「ロジカル・シンキング」という思考法がある。物事を体系的に整理して、矛盾なく結論づける思考法だ。いっぽう、イシス編集学校で学ぶのは「アナロジカル・シンキング」。これは、アナロジー(類推)を活かし、意外な発想へ飛躍する手法だ。イシス編集学校には、ロジカルシンキングの熟練者たちが「アナロジカル」な方法を人知れず学びに来ているらしい――。
遊刊エディストの好評連載「イシスの推しメン27人目」は、ファンドマネージャー・束原俊哉さん。束原さんがなぜ、イシス編集学校で編集工学を学ぶのか、その真意を聞いてみた。
聞き手:吉村堅樹
イシスの推しメン
束原俊哉
ファンドマネージャー。銀行、外資系コンサルティングファームを経て、2007年より株式会社プライベート・エクイティ・ファンドに参加。生活産業を中心に数多くの投資案件に携わる。
イシス編集学校には、2021年48期[[守]基本コース入門。48期[破]応用コース突破、38回[花伝所]放伝。2023年、51[守]にて一月二十五日教室師範代として登板。現在、52[破]四一・一・二五師範代を担う。昭和41年1月25日、アメリカ生まれ。
■銀行、コンサル、そしてファンド
束原俊哉はなぜイシス編集学校に入門したのか
――束原さんは「一月二十五日教室」という教室名をおもちですよね。松岡正剛校長と誕生日が同じとのことですが、イシス編集学校に入門したきっかけは?
「方法」や「読むこと」に、昔から関心があったんです。30代、40代のころから、松岡校長の著作は買っていました。2009年に出版された『多読術』も読んでいましたし、イシス編集学校のことも知っていたけれど、なかなか入門までは踏み切れなかった。単純に仕事が忙しかったんですね。
――松岡校長を知ってから、ずいぶん寝かせて2019年に入門されていますね。
ちょうど4年前、「ここで受けないと一生受けないな」ってふと思ったんです。ストレスで急性膵炎になって、死にそうになって。そのときに、ああ、自分が死ぬっていうことがありうるんだと思ったんです。死ぬ前にやっておきたいことは、ぜんぶやっておこうと。そのうちのひとつが「編集工学」でした。
――大病が契機だったとは……。束原さんはファンドにお勤めとうかがっていますが、お仕事はどんなことを?
5年ほどかけて、会社の投資先を変革していくのが仕事ですね。たとえば、メガネチェーンをたんにメガネやコンタクトレンズを売るお店ではなくて「アイケアカンパニー」と再定義するとか。いわゆる「バイアウトファンド」というもので、ある企業を再定義して、いまの時代にあった成長を促す支援をしています。仕事では《地と図》の置きなおしのような感覚がありますね。業績も上がります。
――ずっとファンドでのお仕事をされているんですか。
新卒では、都市銀行、いまでいうメガバンクに入りました。銀行で7年間働いてから、留学を契機にコンサルティングファームに転職することになって。そこには9年いて、そのあと現職のファンドですね。ここでの仕事は17年目になります。
――ずっとビジネスに携わっておられるのですね。
でも昔は、ビジネスでこんなことをするとは思っていなかったですよ。うちは父が外交官だったので、僕も外交官になりたかったんです。でも大学のときに、外交官試験に落ちて。それで、たまたま先輩が務めていた銀行に入り、留学で日本を脱出したくてコンサルティンファームに……という流れですね。
振り返ってみれば、僕が高校生まで過ごした地域は校内暴力の嵐が吹き荒れるところで(笑)。そういうところから脱出したいという思いが強かったのかもしれません。
■生き方が真逆!
イシス編集学校で悟った「ザッツ・ライフ」
――そんな束原さんが、実際にイシス編集学校に基本コース[守]を受けてどうでした?
[守]の教室(平時有事教室)を担当してくださった石黒好美師範代がすごかったですね。お題ごとに、毎回モードをつくって指南してくる。あのモードチェンジに凄みを感じました。リアルにお会いしたときと、テキストの文体とではすごくギャップがありますし。
――石黒師範代は、電気グルーヴが大好きで、「くちびるディスコ教室」なんてセクシーな名前をもつフリーライターですね。石黒師範代のモードの多様性に驚いたんですか?
