整然と列に並ぶこと。毎朝の通勤であっても、災害のときであっても、規律を守る日本人の姿はときに賞賛されるものです。ですが、その美徳は、逸脱を嫌い均質化を求める心理と表裏一体。
シリーズ「イシスの推しメン」も6人目になりました。今回は「はぐれ者」として少女時代を送ったある女性から、人々の可能性を引き出すことの喜びをお聞きしました。イシス編集学校では、なぜ失敗や欠損や過剰を抱きしめ、なぜそこに新たな息吹をふきこめるのでしょうか。
イシスの推しメン プロフィール
牛山惠子さん(ことと場とことばの編集者)
1995年からフリーのエディターとして活動。2010年春、スキルアップの必要性を感じて基本コース29[守]に入門。仕事の忙しさから5年のブランクを経るも、39[破]、30[花]を駆け抜け、43[守]にて宮沢賢治『銀河鉄道の夜』にちなんだ「サザン流クロス教室」で師範代を担う。「ほんたうのさいわひ」を問いつづけたジョバンニのように、どんな人のなかにも慈愛の眼差しを向けほんとうの可能性を見出す。イシスでは錬成師範も担当。NPO法人アール・ド・ヴィーヴル理事。小田原在住。
聞き手:エディスト編集部
■「この人とは、気が合うに違いない!」
歌舞伎エッセイで、松岡正剛に一目惚れ
――牛山さんって大の歌舞伎好きとうかがったのですが……
歌舞伎、大好きなんです。じつは松岡正剛校長のお名前を知ったのも、歌舞伎がきっかけだったんです。
――えっ、それは意外な出会いですね。
私は東京の台東区柳橋の生まれで、町内会で祖父母が相撲や歌舞伎のチケットを手に入れるような環境だったんですね。「今日おばあちゃん、いないな」と思ったら歌舞伎に行っているというかんじで、歌舞伎には馴染みがあったんです。
――柳橋といえば、浅草にも近く、かつては花街だった江戸の街ですね。身近に江戸文化を感じる土地で育ったのですね。
はい。大学生になって、自分でバイトしたお金で歌舞伎に通うようになって、そのまま会社員になっても歌舞伎は心の友だったんです。あるとき『歌舞伎はともだち』(ペヨトル工房)という本を見つけたんですよ。この本に、小さいころからお父さんに連れられて歌舞伎を見ていて、小学生のうちから大向うをやっちゃうような人の話が書いてあって、すっごくシンパシーを感じていたんです。
――その人ってもしや……
そうです、校長です(笑)。「綯い交ぜの世界」という章題の文章には、歌舞伎とはいくつかの世界観が渾然一体となった多重構造なのにひとつの芝居になっていること、それを見た観客は自分のことがとりあげられているような感覚になることなどが書かれていて、「私が思ってること、そのまま書いてあるじゃん!」「この人とは気が合うかもしれない!」と大興奮でした。
――会ったことのない「歌舞伎ともだち」として、松岡校長に出会ったとは。
20代では、歌舞伎以外の文脈でも校長のお名前を拝見することになるんです。新卒で入った内田洋行という会社が、オフィスの知的生産性をあげるシンポジウムを開催していたんですね。その会に松岡校長がゲストとして登壇なさったんです。その会を主催する知的生産性向上研究所の平山信彦所長から「とんでもなくすごい人だから」ということだけは聞いていたんです。
――じゃあイシス編集学校を知るのはいつごろだったんでしょう。
イシス編集学校に入門したのはそれから15年ほど経った2010年でした。そのころ、3331アーツ千代田というアートセンターの立ち上げに関わったんです。生き馬の目を抜くようなアート業界の人たちと渡り合うことになって、自分の力不足を感じました。1995年からフリーのエディターとして働いていたんですが、テコ入れしたいと思ったんですね。そこで編集が学べそうな場を検索したら、イシス編集学校があるじゃないか!と。
――長年憧れた松岡校長の学校ですから、期待も大きかったことでしょう。
編集力チェックで、感激しましたね。ナマの人間から濃やかなお返事がもらえるなんて想像もしていなくて。かつてシンポジウムを開催していた平山さんに相談すると、「(イシス編集学校は)すごく評判がいいし、僕もやりたいくらいだ」と言ってくださってので、入門を決めました。2010年の春、29期の基本コース[守]でした。
