▼マンガ家・田中圭一、イシス編集学校に現る
2020年9月20・21日、イシス編集学校は20周年記念イベントを行っていた。イシス編集学校(https://es.isis.ne.jp/)とは、松岡正剛が校長をつとめ、「編集工学」を学ぶ唯一の場として開校したネット上の学校だ。今年で45期を迎え、受講者はのべ5万人、育成された師範代は750人にのぼる。今回第74回感門之盟は、東京・豪徳寺の「本楼」を拠点に、東北、九州、名古屋、大阪など各地のスタジオと中継してのオンライン開催。300名以上がZoom会場に集まった。
2日間で計18時間にわたるプログラムのなかで、中学生男子から和装の婦人までを画面に釘付けにしたのが、マンガ家・田中圭一先生によるゲストセッションである。会場となったのは、松岡正剛が監修した近畿大学図書館ビブリオシアターだ。
▼松岡正剛監修のマンガ図書館
DONDENの仕組みとは
近畿大学アカデミックシアター(https://act.kindai.ac.jp/)内には、ビブリオシアターと呼ばれる図書館がある。1階は「NOAH」、2階は「DONDEN」と名付けられ、編集学校で学ぶ「7茶の法則」や「よもがせわほり」など松岡直伝の編集術を駆使して設計された。33の小部屋に分かれた迷宮のような1階を抜けると、2階はマンガ喫茶かと見紛うほどのにぎやかな棚が並ぶ。
DONDENは、マンガを中心に文庫や新書など計4万冊が収められている。全体は仕事、歴史、スポーツなど11のエリア(TOPIA)に分けられ、全32のテーマで構成。棚の中心にはマンガが置かれ、その周辺には類似するテーマの文庫や新書が並ぶ。大学生がマンガを入り口に、自然と興味を深掘りできる。「知のどんでん返し」が起こる仕掛けだ。
▼手塚治虫にあやかり、脱下品。
模写によって田中圭一が学んだものは
この図書館にリュックひとつで現れたのがマンガ家・田中圭一。田中は、手塚治虫など有名マンガ家のパロディで知られる。
モノマネや見立てから「編集の型」を学ぶ編集学校は、かねてより熱視線を送っていた。田中は、近畿大学法学部の卒業生。近大がつなぐ縁によって今回のセッションが実現。
メインの司会には、編集学校で師範を歴任するベテランにして現役国語教師の川野貴志が立つ。
司会:どういうきっかけで、絵柄のモノマネを始めたんですか?
田中:もともとはオリジナルの絵だったんですが、デビューして10年くらい経ったとき、担当編集者さんからは「絵に下品さが漂う」と言われたんですね。人気がかげってきたころだったんで、なんとか手を打たねばと思ったんです。
画風を変えようと、アメコミ風や萌キャラ風などいろいろ試しました。そのなかで、ふと手塚治虫先生の絵を見たら、やっぱり素晴らしい。「目指すべきはこの絵じゃないか」と思ったんです。「この絵を真似して、それでも下品と言えるか?」という気分ですよね。
司会:そんな経緯があったんですか。
田中:そうしてパロディみたいなことをしていくと、評判もよくてですね。根っからのギャグマンガ家なもんですから、手塚先生以外にもバリエーションを増やしていきました。
すると、だんだんとお笑いにモノマネ芸人がいるように、マンガ界にもモノマネがあってもいいんじゃないかと思ってきて、マンガ界の清水ミチコを目指して今に至るというわけです。
司会:モノマネって、同じものを描くのではなく、各マンガ家さんの描き方を真似るんですよね。その面白さってどこにありますか?
田中:人気作を描いたマンガ家さんには、かならず絵に魅力があるわけです。その魅力がどこにあるのか探れるのが面白いですよね。
たとえば、手塚先生の場合は、写実的なデッサンから比べると目が非常に大きいじゃないですか。なんでだろうと考えると、その源流はディズニーにあったんです。いまのピクサーも目が大きくて、ラブリーなキャラクターですよね。
手塚先生はもともと、アメリカンカートゥーンやディズニーの模写をしているんです。それらが出てきたあたりから、「大きい目は可愛い」と多くの人が認識していったんですよね。その影響があるのがわかります。
司会:みんなの認識が「可愛い」の基準を作っていったんですね。
田中:そうです。春画や浮世絵の時代は、切れ長の目が美しいとみんな思っていたわけですからね。
司会:模写をしていると、ご自身の画風も変わるんですか?