というより、生き方そのものが違う、ということの衝撃でしょうか。僕は、どんな場面でもコンシステントな(一貫している)ものがいいと思って生きてきたんです(笑)。でも、石黒師範代はまったくそうじゃない。正反対。この出会いは、誰かが図ったんじゃないかと思うくらい衝撃的でしたね。
――変幻自在の石黒・終始一貫の束原というミメロギア状態! 師範代のスタイルから、人の生き方まで感じ取っておられるのがおもしろいですね。
それでいうと、花伝所のキャンプで心の底から「これか!」と発見したことがありました。編集学校以外でも、トレーニング的な場でチームを組まされ、お題をやらされるとき、リーダー不在でぐちゃぐちゃになっちゃうことってありますよね。これまで僕は、リーダーがいなかったらまともにガイドできないじゃないかって思っていました。
花伝所のキャンプでも、まったく年代の違うみなさんとともに、似たような状況に放り込まれて気づいたんですよね。「これって、人生そのものだよな」って(笑)。勝手にある場所に放り込まれて、リーダーもいるようでいなくて。そうなったとき、自分が結局できることは「目の前にあるものをいかに編集するか」ということだなと。そんなことに齢56にして気づいたわけです。
――編集学校では、グループワークの稽古もたまにありますが、なかなか大変ですよね(笑)。
認知不協和の極致といいますか……(笑)。でも、52[破]の師範代として準備をしているとき「表象」という言葉を見て気づいたんです。そういう状況に放り込まれたとき、編集して「表現」するだけでは足りない。「表象」しなければ。リプリゼンテーションという言葉がしっくりきて、目からウロコが500枚くらい落ちる。そういう楽しさが編集学校にありますね。
――イシスで学ぶのは「アナロジカル・シンキング」ですよね。束原さんはロジカルシンキングを訓練されたと思いますが。
コンサルタントだったときはいわゆるロジカルシンキングを徹底的にやりましたね。身体化されていて、振り落とすのに時間がかかります。[守]の師範代を終えて、[破]の師範代に挑戦してようやくアナロジカルなモードに慣れてきたくらいです。
――周囲の反応はいかがですか。
正直、ファンドのようなところにいながら、イシスで学んでいるのはめちゃくちゃ異端です。周囲からは、ここでの学びは趣味に見られているのがよいとおもっています。でも、心の中では、編集工学的な見方が身についているがゆえに、仕事のパフォーマンスが高いという状態をつくっておきたい。
――AかBか、ではなくてその「あいだ」を目指しているんですね。
[AIDA]season4を受講しましたが、まさに「あいだ」で両立させる世界をつくりたいですね。フィナンシャルモデルなどを使ってゴリゴリとロジカルにリターンを追求しながら、同時にアナロジカルな編集もしていくというダブルバインドを突破する状態でありたいと思っています。
■ユビキタスな編集工学へ
みなが表象している世界を
――[AIDA]といえば、束原さんが懇親会のときに「編集でいける!」と語っておられたことが印象的でした。
ビジネス領域でさまざまな種類のことをしてきました。そこから見ていると、この30年間で日本に起きたことって、コンサルティング業界の異様なまでの拡大と、ロジカルシンキングの浸透、そしてファンドという資本主義の典型の登場です。肌感として、世の中には、ロジカルシンキングには疲れている、飽き飽きしている空気が出てきたように思います。
言ってみれば、私がメガネチェーンを「アイケアカンパニー」と再定義しなおしたことも、既存の見方の転換でしたし、いまは編集工学的なものへシフトするニーズが生じてきたと思います。
――編集工学はどのように広がっていくと想像しています?
編集工学は地下茎のように、いろいろなところへ根を張っていくものだと思います。日本人ってもともと「バージョン違い」が好きですよね。アパレルのバージョン違い、外食のバージョン違いとか。それなのに、いまはどこにいっても同じようなチェーンしかないという状態が面白くない。そう考えると、編集工学はスケールしていくというより、ユビキタスなものとして遍在するほうが似合うかなと。
――松岡校長はイシス編集学校を立ち上げたときに「イシス編集の国」も構想していました。僕吉村も、つねに編集状態である人たちが集まる“国”を想定しているのですが。
僕は「イシス編集の国」というものがあるなら、それは「表象の国」であるのだろうと思います。
イシスの「守破離」のプロセスでは、自分が教える側になるのが大前提ですよね。でも、公教育では先生が生徒になることは求められていない。そこに大きな違いがあります。教わる側から教える側になりたいと思うときって、教える人たちの「表象」を真似てみたいと思うはずなんです。
僕は「あんなふうに文章を書けたらすごいな」と石黒師範代に対して感じますし、編工研デザイナーの穂積さんの作品づくりなんかはたまらないですよね。お金を払って個人教授してもらってもいいと思うくらいです。みんながつねに表象している状態というのは、面白いですよね。表象する世界が広がっていけば、もっとイシス編集学校も編集工学も世の中的にますます広がりやすくなるのではと思います。
シリーズ イシスの推しメン
※こちらのページでアーカイブが一覧できます。
【イシスの推しメン/1人目】六本木で働くITマネージャ稲垣景子は、なぜ編集学校で輝くのか?
