともあり、彼の元には農業だけでなく、漁業もお願いという依頼が届いた。その仕事内容が冒頭の「魚の頭切り落とし」である。
これは、64技法の【20結合(combination):結びつける、ユニオンにする、オムニバスにする】のど真ん中ストレートではないか!編集の「へ」の字も意識していないであろう学生の秘めたる編集力と軽々とやってのけた行動力が羨ましくも眩しかった。
イシス編集学校では「ない」ものも情報と捉えて編集の対象とする。例えば、香りや雰囲気、らしさなど感覚から得る情報や、あると良いけれど今は「ない」ものなど、「ない」情報は、目に見えているものや既に存在するものより深くて広い多様な情報の宝庫だ。
その頂点は千夜千冊で何度も取り上げられる定家の「見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦のとま屋の秋の夕暮れ」だろう。うら寂しい何も「ない」とま屋に花と紅葉が「ない」と詠って、読む者の眼前に豊かなイメージの世界を生み出す。至極の「ない」もの編集だ。
学生は定家なんて全く意識していないだろうが、彼の企画にも「ない」情報を編集する方法が生きている。必要なものの不足=「ない」ものに着目し、互いの「ない」と「ない」を結合してかけ算にした。これで双方のマイナスはプラスに転じる。結果、新たなニーズが生まれ、お互いWin−Winの関係になる(はずである)。
しかもよくよく考えてみたら、結びつけただけで終わっていない。想定していたかどうかわからないが、必然的に大学生のアルバイトグループという緩やかなユニオンも成立するし、連鎖的に他業種からの依頼が続けば、それぞれのストーリーがオムニバスで編み出される。結合という一つの編集が新たな編集への幕開けとなる。
ひとしきり、熱弁をふるった後、学生は「これから、“りょうし”さんと待ち合わせです」と言って颯爽と出かけて行った。
“りょう”といっても「漁」ではなかった。イノシシや鹿を獲る方の「猟」だった。彼は「ワナ猟の資格もとるつもりです」と意気込み十分。いやはや、海の次は山か。守備範囲の広がりに舌を巻く。
コロナ禍で、ともすると槍玉にあがる若者だが、周りの大学生をみていると、コロナと共に生きるというDestinyを受け入れ、たくましくしなやかに生き抜く術を身につけていると感じている。大人より遥かにやわらかく暮らしを編集している。じゃあ、大人だって負けちゃいられない。若者のつぼみのような編集がのびのびとつぶされることなく発揮される場を作っていかなくちゃね、と思いを新たにする。
<参考千夜千冊 第17夜 定家明月記私抄>
しみずみなこ
編集的先達:宮尾登美子。さわやかな土佐っぽ、男前なロマンチストの花伝師範。ピラティスでインナーマッスルを鍛えたり、一昼夜歩き続ける大会で40キロを踏破したりする身体派でもある。感門司会もつとめた。
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