■どんな裂け目からも可能性もひらく
好奇心とアートと編集の関係
――実際に入門してみていかがでしたか。
お題との出会いがとにかく面白かったですね。とくに応用コース[破]では《クロニクル編集術》が好きでした。これは、自分史と、ある分野の歴史を重ね合わせて年表をつくる稽古なんですが、忘れていた過去のことを思い出せるんですよね。出来事というより、子どものころのあの家の廊下の匂いとか、足の裏のあの感覚とか、そういう細かい情報にこそイキイキとしたものが宿り、歴史のレセプターになるということに気づきました。
――些細でちっぽけで、取るに足らないような情報を大切にしたり、あるいはそこに表れていないものを大事にしたりするというのは、イシスに通底する価値観かもしれませんね。
そうなんですよね。そうそう、思い出したことがありました。先日の感門之盟で、新師範代を代表して挨拶した森川絢子師範代が言葉を詰まらせてしまうというシーンがありました。でもそういうときこそ、松岡校長は身を乗り出すんですよね。相手をよく見て、働きかける。そして「よくやった」と心からのねぎらいをする。その姿を見て、やっぱり松岡校長はこの世界への信頼感があるように感じたんです。
――森川師範代は、前日まで何度も原稿の推敲を重ねておられました。でもいざ本番になると、言葉がでなくなっちゃったんですよね。
ふつうの社会では失敗とされるようなことであっても、決して校長は、表面だけを見て判断をしない。そこから編集を始めるんですよね。そのことで結果的に、唯一無二の代表あいさつになり、あのシーンは多くの人の胸を打ちました。編集学校らしさを感じる場面だなと思います。
――校長はどんな場面にも編集契機をみつけますね。
イシスに入って、世界は無限に編集可能だということを教えてもらいました。私はずっと「別様の可能性を封じるお利口な世界はつまんない」って思ってたんです。たとえば、いまの世の中って、見た目が整ったプレゼンテーションがすごく評価されるじゃないですか。プレゼン上手でないとNGで、器用な人だけが生き残る社会、それでいいはずがないと思うんです。たどたどしいのは大事なことを考えていても、うまく表せないだけかもしれない。イシスでは予定調和なものには「ほんとうにそれでいい?」と立ち止まって、「そこを考えてみようよ」と別の道を模索する。そのありかたが魅力だと思うんです。
――たしかにそうですよね。具体的にはどんな場面でそれを感じますか。
師範代も、松岡校長と同じように、どんな場合でも相手に可能性を見つけるんです。イシス編集学校は、師範代が学衆さんに「指南」をつけます。その基本は「受容」なんです。受容っていうのは、肯定ですよね。たとえ1行しか書いていない回答でも、どんなにぐちゃぐちゃな回答であっても、それをまず師範代は受け止めます。「これは、なんだろう?」って、本気の好奇心を向ける。師範代はその興味をもって、学衆さんの可能性をこじあけるんですよね。すると「自分なんてできない」と思っていた人たちが、「私も師範代をやってみようかな」と思えたりする。稽古のなかで、誰かの可能性をひらいて、誰かを肯定する仕組みはすごいものだなと感じます。
――この秋開講の49[破]では、牛山師範代が担った45[破]雑品屋クロス教室出身の学衆さんが2名も師範代として登板なさるんですよね。
そうなんですよ、ザリガニ(古澤正三師範代)とオニギリ(宮坂由香師範代)のおふたりが、あんなに堂々と[守]師範代をやり遂げるだけでなく[破]を担うなんて、泣けるほど嬉しいですね。イシスの師範代にとって、学衆さんは子どもみたいなものなんですよ。学衆のとき、どれほどもがいていたかを知っているから、成長した姿を見ると柱の影で涙を拭います(笑)
――師範代と学衆の関係は親子関係に見立てられることが多いほど濃密なんですよね。牛山さんはお仕事でも人々の可能性にハッさせられることを楽しんでおられるとか。