【イシスの推しメン/2人目】剣道歴25年・イケメン税理士はなぜ15年間「編集稽古」を続けるのか
【イシスの推しメン/3人目】寄付ダイエットでマイナス30kg! NPO支援を続ける山田泰久が、キャッチーな文章を書ける理由
【イシスの推しメン/4人目】松岡正剛はなぜ「7人の福田容子」を求めたのか 京都のフリーライターが確信した「言葉の力」
【イシスの推しメン/5人目】立正佼成会の志士・佐藤裕子は、宗教団体をどう編集するか
【イシスの推しメン/6人目】芝居に救われた元少女・牛山惠子が、中高生全員にイシス編集学校を進める理由とは
【イシスの推しメン/7人目】元外資マーケター・江野澤由美が、MBAより「日本という方法」を選んだワケ
【イシスの推しメン/8人目】元投資会社社長・鈴木亮太が語る、仕事に活きる「師範代という方法」とは
【イシスの推しメン/9人目】水処理プラント設計者・内海太陽が語る、中小企業経営者にこそ「日本という方法」が求められる理由
【イシスの推しメン/10人目】起業支援で「わたし」に出会う 久野美奈子の「対話」という方法とは
【イシスの推しメン/11人目】情報編集=人生編集?! ハレ暦案内人・藤田小百合はなぜ師範代を2年間続けたのか
【イシスの推しメン/12人目】アイドルママは3児の母!産後セルフケアインストラクター・新井和奈が美しさを保つ秘訣
【イシスの推しメン/13人目】神社好きの若きドクター・華岡晃生は、石川県で何を編集するのか
【イシスの推しメン/14人目】編集者歴32年!アルク編集者・白川雅敏は、なぜイシス編集学校で師範を続けるのか
【イシスの推しメン/15人目】スイス在住・フルート指導者田中志歩が、海外在住日本人にイシス編集学校を勧める理由
【イシスの推しメン/16人目】不動産投資と編集術の意外な関係?! 世界と渡りあうアセットマネージャー平野しのぶは、なぜ「日本語」にこだわるのか
【イシスの推しメンSP/17人目】一級建築士・山田細香は、なぜ震災を機にイシス編集学校を選んだのか
【イシスの推しメン/18人目】どうすれば、子どもは本が好きになる? 理学療法士・得原藍が語る、イシス編集学校の重要性とは
【イシスの推しメン/19人目】目標は変えてもいい!?クリエイティブディレクター内村寿之は、なぜ編集工学の社会実装を目指すのか
【イシスの推しメン/20人目】実践教育ジャーナリスト・矢萩邦彦が語る、日本流リベラルアーツの学び方
【イシスの推しメン/21人目】クリエイター夫婦がイシスで「夢」を叶えた?! 漫画家・今野知が思い出した「青春」とは
【イシスの推しメン/22人目】インカレ6連覇を支えるアスレティックトレーナーが、「編集稽古」にハマる理由
【イシスの推しメン/23人目】ディズニーをクロニクル編集?!プランナー永田拓也がオリエンタルランドで活用する編集術の型とは
【イシスの推しメン/25人目】楽天副社長から風越学園理事長へ。なぜ本城慎之介はイシス編集学校に驚いたのか
【イシスの推しメン/27人目】【イシスの推しメン27人目】コンサルタント出身ファンドマネージャーは、なぜアナロジカルな編集工学を求道するのか
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
イシス編集学校メルマガ「編集ウメ子」配信中。
【親子参加OK】順天堂大学で編集稽古!MEdit Labワークショップ参加者を募集します
イシスで学んだ編集術、ちゃんと使えていますか? せっかく卒門・突破したのに、編集術を机の引き出しに仕舞ったまま。どうにも、実践する方法がわからない……。そんなみなさんに朗報です。 ■順天堂大学で実践的な編集 […]
2024年春、ISIS co-mission発足。イシス編集学校、出遊します
イシス編集学校に、新たなアドバイザリーボードが発足しました。「ISIS co-mission」です。 校長・松岡正剛の編集的世界観に〈共命(co-mission)〉する9名の匠が、今年の春からイシスの運営に加わります。 […]
「知のコロシアム」とささやかれる、Hyper-Editing Platform[AIDA]。半年のあいだ、多彩なゲストやボードメンバーとともに知を深め、自己変容していくプログラムです。座衆と呼ばれる受講生は「常識がひっく […]
【リスキリングなら】勉強の仕方を学べるイシス編集学校!4/18(木)オンライン説明会あります。
大人になってから、もう一度学びなおしたくなる――。リスキリングやリカレント教育という言葉があたりまえになったいま、社会人になって大学や大学院に興味が向き始めた人も多いでしょう。 でも、そのときに悩むのが「何を」学ぶか、で […]
【イシスの推しメン26人目】ジュエリーデザイナー小野泰秀が、松岡正剛の佇まいに惹かれたワケとは
『デザイン知』。千夜千冊エディション2冊目にして、「デザイン」に関心のある者の心を鷲掴みにしていった1冊だ。ジュエリーデザイナーの小野泰秀さんは、松岡正剛による『デザイン知』の衝撃波をうけ、イシス編集学校へ入門。 なぜ、 […]