田中:変わりましたね。下品とは、あまり言われなくなりました(笑) 愛される絵は何が違うんだろうと考えて、目の大きさ、あるいは目と目の間隔、目・鼻・口のバランスなどを探りながら描いていくことで、先人たちのエッセンスが取り入れられた気がします。
▼ドラえもんは難しい
難関突破のコツは「無意識への注目」
田中の話を受け、遊刊エディストで連載中の堀江純一が模写の苦労を語る。堀江は、編集学校最難関コース[離]で最優秀賞「典離」を受賞。DONDENにはプロジェクトメンバーとして関わり、LEGEND50の選書を担当した。現在「マンガのスコア」という連載で、この棚に選んだ伝説のマンガ家50名の模写と分析を進行中。2020年9月現在、13人目まで到達している。(遊刊エディスト「マンガのスコア」:https://edist.isis.ne.jp/author/horie/)
堀江:模写をしてみると、意外な人が難しかったんですよね。
司会:たとえば?
堀江:藤子・F・不二雄先生ですね。もっとも難しいだろうと思っていたのは萩尾望都先生だったんですが、それをしのぐ難しさで驚きました。
田中:藤子先生は難しいんですよね。絵がシンプルなだけに、真似られそうな気がするんですよ。ところが、目の大きさなどが微妙に狂うと、とたんにニセモノくさくなる。
司会:ドラえもんを描いているのはわかるけど、ニセモノのドラえもんだとはっきりわかってしまうわけですね。難しい模写をするときのコツは?
田中:パッと見、気づかないようなポイントを真似ることですね。目のかたちだけではなく、目と目の間隔を似せるとか、意外と女性だけど首を太く描いているな、とか。
司会:なるほど、本人が無意識に描いているところを見逃さないのが大事ですよね。芸人さんのモノマネも、ちょっとした部分をデフォルメするから面白くなるんでしょうね。
▼模写の実演! 手塚治虫・松本零士・本宮ひろ志、
最強筆圧は誰?
田中は、15分ほどモノマネの極意を語りおえると、カメラのまえで実践してみせた。水色メッシュのペンケースからつけペンを取り出し、インク壺に浸す。
「似せるポイントは、目や鼻のバランスだけでなく、『描線の太さ』もあるんですよ」
そう説明しながら、漫画原稿用紙に下書きした絵にペンを入れていく。
「手塚先生は、うわまぶたの輪郭は太く描いて、目のなかはラフに」
「この細かい点々を入れると、松本零士先生っぽくなりますね」
「本宮先生は、描線がぶっとくて迫力のある絵ですよね。さぞかし筆圧が強いのかと思いきや、じつはその逆。とんでもなく弱いです。そうでないと、このあたりの細い線は描けません」
模写してはじめて、マンガ家の息づかいを知ることができるという。
田中は模写の極意をこう語る。
「模写をするなら、単純に『似せる・似せない』に気をとられるのではなく『この人は何に力をいれているんだろう?』と考えると、そこから吸収できるものがあります」
イシス編集学校が大切にしているのは、まさにその姿勢だと司会川野は引き取った。
表面に現れた成果物をなぞるのではなく、それが完成するまでの思考プロセスをひもとき、その「方法」を体得するのがイシスでの学び。ゲストに招いたマンガ家・田中圭一は、編集工学を体現するひとりであった。
▼撮影後の1コマ
ひとりのファンとして『神罰1.1』の感想があふれて止まらぬ堀江に対し、田中はリュックサックからiPadを取り出し、さいきん注目しているというtwitterアカウントを紹介。藤子先生のパロディに盛り上がる。
田中はこの日、京都精華大学での講義を終えて会場入り。小一時間、作品の裏話からマンガ教育の未来までを語り、34年ぶりの母校をあとにした。
(撮影:木藤良沢)
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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