はい。私はアール・ド・ヴィーヴルという創作を仕事にする人たちの事業所で、障害がある人のアートに関わっています。そこにあるのはとんでもなく面白い「ナマの表現」なんですよ。たとえば、電車が好きな人が電車を描かずに文字だけで電車を表現した作品とか、行ったことのない街の不思議な地図とか、自分が思いついたキャラクターのフィギュアを何百体も作り続けるとか、作品にも、描き上げる集中力にもびっくりすることばかりです。一方で車椅子に乗っていて動くこともままならなかった人が「描く」ことに出会って描いた筆致の力強さには言葉では言い表せないものが宿っています。こういう表現にもっと多くの人に出会ってもらいたくて、広報という立場で活動をサポートしています。
――なぜそのようなパワフルなアートに出会ってほしいと思うのでしょうか。
最初は「障害者アートだ」という色眼鏡をかけていた人も、実際の作品にふれると衝撃を受けるんです。「上」だと思っていた自分が大間違いだったとわかる。本心からそう思ったとき、価値観の大転換が起こるんですよね。見えていなかったことが見えるようになるし、自分のことも肯定できるような気分になる。その体験を味わって欲しいんだと思います。
▲アール・ド・ヴィーヴル公式webサイト http://artdevivre-odawara.jp/
■予定調和をよしとしない
そのために「編集」がある
――牛山さんは「予定調和でないもの」こそ可能性を見ておられますが、そのルーツはいったいどこにあるんでしょうか。
あぁ、それは、私が「はぐれもの」だったからでしょう。早生まれだったこともあってか、小学校のころは、ずっと「やりなさい」と言われたことが出来なかった。「列に戻りなさい」と言われ続けた。だから、列に入らないでいることにも可能性を感じ続けたいんです。
――社会のルールに縛られてしまう人も多いなかで、牛山さんはなぜ「列に入らない」という選択を尊重しつづけられたんでしょうか。
高校2年生のとき、演劇というものに出会ったんです。演劇って面白くて、虚構の世界を作って、別人を演じて、そして解散する。さらにお金を払って見に行く人がいる。いい大人もですよ。そういうことを知ったとき、世界ってまんざらでもないなと思ったんです。世界にはいろんな余地があって、列に戻れなくても居場所があると心から思えたんですよね。
――なるほど。
大学では文学部に進みました。文学って、役に立たない学問のように言われますが、そんなことはない。たとえば、宮沢賢治は哲学的なことを物語にして発表しましたよね。物語のかたちでしか、伝えられないものがあったわけです。
――編集工学でも「物語編集力」はとても大事にしていますね。
松岡校長が考案された編集64技法のなかに「劇化」や「比喩」ってありますよね。対象から距離をとったりずらしたり、そうしない限り到達できないものがある。物語でしかたどり着けないものがあることをはっきりと示しておられるんです。その校長に惚れています。
――歌舞伎に憧れ、本の虫だった牛山さんだからこそ言える言葉ですね。
しかも、松岡校長の方法は「編集工学」だから、誰でも使えるんですよ。そこにも絶大な安心感があります。いま私は専門学校でも教えているのですが、学生に対して不安を煽ってしまいがちなんですよね。「そのやり方は社会では通用しないよ」とか「これをやっておかないと、この先危ないよ」って。
でも、イシス編集学校はそんなことはない。どれだけ大暴れしようが、見捨てない。誰のなかにも可能性を見るからです。思いっきり自分を生きていいよという絶大なる信頼と愛がある。これを中学生とか高校生に浴びせたい。日本の中学生全員が編集学校の方法を学ぶことになれば、社会は変わるだろうと本気で思います。大げさな表現かもしれませんが、「世界は生きるに値する」と思わせてくれるのがイシスです。だから子どもも大人も年齢問わず、とにかく多くの人に経験してもらいたいと思っています。
アイキャッチ:富田七海
記事中写真:エディスト編集部
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梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
イシス編集学校メルマガ「編集ウメ子」配信中。
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